第2章 (2)初めての冒険

 惑星アーロンの赤道直下はベルト状に埋め尽くす緑の草原が広がる。亜寒帯の牧草地に似た光景で、殆んどが被子植物の草木。裸子植物の高木やシダ植物は見当たらない。動物に至っては、さらに種類が少なく、家畜のような草食動物や小動物が生息する。


 ここの自然界は、非常にのどかな風景を醸し出している。食物連鎖では説明が付かない何か、理由わけがあるに違いない。まるで出来上がったものを、つまり進化した生物たちを、集めてきたような、人工的な匂いを感じる生物界だ。


 元王女のミカリーナは、生まれて初めて首都を離れる。グラビポッドの窓越しに見える本物の自然に見惚みとれていた。

「ねぇねぇ、ジーン。あれ見て? 山のふもとにいるの、確かウシたちよね?」


「そうだね、凄い数だ! よく見て、ヤギもいるよ」

 ジーンは、ミカリーナに寄り添った。


「えっ、どこ? どこ?」

 ミカリーナは、幼女のように窓に貼り付いた。


「ウシもヤギも、美味しいミルクを、恵んでくれる、ありがたい動物さ」


「あっ、小さくて可愛らしい方が、ヤギね? ありがたい動物たちに、感謝だね!」

 ミカリーナは、大自然の景観にもう夢中だ。


「ほら、あそこの民家の軒先にいるのは?……あれって、ウマじゃない?」

「そうだよ! ミーカ。よく分ったね」


「確か、古代人は、あのウマを乗り物にしていたのよね? とってもスマートできれいな動物ね。わたくしも、一度乗ってみたいわ」


「……な、何を、見てんのぉー? 今、ウマってー、聞こえたけど?」

 後部座席で居眠りをしていたアーンが、急に目を覚ました。

 彼女が持つ遠隔透視の能力は、その種類まで言い当てた。そして自慢げにウマについて語り出した。


「民家の軒先にいるやつね? あれは荷車とかを引く農耕用の駄馬。ウマのことなら、あたいに任せて、幼いころ牧場に住んでいたことあるのよ」

「まぁ! ステキね。アーン」


「伯父さんが、隣町の外れで観光牧場をやってて。そのころお転婆だったあたいは、親に叱られて、伯父のところへ預けられていたの」


「そんなことがあったんだぁ? なんか分かる気が?」

「何よ、それ? ジーン」

 アーンのスマートな頬が少し膨れた。


「いやー(なんでも……)」

 ジーンは直ぐに引き下がった。


「牧場には、今では珍しい競走用のサラブレッドがいたのよ。とってもスマートで、かっこよかった! あたい、この世で一番美しい生き物だと思う。そのサラブレッドの調教が、あたいの日課だったの。あんな馬車馬なんか、比べ物にならない位速いのよ。それを乗りこなしていたんだから。乗馬なら任せて。今度、ミーカにも教えてあげる」


「ありがとう! アーン。是非お願いね! とっても楽しみだわ……」

 アーンの自慢話を鵜呑うのみにしたようで、ミカリーナはとても感激していた。


 天候にも恵まれグラビポッドのドライブは順調で、出発してから3時間ほど経過していた。クルーたちは景色に見惚れたり、お喋りに夢中になったり、快適なドライブを満喫した。

 やがて疲れでも出たのか、いつの間にか沈黙が車内を支配し始めると。


(♪♪♪、♪♪♪、♪♪♪……)心地よいサウンドが鳴り出した。


 操縦にも慣れ少し余裕を覚えたサームが、気分転換に好きな音楽をかけたのだ。


「この曲素敵ね! 宇宙船のテスト飛行で聴いた音楽みたい? なんて、言ったっけぇ? ジーン」

 真っ先に、その音楽に反応したのはミカリーナだった。


「あの時のは、『カーメルズ』だよ。この曲も同じプログレだから似てるが、これは違うバンド、『ジェネレックス』のものだ。曲名は確か? ……タシカ?」

 直ぐに思い出せないジーンに対して、普段は無口な男が、その重厚な口を開いた。


「この曲は、ジェネレックスのナンバーの中でも、最高傑作アルバムのラストを飾る名曲さ。『Road Show』のタイトルの如く、ドライブにはもう、最適なナンバーだ」

「そうだ! 思い出したその名曲。後半のアップテンポが快適で、最高だよね?」


「軽快なシンセのリズムと、心に沁みるメロトロンの響きが、実にいい! 自分は、この曲を聴いて以来、プログレッシブのとりこになってしまったよ。ジーニアウスの好きなカーメルズもいいが、演奏美としての評価なら、こっちの方が上さ」

 喋り出したサームは、まるで別人のように話がまない。サームは三度の飯より好きな音楽の話になると、もう夢中だ。


「今では作り出せない音の厚みというやつがある。楽器が本質的に違うんだ。おそらくアナログ・サンプリングで作ってるな? 自分みたいな、電子工学系の人間から言わせて貰えば、現代のデジタル式シンセサイザーでは、とても真似できない代物で、演奏されているんだ」

 サームは、立てた右肘を左手で支えながら語る。夢中になると出てくる彼の癖だ。


「アナログとは、実際に楽器を演奏して、サンプリングしたのさ。デジタル式がサウンドのシミュレーションならば、アナログ式はホンモノってことになるね。ジーン」

「なるほど? ホンモノかぁ!」


「現代は、何から何までデジタル化したが、アナログの良いところも大事にし、是非残したいものだよ!」

「ボクも同感! サーム先輩。その考えに賛成票を、一票!」

 これまで窓外の景色に見とれて無言だったビーオが、突然割って入った。


「そやで、電子工学の専門家の意見だから、余計に説得力おますな! ワテも一票や」

 ビーオの隣席で、ローンがすかさず同調した。


「ところで、このプログレは、時代がはっきりしないけれど、中世とも創世紀からとも言われる、伝説的な音楽なんだ……」

 サームは、立てた右肘と支えていた左手を入れ替えてまたつづけた。


「自分が調べた資料では、この惑星を開拓した予言者ノアーの時代から聴かれていたとか? 一説によると、ノアーが聴いていた音楽だとか」


 ジーンたちは、超マニアックなサームの説明について行けなくなった。サームの趣味は、音楽とか科学とか、そんなジャンル分けなど超越した孤高ここうの世界にあった。


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