第2章 (4)惑星の危機
鳴いていた腹の虫もすっかりおとなしくなり、山頂の夜も深まってきた。
いよいよ時は熟した。
ハリー博士は、久々にアカデミーの講義でもするかのように、熱のこもった丁寧な説明を続けた。その内容は、『天体の魔術師』の異名を取るハリー博士ならではの、奇想天外な発想だった。要約すると次のような内容である。
◇◇◇
巨大彗星が恒星ではないと分かったのは、まだ二週間ほど前のこと。発見が遅れたり、人々が気づかなかったりした訳は、彗星の一番の特徴である『尾』を、全く見ることができない点だった。その理由としては次の二点が挙げられる。
一つ目は、巨大彗星が惑星アーロンの軌道より外側から接近しているため。彗星の尾は、太陽の放射熱によって彗星の表面にある氷などの物質が融けて、小さな粒子になるために白いガス状に見える。しかし、惑星の公転軌道の外では、太陽までの距離がかなり遠くその段階に至らない。
二つ目は、三者の位置関係も大きな要因。太陽・惑星アーロン・巨大彗星の順に一直線上にあるため。惑星からは彗星の頭部、つまり真正面しか見えない。すると、彗星の尾は太陽と真逆の方向に伸びるので、多少の尾が出ていても分らない。
以上のことから、素人目には、ほうき星として映るのは難しいのだ。
博士は、自らプログラミングしたコンピュータによる四次元解析を行い。その結果から未知の天体は彗星であると判断した。ただし、天文台に設置されているバルス望遠鏡の精度では、解像度不足でデータ計算にはかなりの誤差が生じる。最接近は衝突なのか、回避なのかは難しい判断であった。博士は、条件設定を最も厳しくとり計算をした。
その結果、衝突する確率90.84%という数字を得た。
「緊急事態などの重大事においては、最悪の場合を想定するのが専門家としての責務。用心に越したことはない」と博士は考えた。
更には、ハリー博士はBL(ブレイン・ロッカー)への殿堂入りが間近であった。天文学者として残された時間はごく僅か、名声を得る最後のチャンスと思い、仮説をそのまま発表した。
◇◇◇
博士の詳しい説明を聞き終えたクルー達は、想像を超える話に初めは言葉もなく呆然とした。余りにも想像を絶する説だったためか、クルー全員が半信半疑の
サームとジーンを除くクルー達は、仮眠用のベッドで眠りに就いた。来客など殆んど期待できない辺境の地にある天文台は、ベッドが足りないのも当然のこと。サームとジーンはリビングの硬いソファーで横になった。
深夜の人里離れた山頂だけに、辺りは静けさが染み渡っていた。衛星セレスの柔らかな明かりが、リビングの小さな丸窓から差し込んで、どこか幻想の世界に居るようだ。
そんな中、ジーンは眠れなかった。硬いソファーのせいでもない、衛星の明かりのせいでもない。博士の説を信じるのが怖かったからだ。
ジーンは、真向かいに横たわるサームに意見を求めた。
「どう思うサーム。博士の説を信じるか?」
「……うんむ」サームはまだ起きていたが返答はなかった。
暫らくすると、腕を組んで瞑想していたサームから応答があった。
「自分も、すべては信じ難いが? 客観的に考えて、可能性を信用するしかないな」
「可能性とは何だ?」
ジーンは急に上体を起こした。
「つまり、ハリー博士の言う通り、少なくとも巨大彗星の接近はあると思う。そして、接近距離によっては、天変地異が起こるだろう?」
「そうか、やはり」
常に論理的に判断を下すサームに、ジーンは直ぐに同調できた。
「最悪の場合を考えると何もできないが……。あとは確率の問題だよ。ジーニアウス」
「なに? 確率だってぇ?」
「そう確率さ! 衝突か? 回避か? 存在か? 否か? すべては確率さ」
「サーム。それって、量子論の世界と同じだね?」
「さすがわ、天才遺伝子。宇宙には絶対なんてないんだよ。すべては存在する確率さ……」
「うーん。存在は確率か? うーん」
ジーンは、サームの言葉に益々感心した。
「確率がゼロではない限り、危機に備えて、行動するしかないと思う」
「そうか、危機の可能性がある限り、そうしよう。……おやすみ、サーム」
「ああ、おやすみ」
長旅でよほど疲れたのだろう。二人はあっという間に眠りに就いた。
☆そして翌日――――――
ジーンは、自分の考えをクルーたちに伝えた。クルー達は、一人残らず反論もなく同調した。今直面している惑星アーロンの危機を真剣に受け止めてくれた。
早速、この事実を惑星の人々に訴えるために、ジーン達は、首都ニュールウトへ戻ることにした。
ハリー博士に別れを告げると、グラビポッドを休まず走らせた。首都に到着するころには、赤い太陽がその日の役目を終わろうとしていた。
このとき、巨大彗星最接近までのカウントダウンは、余すところ7日であった。
* * *
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