第2章 (9)終末へのカウントダウン、あと3日

Countdown, 3 days left

 翌朝。ミカリーナは、ジーンと共に父フィロング王のいる王宮へと向かった。

 宮殿の周りは人々の慌ただしい息遣いでざわついていた。

 寛大なる王は、家臣たちに全ての役を解き放し、自由に避難させた。そのためか宮殿の中はやけにひっそりとしたたたずまいを見せていた。


 二人は奥まった王の間に向かった。宮殿の中心に位置する王の間は、黒緑色に光る磨き抜かれた閃緑岩せんりょくがんの床が広がり、余分な照明が落とされ、まるで黄昏たそがれに浮かぶ湖畔のようだ。


 玉座ぎょくざには、アーロン王国最後の王が、ただ独り鎮座ちんざしていた。

 二人は礼儀正しく会釈し、慎ましくひざまずいた。


「お父様、お迎えに上がりました。わたし達と共に、ひとまず惑星を離れてください」

 ミカリーナは父に願いを申し出た。それにジーンもつづいた。


「王様! 新型宇宙船の出航準備が整いました。安全で銀河一速い船ですから、ご安心を……。さあ、ご一緒に宇宙港まで」


「そなた達の、お誘い有り難く思うぞ! だが、枯れても、はアーロンの国王である。アーロンのたみの無事を見届けるまでは、この地を離れる訳にはいかぬ」

 フィロング王は二人の申し出に対して、心温まる口調で答えた。


「それは分りますが……。お父様……」


「ジーニアウスよ。難破船なんぱせんの船長は、最後まで船を見捨てない筈であったな?」

「その通りです。船乗りのおきて。いや、信条です」


「ならば……、国王は、最後まで国を見捨てないのじゃよ」

「ハイ! 王様」

 ジーンは、フィロング王の威厳いげんに満ちた言葉に背筋せすじを伸ばした。


「まぁ! いざとなれば、ロイヤル・シャトルもあるから、心配無用。……何れにしても、余の運命は決まっておる」

 フィロング王は、少し歯にかんだ笑みを浮かべて言葉を加えた。


「お言葉を、返すようですが。運命が、決まっているとは?」

 ジーンは恐る恐る尋ねた。


「それはな! もうじき余は、ブレイン・ロッカーへ殿堂入りなのだよ! 来月で、余も満65を迎える。お迎えが来るのじゃ……」


「何をおっしゃいますか。お父様が、BL入りだなんて? ……国王の権威けんいが許しませんわ」

 ミカリーナが慌てて訴えると、フィロング王は、神妙な面持ちで語り出した。


「何を申す。若輩者じゃくはいものの身で! 王が特権を振りかざせば、アーロンの民を差別し、苦しめることになる。民あってこその、国家くにぞ……」

 ミカリーナもジーンも、こうべを垂れ言葉も出ない。フィロング王はつづけた。


「まあ! BLシステムの真相は、知らぬ方がよい。そなた達若者の時代には、存続させてはならぬ制度じゃ。今のままでは、アーロンの民が、哀れで仕方がない……」

 アーロンの王は、それ以上の説明には口を閉ざした。


 このときジーンは確信した。BLへの殿堂入りには確かに秘密がある。やはり新政府は、国民の命を政治的な都合で管理している。国権を奪われた王様の立場を、これ以上窮地きゅうちに追いやってはいけないと思った。


「ご無礼を致しました。王様。この話はいずれまた」

 ジーンは、自らの非礼ひれいびた。


「さあ、そなた達若者が、一足先にこの地を離れなさい。……ジーニアウスよ。ミカリーナを頼んだよ。何があろうとも、必ず生き延びて、そなた達で、人類の血を残すのじゃ」

 フィロング王はゆっくりと立ち上がり、二人の肩にそっと掌を置いた。


「はい! このジーニアウスに、お任せ下さい」

 ジーンは、右の掌を胸に当て会釈をした。


「それから、くれぐれも『ノアーの教え』を守るのだよ。如何いかなる時も、如何なる理由があろうとも、同胞の命を奪うようなことは、許してはならぬ」

「はい! 王様」


「そしてな、そなた達の子供達にも、後の世にも、このいにしえからの教えを、必ず伝えるのじゃ。これは王からの願い。いや、アーロン国王、最後のめいである……。よ・い・か・な?」


「ハイ‼ もちろんです。王様」

 ジーンとミカリーナは、声を揃えて王の御心みこころに応えた。


 フィロング王は、頷きながらゆっくりと瞳を閉じると、王家に伝わるペンダントを外した。それは片時も離さず首からげている貴重な品であった。


「それでは最後に、いま一つ、そなた達に、伝えなければならぬ要件がある」

「ハイ‼」ジーンとミカリーナは、また声を揃えて身構えた。


「ここにある秘密のディスク『喋るリング』の封印を、とうとう解く時が来たようじゃ。耳を澄まし、この声を聞きたまえ」


 王の掌には、アーロン王家に代々伝わる円盤状のペンダントがあった。

 銀白色に輝く蓋には、星型の王家の紋章が刻まれていた。

 

     * * *

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る