第2章 ★ 審判の星

第2章 (1)漆黒の空に

In the dark sky

 陽が落ちると急に冷え込む山奥で、年老いた男がひとり、じーっと望遠鏡に見入っていた。


「見知らぬ顔だが、どちらさんかな?」

 せ細った白髪の男は、星図を取り出し確かめた。


「もしかすると、これは? ……た、大変だ!」

 隻眼せきがんの男は、白い吐息といきと共に立ち上がった。


 そいつは漆黒しっこくの空に突如出現した。人々の目には恒星の一つとしてしか映らない天体が、惑星アーロンに忍び寄る悪魔の輝きであることを、孤高の天文学者は気付き始めた。


 彗星は太陽に近づくと反対方向に長い尾を引く。その形状からほうき星・・・・とも言われる。だが、ここ第五惑星は太陽から遠いためその尾がほとんど出ていない段階で、彗星の発見は困難なのだ。

『彗星の如く現れる』とよく言うが、まさにこのことである。


 惑星アーロン最大の山『パルーマ山』の山頂に、粗末に建てられた惑星唯一の天文台がある。天文台でただ一人の所員である天文学者が、夜空の異変に気付き始めた。

 ハリー博士(Dr. Harri)は、乏しいデータを基に彗星の軌道計算を試みた。

 その結果『彗星は10日で惑星アーロンに最接近する。衝突する確率は90%以上』という驚愕きょうがくの仮説を発表したのである。


 パルーマ山は標高2500m強。起伏の小さい惑星アーロンでは最高峰だが、お世辞にも観測条件は良いとは言えない。この惑星では天体観測を行うのに最適な場所は無に等しい。大気層がぶ厚く、大気のゆらぎで観測データの精度は相当に落ちる。そのためか望遠鏡の開発も時代に取り残された。

 科学技術が高度に進んだ惑星で、最も遅れた分野が天文学であった。皮肉なことに、天文学にうとい惑星に巨大な彗星が接近しているのだ。


 隠者おんじゃのような暮らしぶりで一風変わったハリー博士の説を、科学者をはじめ知識人達は、誰一人と信じようとしなかった。

 しかしジーンは、博士の説を頭ごなしに否定できなかった。それは半月ほど前からのこと、ジーンは、同じ内容の恐ろしい夢を何度も見ていた。


 夢は宇宙のどこかの星が大爆発を起こすものだった。SF映画の観すぎで映画のシーンでも夢に見たものと思っていた。だが、ハリー博士の説を耳にしたとき、何とも説明のつかない胸騒ぎを感じた。


「あの悪夢は、何かの悪い前兆かも?」ジーンの不吉な予感は、どんどん膨らんだ。

「彗星の話が本当ならば、一大事だ!」ジーンの性格では、じっとしてはいられなかった。


 ハリー博士に直接確かめてみたいと電話をかけた。天文台につながる電話は音声だけのRD電話で、スペースネットTV電話があたり前の時代に、誰も使っていない骨董品こっとうひんだ。


「もしもし、ハリー博士ですか? モシモシ、モシモシ……」


「Hello, Who am I ? ここにはミー以外、誰もいないから、君がかけたナンバーが間違いでなければ、確かじゃよ」

 ハリー博士は、いかにも偏屈へんくつ老人のような口ぶりだ。


 ジーンは、やや気が短いところがあるが、ここは丁寧ていねいな口調で尋ねた。

「突然ですみません。お聞きしたいことがあります。自分は、アカデミーの宇宙パイロットで、ジーニアウスと申します」

「ミーに、なんの用かのう? お若いのぉ」


「巨大彗星が衝突するって、本当ですか? 是非、詳しい内容を教えてください。博士」

「本当か、だって? お若いのぉ! 冷やかし半分は、お断りじゃよ!」


「とんでもないです。冷やかしだなんて、自分は真剣です!」

「おやおや? ミーの話を、まともに聞いてくれそうな御仁ごじんが現れたのー。政府の連中は勿論のこと、学識者どもなどは、ミーの説を、はなから聞こうともしなかった……」

