第1章 (7)愛の覚醒 Part①

 ジーンとミカリーナは、テスト飛行を終えると、宇宙港に隣接するホットアイランドに立ち寄った。ここでは中世の遺跡を見学することができる。

 惑星アーロンの中世とは、一千年ほどさかのぼり王国の始まりの頃。その時代は科学技術のカンブリア紀と言われ、その進歩は著しく自然開発も盛んに行われた。惑星では唯一温暖で風光明媚ふうこうめいびなホットアイランドは、リゾートホテルが建ち並び、惑星随一の楽園の島だった。


 二人は、古いリゾートホテルや資料館が建ち並ぶ、中世の遺跡に足を踏み入れた。一千年前の時間をそのまま缶詰にしたような世界が、そこには広がっていた。その真新しさときたらとても遺跡とは思えぬ新設されたテーマパークのようだ。余程保存技術が良いのか。いや、当時の建設技術が優れていたに違いない。


 最初に二人はデジタル・ライブラリー館(DL館)に立ち寄った。外観は地面から立ち上がった卵のようなドーム型で、銀白色に輝く建物だ。内部に入ると、つなぎ目のない白い壁に囲まれた空間が、ぽっかりと穴を空けていた。


 DL館には惑星アーロンの自然や歴史など、ありとあらゆる情報が集積されている。タイムスコープで垣間かいま見た情報を、ホストコンピュータLOQCSがデータベースに蓄積し管理している。映像は勿論リアルホログラムで映し出される。

 ジーンは、空中ディスプレイに触れてみた。


▼▼ Welcome !! =TIMESCOPE Theater=

“My name is LOQCS”当シアターのMCです。

調べたいサイトを選んでください。

操作はとても簡単です。空中タッチパネルのメニューに触れるだけ。

また、音声によるご質問にもお答えします。

どちらでも、お好きな方でどうぞ! ▲▲


 LOQCSお決まりのインフォメーション・ガイドの後。お奨めの体験コースとして、人気のサイトベスト3がパネルに表示された。

『The Planet Nature Site』

 惑星アーロンの大地や大海、そこに棲む生き物などをリアルホログラムで紹介し、大自然のことがすべて分かる。


『The Planet History Site』

 惑星アーロン三千年の歴史が、時空を超えてよみがえる。これぞタイムスコープの心臓部、四次元投影装置のなせるわざ。四次元投影装置は、三次元スケール(3D)映像を映し出すだけでなく、過去の世界を垣間見ることができるタイムトンネルとなる。

 例えば一本の杉の木があるとすると、その発芽から成長する過程までもが再現できる。更には、その未来の姿までものぞくことが可能なのだ。


『Virtual Space Tours』

 宇宙旅行をシミュレーションするもので、宇宙船が発射される際の振動や、強いGなども実際に味わえる。勿論、無重力体験も選択可能だ。ブラックホールが間近で観察できる怖そうなオプショナルツアーもある。


 ところで、MCの『LOQCS』は、このようにリアルホログラム投影システムのデータユニットとして活躍しているが。LOQCSの性能からすると、それは氷山の一角だ。惑星アーロンの全てのコンピュータとリンクし統括している。

 宇宙で初めて実用化されたスーパー量子コンピュータで、まさに惑星のホストコンピュータなのだ。


 データベースの情報は、DNAデータストレージへ半永久的に保管される。所謂、DNAメモリ保存で、無限大の情報量を扱える。プロセッサーの演算速度は10^30Hz以上を遥かに超える。LOQCSとは通称である。

(Logical Operation Quantum Computer Systemの略。)

