第1章 (8)愛の覚醒 Part②

 ジーンは、政府の人口抑制政策に感じていた抵抗感が益々強まった。

 翌日、人間の愛について、父の考えを確かめるべく単身大統領公邸を訪ねた。大統領の執務しつむは丁度休暇中で、喜んで迎えてくれた。しかも特別な客しか通さない来賓室らいひんしつに招き入れた。


「王女とは、その後どうだ? ジーニアウス……」

 ジーンが部屋に入るや否や、父は明るくにこやかに話しかけてきた。

「晩餐会の時は、ろくに話しもせんで。少し心配であったぞ。……でも、最近の噂では、仲良くデートをしているそうだな?」


「まあ? ハイ」

「それは安心したぞ。王室との親縁を結ぶという事は、何よりの良縁であるからな。この話がまとまれば、我が共和国体制も安泰あんたい。……よろしく頼んだぞ、我が息子よ」

 何かに付け必ずと言っていいほど、政治絡せいじがらみの父の話が、ジーンは大嫌いだった。


「ハイ、ご心配なく。王女様とはうまくいってます……」

 ジーンは短い言葉を返すと、間髪を入れる間もなく単刀直入に尋ねた。

「ところで今日は、父上の真意しんいをお聞きしたく、参りました」


やぶから棒に、真意とは? 何のことだ」

「ハイ。父上は、人として女性をどう見ていますか? 子孫を残すための存在? 人生のパートナーとして? それに父上、母上を女性として、愛していますか?」

 父スタインは、ソファーに座り腕組みをして暫らく黙っていた。


 そこへ、奥の部屋から夫人のミレーニア(Millennia)が現れた。

 深紅のドレスに水晶のネックレスで着飾った継母ままははが、スタインの隣に腰を下ろすと、お決まりの挨拶が。

「お元気でした? ジーニアウス様。お珍しく今日は、お父様ったら、お暇が出来ましたのよ。たまには親子水入らずで、お話しでも。……ゆっくりしてお行きなさいな」


「我にとって、このミレーニアは、どこに出しても、恥ずかしくない、立派な大統領夫人である。社交的で上品な人あたり、この流暢りゅうちょうな言葉遣い……」

 スタインは、ミレーニアの右手の甲を摩りながら答えた。そして彼女の長い髪をでながら言葉をつづけた。

「それに見たまえ、この気品溢れるビーナスのような姿。ブロンドの甘い髪。勿論、愛しているよ。そなたの弟を誕生させてくれた、素晴らしい遺伝子の持ち主を」


 父の口から飛び出す一つ一つの言葉に、ジーンは、真の愛など感じ取ることはできなかった。ジーンは、熱いまぶたに潤いを感じながら返答した。


「分かりました。もう十分です、父上。あなたの見解を、これ以上聞くに耐えません。それに、自分の本当の母については、何も答えは出ないのですから……」


 ジーンは言葉が詰まり、一息入れてからつづけた。

「いったい本当の母は、どこですか?……いいや、それを知る人間など、この世にはいない。究極の試験管ベビーは、本当の愛情など、与えられるはずも……」


 大統領の父からは何の言葉も返ってこなかった。

 ジーンは、これ以上の対面を空しく感じた。

「失礼致しました」の一言を残すと、足早に大統領公邸を立ち去った。


     * * *

 

 


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