第2章 (12)ファイナル・カウントダウン

The final countdown

 巨大彗星の最接近まで、刻一刻とその時は近づいている。終末に向って運命のカウントダウンは、最後の一日を残すだけとなった。


 磨きぬかれた玄武岩を敷き詰めたテラスには、赤黒くただれた夕焼けを見つめる一人の老人がいた。

 アーロン王国最後の王、フィロング・アーロンその人である。


「おおーっ、ノアーよ!」

 アーロンの王は、大きく天を仰いだ。


「ノアーよ、貴殿きでんの予言は、まことなのですか?」

 最後の王は、天に尋ねた。


「三千年ものながきにわたさかえた、誇り高きアーロンの歴史。その一ページは、明日もまた、加わるのでしょうか?」

 フィロング王のつぶやきは、自らの運命を悟っているかのようだ。


 宮殿にはフィロング王以外、最早一つの人影もとらえることは叶わない。物音一つしない静寂だけが、しんしんと辺りを支配した。



☆そのころサンライズ・スペースポートでは――――――

 グラビポッドを貨物室に格納する作業をかわきりに、チームSSSCは、出航準備の最終段階に入っていた。


「反重力物質、充填じゅうてんよし。……メインエンジン、アイドリング状態良好。……コスモスタビライザーの作動を確認。……各ポジションで点検を開始せよ」

 フライトエンジニアのサームが、点検確認の指揮を執る。


 ミカリーナにすっかりなついたピーモが、彼女の肩からピョンと飛び降りると。使い慣れたアクセスボードで、マザーコンピュータにリンクする。

 つづいてミカリーナが作業に入った。


「ナビゲート・プログラム起動確認。ピーモ、しっかり頼みますよ……」

「リョウカイ。ミーカ」

 ピーモはいつものように、目をクルクル回して応答した。


「有視界モニター、異常なし。スターコンパス、正常。コスモレーダー装置、作動を確認。アストロナビゲーション開始」

 ナビゲーターのミカリーナの点検が続くと、すかさずアーンも点検に入った。

「補助エンジン、作動確認。スペースジャイロ、安定よし。人工重力コントロール、正常」


 次々と各ポジションで、点検作業が進んだ。

 そんな中、奥のDINルームから、ハスキーな声が聞こえてきた。

「食料準備……、確認ようし!」


「ローンはまた、食べることばっかだな?」 

 おどけ者のローンを、ジーンがたしなめると、すかさずローンが反論する。


「何をおっしる、キャップ。水と食料こそが、サバイバルの最後のとりでやぁ。……たとえ無事に脱出できても、食うもんおまへんかったら。最後に待っとるもんは、餓死でっせ」

 ローンは、生まれ故郷のなまり口調とともに本気で訴えた。


 ローンの食料に対するこだわりは南極地方出身のせいだ。植物栽培に縁のない極寒の極地方育ちで、幼いころから食料不足に悩まされた。酷い時には、七日間飲まず食わずの日々が続いた。今では小太りなローンも、別人のように痩せ細っていたという。


「すまん、言い過ぎた。ローンの言う通りだ。さすがは、もう立派な右腕だな?」

 ジーンは頭を掻き掻き直ぐに謝った。


 こんな和やかなムードも出てきたチームSSSC。心の絆は確実に強まっているのを感じ取るジーンであった。


「それではみんな、スタンバイ、OK?」

「ラジャー、キャプテン‼」

 全員の声が一つに重なり宇宙船内に響き渡った。その掛け声は、混声合唱のように見事なハーモニーをかなでていた。



☆時を同じくしてパルーマ山天文台では――――――

 夜になると急に冷え込むパルーマ山頂。ハリー博士は寒さをこらえて、彗星軌道の再計算に何度も何度も取り組んでいた。


 最接近まであと二時間を切った、そのとき。

「オイオイ、ちょっと待った。これは大変だ! ジーンたちに知らせねば……」


 ハリー博士は、重大なミスに気が付いたのだ。

 最新のデータ分析の計算結果では、巨大彗星の最接近とは必ずしも衝突ではない。巨大彗星は見かけよりも質量が小さいことが判明した。氷などの密度の小さい物質が、多く含まれていることが分かったのだ。したがって、当初の予想よりも引力は弱くなる。