 動力源は、新開発のハイパー・フォノン量子電池で、半永久的に作動する。


 二人は、リアルホログラムどころか本物の宇宙旅行を、タイムスリップのオマケ付きで体験済みだ。そのためか体験コースは早めに切り上げDL館を後にした。


 つぎに二人は、円筒を二本並べたツインタワーで地上200階建、雲にも届きそうな超高層ホテルの最上階の一室を訪れた。


 そこはまさにペントハウスのスイートルーム。この高級ホテルは一つのフロアをスイートルーム一室で独占する贅沢な構造を持つ。

 部屋からは360度の大パノラマビューが広がっていく。内部の様子も時間を真空パックしたような新鮮さで、昨日まで宿泊客が居たかのような香りがただよっていた。


「ジーン凄いね! 窓際にいると、雲に手が届きそうよ。わたくしこんなの初めて」

 ミカリーナは、とろけそうな瞳を輝かせささやいた。

「オイラも初めてだ。こんなの……。中世の人達もよく造ったよな? ホント凄いや」


「水平線の夕陽が、ステキだわ」

 ミカリーナは、ジーンの肩に寄り添った。

「うんん。絶景だね」

 ジーンも彼女の肩を抱き締めた。


 やがて二人は、一番奥まったガラス張りの部屋に入ってみた。

 そこで目に映ったものは、半透明でピカピカに光る白い舟形の大きな器だった。


「ねえ? こんなところに、大きな水槽があるわ」

 ミカリーナは、零れそうな瞳で覗き込んだ。

「ちょっと変わった形の水槽だね。こんな水槽で何を飼っていたんだろう?」

 ジーンも目を丸くして、器のふちをなめるようにで回した。


「ホント初めて見たわ。この遺跡って、何から何まで、初物尽くしね?」

「ほら! よく見て……。水道のコックみたいな物まで、付いているよ」

 ジーンは恐る恐るコックを開くと、勢いよく水が出てきた。


「凄い! まだ使えるみたい? だんだん温かくなってきたよ。君も触ってごらん?」

「熱い!」ミカリーナはあわてて手を引っ込めた。

「ゴメン、ゴメン! お湯の方ばかり出してた。冷水も足してみるね……」


 二人は、水槽に水が溜まっていく様子をじっと眺めていた。水位が半分位に来た時、ミカリーナは急に笑みを浮かべた。強い直感能力を持つ彼女は、何かに気付いたようだ。

「これって、考古学で習った、古代人の生活様式の……、ほら、何て言ったかな? 資料集に載っていた。……そう確か、『お風呂』じゃないの?」


「ええっ? 古代人のだって?」

「そう! 中世まで使われていたとか?」

「ピーモ、データベースで、調べてくれないか」

 ジーンはピーモを肩から外した。


「リョウカイ、ジーン」ピーモはいつものように目をクルクル回した。


「ピン、ポーン! ミーカノ、イウトオリー」

((中世までの人々は、水を使って体を洗ったり、衣類を洗濯したりしていた。『風呂』と呼ばれている。))

「スイソウジャナクテ、コレハ、バスタブ、ダヨン」


「えーっ? 今では考えられない。レア資源の無駄遣いよ」

 ミカリーナは小首を傾げた。

「そうだよね。現代では、水は一番の貴重資源だものなぁ?」


「今では、イオンサウナやイオンシャワーがあるから、こんな原始的な方法は必要ないわ。しかも、水を使うって、生物学的に見て、雑菌の繁殖も考えられるし、どうかしら?」

 水位がいよいよバスタブ一杯になった。ジーンは興味津々、湯船に手を差し入れてみた。


「ねぇー、温かくって、凄く気持ちいいよ。ミーカ」

「エッ、ホント? じゃ、わたくしも……。これって、からだ全体で入るのよね? 是非入ってみましょうよ」


 ジーンは突然の彼女の言葉に戸惑った。そして慎重に確認をした。

「チョ、チョット待って……。からだ全体って? 裸にならないと、いけないよね?」


 ミカリーナは、平然とスペース・スーツを脱ぎ始めた。

「そうよ。あたり前でしょう。さっ、入りましょ!」


 暫らくは、恥ずかしがっていたジーンであったが、ミカリーナの真っ白なビーナスの脚線美に誘われてしまった。

 ジーンは、恥ずかしさなどもう何処へやら、喜び勇んでスペース・スーツを脱ぎ捨てた。すると、今まで感じていたスーツからくる違和感が消え、開放感なのか高揚感と言うのか、不思議な興奮を覚えるのだった。


 更には、ジーンの身体にはある異変が現れ始めていた。惑星時間にして二週間余りのテスト飛行だったので、ジーンはPLCCへ二度も通っていない計算になる。性ホルモン抑制剤の効果が薄れていた上に、スーツの抑制効果も働かなくなった。

 抑制剤の効果が切れたジーンの身体の中では、動物的な本能が目覚め始めたのだ。それはミカリーナとて同様であった。


 いつの間にかジーンは、ピーモを休止モードに切り替えていた。この後二人は、一個体の生物にでもなったかのように、身も心もつよく強く結ばれた。二人の愛の世界は無限の時を刻むのだった。

 動物の進化系の一種であるヒト。そのヒト本来が持っていた男と女の愛の交流会が、世紀を越えてよみがえったのだ。二人は真の愛・・・に目覚めたのである。



 ホテルに入るとき夕焼けを見た二人だが、浴室から出てきたときには、すっかり満天の星がまたたいていた。きらめく大パノラマを窓越しに、二人は手に手を取って、じっと見つめ合った。


 ジーンは、心の奥に秘めていた熱い思いを吐き出した。

「現代人は、ヒト本来の姿を忘れている。人間が遺伝子を勝手に操作し、命は人工的に作られている。健康維持という名目にだまされ、人の命が管理されて……」


 ジーンは一息ついて、深呼吸をするとまたつづけた。

「一部の人間が、他の多くの人間を支配するというのは、まさに奴隷だ。まるでロボットだ! いや、もっと酷い。……生物としても大事なものを失っていく」


「そうよ! わたくしも同感。動物学の性行動から考えても不自然よ。生物にとって子孫を残すことこそ、最大の使命でしょ? 人間だけが、自然の摂理せつりに反してきたのよ」

 ミカリーナは、何度も頷きながら答えた。


「その通りだよ。ミーカ。ヒトも動物の中の一つの種だ。自由に生きる権利がある」

「ジーンと、肌と肌とを触れ合ったときの、何とも言えない心地良さ。最高の幸福感。これこそヒト本来の愛の姿では? 新しい命を産み出だすこと、至上の愛なのだわ」

 ミカリーナは、愛の交流会の余韻を噛み締めながら呟いた。


 ジーンは、ミカリーナの両手を取るとまた熱く語った。

「その通りだ。自然で在りのままの生き方こそ尊い。政府は間違っている。平和と平等のうたい文句を隠れ蓑かくれみのに、真実を隠し、国民を管理し。あげくの果てに、人々の自由までも奪っている。そして、人間は生物としての本質をも失っていく」


 共和国政府に、いや大統領である父に対して、ジーンは、心の奥底からき立つ、怒りにも似た感情が芽生えるのだった。


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