 博士の声は少しばかりトーンが上がり、言葉も弾んできた。


「それどころか、ミーを変人扱いする者もおる。報道関係者などは、特に酷い。変人特集なんて言う、スペシャル企画まで考えてな。ミーを引っ張り出そうとしたほどじゃ! 例のオカルト番組の対談にでも、使うつもりじゃよ……」

 まるで恋人同士の長電話並みに、ハリー博士の話は途切れない。


「お若いのぉ! もし勇気があったら、ここ辺境の地まで来たまえ。無事に来れたら、その褒美ほうびとして、詳しい話を聞かせてしんぜよう。くれぐれも、道中はきーつけてな!」


「ありがとうございます、博士。早速、明日おうかがいします」

 ジーンは何となく、第一印象よりも気のよさそうな人柄を、博士に感じた。



 翌朝ジーンは、ローンとアーンに声を掛けた。すると、荒れた山道を行くには低車高の普通乗用モビルでは危険が多いとの意見が出た。代わりにアーンから、耳よりの新情報が飛び出す。

 アーンがエンジニアのサームから耳にしたもので、開発中のニューマシーンの完成が間近だと言う。そして驚くことに、そのニューマシーンとは、まるで空飛ぶ魔法の絨毯・・・・・・・・だと言う怪情報もある。


 一行は、ニューマシーンの完成の具合を確かめるために、急きょフォレスト研究所へと向かった。『グラビポッド』(Gravi-pod)と名付けられたマシーンは、テスト走行の段階で実用化は少々先送りになっていた。完成予定は早くとも来週末だとサームは言うが、ジーンたちにはそんな時間的猶予ゆうよなどない。


「なっ! サーム。マシーンのテスト走行を兼ねてどうかな? 性能を確かめる絶好のチャンスだぞ……。マシーンは、ほとんど完成しているんだよな?」


「ううーむ……」言葉が出ないサームは、腕組みをしながら首を捻った。


「黙ってちゃー、分かんない? じゃー、そういうことで、ヨロシク……」


 気が短くせっかちなジーンは、開発エンジニアの意見をまともに聞く間もなく、早速グラビポッドに乗り換えた。ジーンたちはパルーマ山に向けて出発することにした。ただし、テスト走行を兼ねるという交換条件でサームも同行する。

 更には、乗車定員が8人ということで、ミカリーナとビーオも誘い6人で行くことに。SSSCのメンバー全員が揃う初めてのアドベンチャーとなった。


 グラビポッドは反重力宇宙船の開発に並行してサームが製作を担当した。反重力エンジンを超小型化し、モビルポッド向けにパワーを抑えた新型エンジンを搭載する。全長5m強、車重1000kg弱と軽量コンパクトだが、6人ならゆったり乗れる三列シートを備える。


 ホバークラフトのように浮上して走行。地上10m程度は楽々浮上可能で、平坦地は勿論のこと、斜面や崖などの凹凸の激しい場所でも何の苦もなく走る。あくまでも地上走行用のトランスポーター・ポッドであるから、上空を高速飛行する設計ではない。空飛ぶ魔法の絨毯・・・・・・・・の喩えは、そんな浮上走行の様子から出てきたようだ。


 地面だけではなく湖や川などの水上でも走行可能。現状では、時速300kmを超えるSPODのような超高速走行は無理だが、時速200kmまでなら問題はない。自家用ポッドの巡航速度としては十分、ニュールウトから2000kmほど離れたパルーマ山までは、半日もあれば到着できる予定だ。


 グラビポッドは路面を浮上走行するため、地下パイプラインを通るハイウェイは使わず、地上を走る古いモビルポッド専用道路を行くことに。中世から使われているこの専用道路は、惑星の交通網の中心だったが、地下パイプラインの開通以来、交通量は激減し混雑の心配もない。

 この選択は惑星の自然を眼前に満喫できて、いにしえからのドライブの楽しみが味わえる好結果を生むことになった。


 因みに、地下パイプラインは都市と都市を繋ぐ大動脈で二層構造を採っている。上段にハイウェイが走り、下段が『サンダー・トレイン』の軌道となる。

 サンダー・トレインは、夢の氷温超伝導を実現したフォノン・マグネットを利用したハイパー・リニアモーターを動力とする。音速にも迫り地上を移動するトランスポーターとしては究極の性能を誇る。


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