第2章 (10)喋るリング

Talking Ring

 フィロング王は、ペンダントのふたを開けると、リング状のディスクを取り出した。

 まるで天使の輪のような半透明で、掌に隠れるほどの小さなディスクは、虹色に輝いている。

 外部の再生装置が不要で、水平なテーブル上にそっと置くと、僅かに浮き上がり、ひとりでに回転を始めた。


 やがて不思議なサウンドと共に、それは喋り出した。


◆◇◆『喋るリング』の声 ◆◇◆


 私はノアー。この氷の惑星の平和を願って、つぎの言葉を後世に伝えよう。それを必ず伝承し、子孫たちに残して欲しい。


それは――――

『生きとし生けるものすべてを尊び、人は人の命を決して奪ってはならぬ』


 私が生まれた星は、人間同士の殺戮さつりくの歴史であった。人の命と引き換えに土地を奪い合い、エネルギー資源をむさぼり合う、獣にも劣る生き物だった。

 私は、そんな星から逃れてこの惑星にやって来た。その星では身勝手な人間たちが自然を我が物のように改造していた。その結果、自然破壊が進み異常気象などを招き、多くの都市が壊滅した。とうとう自然が、人間たちに反撃のきばをむいたのだ。

 

『見えない敵ほど、怖いものはない』

 特に細菌やウイルス、電磁波や放射線は脅威だ。


 中でもひどいのは、放射線をき散らす核物質。その星の北半分は放射能に汚染され、生物のほとんどの種が滅びた。自業自得なのだろう。人間も南の小さな大陸に逃れやっと生き延びた。百億もの人口の繁栄は、あっという間に百分の一まで衰退した。

 だが、少ないはずの人口も、限られた生命圏ではかかえる余裕はなかった。仕方なく人間は、他の惑星へと移住する道を選んだ。私も家族と共に移民団に加わった。


 私たちは、人類史上最悪の殺戮の時代に生まれたあの悪魔を封印した。それは至上最強最悪の方程式【E=mcc】。

 この悪魔の方程式は、アダムの林檎りんごの如く、悪魔が無知なる人間に授けた知恵。悪魔の火道具かどうぐみ出す悪の教典きょうてんであった。


 昨年暮れの日記にも記録したことだが、幸運にも原子力に代わる新エネルギーを、この未知の星で発見することができた。それは私の生涯で、科学者として最高の誇りである。人類の永年のエネルギー問題に、終止符を打つことになるのだ。

 新エネルギーの概念を『宇宙エネルギー』とでも呼びたい。空間そのものがポテンシャルを持ち、物質が存在すること自体がエネルギーだったのだ。宇宙の大半を占めると言われるダークエネルギーの検証にも繋がると、期待できるものである。


もう一度言う――――

『人間は人間をあやめてはならぬ。自然をこわしてはならぬ』


 それから、つぎの予言は封印して欲しい。その時が来るまで、この事は決して人々に知られてはならない。アーロン一族で守るのだ。


それは――――

『この惑星はいつの日か必ず滅びる運命にある』


 辛く悲しいことだが、そう遠くはない将来、それは起こるだろう。原因は私にも分からないが、この太陽系から消滅することになる。

 その時が来る前に人類は英知を磨き、のがれる手立てを準備せよ。そして、その時が来てしまったら、知恵ある若者が勇気を振り絞り、伝説の惑星へ逃れよ。そのとき若者は人類の救世主となるだろう。


 四つの兄弟星の中でも奇蹟の惑星、それは青く輝く『水の星みずのほし』。きっと人類を温かく迎えてくれる楽園=約束の星となろう。

 ただし、すぐ隣で、誘惑の黄金色に輝く『焔の星ほのおのほし』には、決して近づくことなかれ。そこには生命の存在を許さぬ、灼熱しゃくねつ地獄が大口を開けている。


最後に――――

 この未開の惑星『氷の星こおりのほし』を命名しよう。

 その名は……『The Planet Aaronth』(惑星アーロン)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ここでノアーの声は終わった。

 ノアーが予言者と呼ばれた由縁ゆえんがここにあったのだ。この聖者は、惑星アーロンの運命を知っているかのような予言を残した。いや、予言というより、彼自身の遺言だったのかも知れない。


『喋るリング』の声を聴き終えた二人は、驚愕きょうがくのノアーの話に返す言葉もなかった。静寂の空気が辺りを支配した。


 暫らくすると、ジーンが口を開いた。ミカリーナもそれにつづいた。

「王様! この予言が本当なら、尚更、王様を残しては行けません」

「お父様、どうかお願いです。ご一緒に!」


「控えよ! 無礼者。……先にも、申した筈。これはアーロン国王、最後のめいであるぞ!」

 フィロング王は獅子の雄叫おたけびを上げた。


 ミカリーナもジーンも、フィロング・アーロンの深い情愛じょうあいと、王としての威厳いげんの前に、もう返す言葉はなかった。

 国王の勅命ちょくめいを受けた二人は、静けさがみ渡る宮殿から静かに去った。

(王様、どうかご無事で……。)


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