 すると、二つの天体は重力の相互作用が大きいとして、設定されていた軌道計算の結果が大きく変わってくる。計算については、四次元解析という難しいプロセスがあるため、簡単には説明できないが。結論から言うと、航空機のニアミスのごとく、ぎりぎりのところで、衝突は回避される確率が高まったということだ。


 しかし、時すでにおそしであった。


 博士は何度も連絡を試みたが、通信網は寸断され電話が不通。最後の頼みの綱である無線通信も使い物にならない。

 惑星磁場の乱れにより、強烈な電波障害が起こっているのだ。


     * * *


 異常は電波障害だけではなかった。彗星の接近に伴い二つの巨大な天体は、千年の恋がようやく実り、やっと出逢えた恋人同士のように、お互いを求め合っていた。


☆強大な重力干渉で、異常現象が各地で大きくなった――――――

 重力干渉による海面の急上昇に伴って、史上最大の大津波。

 大気圧の急激な変化により、大竜巻や稲妻の嵐。

 異常な重力場がもたらす大地震と、それに伴う地割れ。

 火山の大噴火と、それに伴う溶岩の激流。


 狂っていた惑星環境の人工コントロール装置は、とうとう作動不能。

 地底を激走していたサンダー・トレインが、ゆっくりと宙を舞う。

 当然の如く人々は逃げまどい、都市は大パニックにおちいった。


 逃げるといっても、何処にも逃げ場はない。

 助けを求めても、誰も助けることができない。

 人々はひざまずき、天をあおぎ、祈るしかない。


 これ程までの天変地異が一度に起こってしまっては、彗星が衝突しようが、回避されようが、それは大差ない問題。既に地表は壊滅状態にあった。



☆ミカリーナは、ようやく妹と連絡が取れた――――――

 強い電波障害のため無線通信がつながらず、やっとつながったTV電話も画像は乱れ、音声だけの通話となった。

 ノベリーナは喜んで来てくれるものと、ミカリーナ達は思っていたが、その返答は違っていた。


「わたくしには、母から頼まれた大事なお役目があります。それに、お父様とうさまのことが心配です。わたくしは、まだここに残ります。いよいよの時が来ましたら、お父様を連れて脱出しますから、心配なさらないで。お姉様たちは、お先に……」

 ノベリーナの言葉が少し途切れた。そして一息入れて、ノベリーナはつづけた。


「それから、ジーニアウス様には……、よ~ろ~し~く~お~伝え(ください)」

(ザーッ、ザーッ、ザー……)


 最後の言葉を伝えるノベリーナの声は震えていた。それは強い電波障害のせいなのか、それともノベリーナは泣いていたのか。


 通信は突如途絶えて、確かめようもないが、鋭い直感能力のある姉には、妹の思いをくみとれた。

「ノベリーナ。もしかして、あなた……、ジーンのこと?」



 宇宙船の出航準備が完了したところで、キャプテン・ジーンは決断を下した。

 国王の勅命にかけても、今できる最善の方法をとるしかない。


「さあ! 出発だ」

 ジーンは、歯切れよく出航の号令をかけた。


 シルバーファルコム号はサンライズ・スペースポートをあとに、勢いよく飛び立った。まるで大空を舞うコンドルのように、滑らかで実に美しい飛行である。


 銀白色に輝く反重力宇宙船は、真っ白な一筋の飛跡ひせきを残し、宇宙へと向かう。

 その勇姿は、まさしく『宇宙ファルコン』の旅立ちであった。


     * * *


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