第1章 (11)自由への闘い Part②

 ジーン達は、ひとまずPLCCを引き揚げて、アラン博士の容体を見舞うことにした。チームSSSCがセンターの出口に差しかかると、メタリックなガングレーの制服に身を包む、体格のいい男たちが十人ほど、出口をふさいでいた。


「このレジスタンスども、ここから一歩も出さんぞ!」

 ゴウドンの太く低い声が轟いた。極太の腕を無理やり組んだその姿は、まさに仁王立ち。緊急連絡を受けた惑星防衛隊が駆けつけたのだ。

 怖くなって逃げ出したものと思われた受付係は、したたかに時間を稼ぎ連絡を取っていた。


「そこを退いてくれ! 我われは、PLCCに危害を加えに来たんじゃない」

 ジーンは、毅然として立ち向かった。

「何を言う、政府に歯向かうレジスタンスどもが」

 ゴウドンの太い声がトーンを上げた。


「今のPLCCの実態は、大変なことになっている。奥の所長を見れば分かるはず。詳しい話をしている時間はない。緊急だ……(退いてくれ)」

 言葉も終わらぬうちに、ゴウドンがジーンの肩を掴もうとした。

「何をするぅ?」ジーンはひらりと身をかわした。

 ジーンの身のこなしは、そよ風に舞う蝶のように、華麗なる軽やかさだ。


 ジーンは、抜群の運動神経と高い身体能力があると思われたが。運動能力に関しては、片腕欠損のハンデキャップもあり、せいぜい人並みだ。

 優れた身のこなしの元は、持ち前の予知能力からくる鋭い直観力を有する頭脳に由る。それは何よりも、相手の動きをかなりの確率で予測できる能力なのである。


 ハンデを持つ身体とは思えない俊敏なるジーンの動きに、ゴウドンの士気も上がった。ゴウドンの次の言葉が二人の闘争心に火をつけた。

「シダーヒル殿。なかなかできますな? 相手にとって不足はない。二人だけの、シングルマッチと参りましょう。どちらかが『ギブアップ』と言うまで」


「おう! 望むところだ」

「周りは、絶対手出しをするんじゃないぞ! これは男の名誉に懸けたタイマン勝負だ。VIPといえども、手抜きは致しませんぞ。さあー」

 この後、二人だけの素手と素手の勝負が続いた。


 防衛隊は非常事態に備えて、神経を麻痺させる携帯用フェイザーガンを所持している。しかし、ここはノアーの教えを守る絶対平和主義の惑星。武術にたける精鋭部隊は、そんな武器など使う筈もない。二人の勝負は技と技との戦い。まさに格闘技であった。


 剛腕のゴウドンの体力は、惑星でもトップクラスの存在だが。そんな剛力に対するジーンの動きには、まず無駄がない。それはてこの原理など、力学の基本原理を忠実に活かし、力のモーメントの効果まで計算している。

 10分ほど過ぎても決着が着かない。ジーンの軽やかな身のこなしに、豪腕のゴウドンも手を焼いた。周りの者たちは声援を送るどころか、曲芸のような二人の立ち居振る舞いに、声も出ず見惚みとれていた。


 勝負が始まってから既に20分が経過した。『じゅうよくごうを制す』といういにしえからのことわざがあるが、とうとうゴウドンが口を割った。

「参りました。シダーヒル殿。ハーッハーッハー。お話を聞かせてください。フーッフー」


 ジーンのしなやかな身のこなしについて行けず、体格といい腕力といいジーンの倍もあるゴウドンだが、先に音を上げた。一方ジーンは、息の乱れもなく答えた。

「アーン、さっきの所長を持って来てくれ」

「ハイ!」アーンは二つ返事で向かった。


「ヨイショ、ヨイショ、ヨイショと。……こいつホントに重いんだから、まったく機械人間め。ジーン、ここに置くよ。フウー」

「ありがとう! アーン」

 ジーンは、横たわるボルグのみじめな姿を、防衛隊の前にさらした。


 ゴウドン主将はもとより、後ろに控えていた隊員たちは、アンドロイドの配線むき出しの腕を覗き込んで唖然とした。

「ええーっ、これが所長なのか? いつも偉そうに、PLCCを仕切っていたのが、機械だったなんて……。政府は機械に人間を管理させていたのか。まったくひどい話だ」

 見かけによらず気の優しいはずのゴウドンでも、その表情には怒りが見え隠れしていた。


「どうだ分かっただろう? これが今のPLCCの実態だ。我われは、これを改革したい。どうか力を貸してくれ、ゴウドン主将」

「うんむ……」ゴウドンは顔をゆがめ苦虫を噛んだ。


「惑星防衛隊の役目は、この星の平和を守ることだろう? 市民の安全を考えるのが第一だよな? 今日はもう時間がない。大事な急用だ。ここから早く出してくれ」

「先程から、大事な用とは何ですか? 気になります。遠慮なく話してください」

 ゴウドンは、その風貌に似合わず極太の眉を下げ神妙な面持ちで尋ねた。


 ジーンは、また時間を気にしていたが、ここは防衛隊としての面目もあるだろうし、今のPLCCの実情を知らせる好機と思い、説明をすることにした。


「実は、ここにいるウィーナのお父さん、研究主任のDr.Alanが急病なんだ。だからすぐに、その容体を確かめたくて、病院へ見舞うところさ」

「ええっ? あの元気なアラン博士が?」

「それに、博士の急病の原因は、こいつのせいなんだ……」


 惨めに横たわる配線むき出しのボルグの腕を、スペースブーツのつま先で軽く突きながらジーンは続けた。

「このアンドロイドの奴、博士に、黙って薬剤を大量に与えてしまった。可哀そうに何も知らない博士は、その大量摂取の副作用で、今でも昏睡こんすい状態だとか?」

「それは、ひどい話だ」


「所長は、政府の命令でやったらしい? おそらく人口抑制策が絡んだ裏工作だ。そうなると、博士は病気というより、薬害で倒れたことになる」

「それは益々ひどい!」

 強面のゴウドンは、説明を聞けば聞くほど怒りをあらわにした。まさにそれは鬼の形相ぎょうそうだ。


「これで分かったかい? もういいだろう」

 ジーンは、また時間を気にした。


「ハイ! 承知致しました。このゴウドンにお任せください。惑星防衛隊主将の名に掛けて、あなた達の安全を守ります。さあ! 行ってください」

 ゴウドンは、頬を緩めいつものお人好しな奴に戻った。

「ありがとう‼ ゴウドン主将」ジーンたちは声を揃えた。


「惑星防衛隊。ホンマ、市民の味方やなぁ!」

 出口に差しかかったところで、ローンの言葉がトリを飾った。

 不意を突かれた感の惑星防衛隊だったが、いつの間にかジーン達の思いをみ取っていた。



 この後ジーン達は、アラン博士の容体を見舞うため惑星中央病院を訪れた。

 ニュールウトの南西、閑静な郊外に建てられた病院の建物は、ピラミッド型だ。このピラミッド型には、生命力を活性化させるピラミッドパワーなる神秘のエネルギーがあるという。

 惑星アーロンでは、『ピラミッド学』なる学問が研究されている。サイエンス分野の一つで、医学生理学、物理学、そして天文学を融合し、それらを超越したものだという。


 集中治療室の中にはベッドに横たわるアラン博士がいた。ガラス越しであるため確かなことは分からないが、どう見ても病状は回復の見込みはなさそうだった。担当医に尋ねても、「今のところ何とも……。要観察中です」の一言。

 この日は面会を許可されず、ジーン達は病院を去った。


 帰り際、ウィーナの気持ちを察したビーオは優しく手を差し伸べた。

◆テレパシーでのコンタクト◆

《ウィーナ、ボクらと一緒に来ないか? 君のことが、とっても心配なんだ。一人にしては行けないよ!》


 ウィーナは、いつの間にかビーオと手を繋ぎ、俯いたままついて来た。テレパシーという特別なコミュニケーションの方法は、普通の音声会話よりも親密で、心の深部で交流があるようだ。二人はすでに心と心が通い合い、互いを慕うようになっていた。


 病院を後にしたジーン達は、『動く歩道』に乗った。普通の人間が走るより速い移動手段で、共和国議会議事堂完成を記念して新設された。首都の幹線道路沿いに網目状に設置され、それまでのモノレールに代わる都市交通の中核を担う。あくまでも歩道であるから、自由に好きなところで乗り降りできる便利な交通システムなのだ。


 ジーン達は、フォーレストの緑地帯を抜け首都の中心街へ向かった。

 すると、ビル街で突然あるものが目に留まった。ニュールウトの中央に建てられた紡錘形ぼうすいけいの青白いシンボルタワー『惑星センタービル』にそれはあった。ビルの壁面に張られた巨大スクリーンには、デカデカと映し出された臨時ニュースの大字幕が。

 ジーン達が目撃したものは、予想もしない一大事件であった。


【天文学者のハリー博士の発表によると、本日未明・・・・・・】



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