第1章 (6)愛のテスト飛行 Part②

☆いよいよ二人でテストフライト開始――――――

 OPEルームの中央には、半円形に突出したコックピットがある。ジーンは中心に置かれたキャプテンシートに腰を下ろした。


 ハイテク宇宙船の操縦室は、てっきり複雑難解なパネルやボタンがズラリと並んでいるものと想うところだが。その心配は無用だった。数種類のボタンとワイド画面のモニターがシンプルに構えているだけで実に合理的なつくりだ。

「Simple is the best!」と、いつも口癖のように言っていた天才技術者らしい作品に、ジーンはニヤリと微笑んだ。


 操作パネルには、『Test Flight』の文字が浮かんだ黄色のボタンがあった。初めて座るコックピットにワクワクしながら、ジーンは黄色のボタンを押した。


 早速、宇宙船のマザーコンピュータから確認のメッセージが流れる。

【Welcome to the cockpit. テスト飛行が選択されました。よろしいですか? 間違いでなければ、もう一度、同じボタンを押してください。】


 ジーンは、心も弾ませ指示通りボタンを押した。

【テスト飛行が確認されました。飛行準備に入ります。アイドリングは、5分程です。Wait 5 minutes, Thank you ! 】


 大きな船体は僅かに振動し生き物のように脈を打ち始めた。反重力エンジンが起動するときのアイドリング・ステップだ。暫らくはスタンバイ状態が続く。緊張で少し硬くなっていたジーンは、シートに身をゆだね待つことにした。


「ピーモってかわいい! いつも一緒なの?」

 隣席のミカリーナがピーモの頭をでた。

「そうだね、今までほとんど一緒だね。こいつは可愛い、唯一無二の親友さ」

 丸く滑らかなピーモの頭をジーンもゆっくりと撫でた。


「チカゴロ、ジーン。ピーモヲ、オイテキボリニスルコト、オオイヨン。ナ・ゼ・カ・ナ?」

 ピーモは丸い目をパチパチさせて答えるが、ジーンは黙ってクスクスと苦笑にがわらいだ。


「もしかして? わたくしのせい?……」

 ミカリーナも苦笑した。


「ピン・ポーン!」ピーモは、ジーンの肩でピョンピョン飛び跳ねた。

「おい! 茶化ちゃかすなよピーモ」


 照れるジーンが軽く突こうとすると、ピーモは肩から離れてコントロールパネルに飛び込んだ。パネルには小さな椅子型のアクセスボードが付いている。ピーモが座ると宇宙船のマザーコンピュータとリンクする仕組みだ。

 ピーモの性能はパーソナルロボットとしての機能だけではなかった。宇宙船のナビゲーション・プログラムを動かすために、天才技師はしっかり設計していた。

 

 

 ピーモはマザーコンピュータとリンクしているため、パーソナル機能は休止モードとなる。ピーモのナビゲーションで宇宙船は自動操縦となった。


 離陸時に強めのGとわずかな振動を感じたが、宇宙空間に出ると直ぐに収束。人工重力も適正にセッティングされ、不自由な無重力の足枷あしかせもない。船内はまるで自宅のリビングに居る程の快適さだ。


 ピーモはナビゲーションモードのため、これからは二人だけの会話となった。

 ジーンとミカリーナは、愛を語り合い二人だけの時間を満喫した。お互いの生い立ちのことや、趣味や好きな食べ物の話、お互いの家族のことや悩み、そして将来の夢等々、話しは尽きなかった。


「わたくしは、ロイヤルアカデミーで、心理学と応用生理学を学んだわ。ジーンは?」

 ミカリーナから口火を切った。


「さすがに王女様。ロイヤルか、凄いな。民間人では受験すらできない、雲の上の世界だよ。……自分は、グリンフォレストで、素粒子物理学と量子工学さ」

少数精鋭しょうすうせいえい主義で、惑星一の名門アカデミーね。……わたくしも、入学したかったのよ」


「それっ、本当?」

「そうよ! でも、王室の古いしきたりで、ロイヤルアカデミーへ。……それにしても、ジーンの専攻はちょっと難しそうね?」


「現代科学の最先端の学問だもの。未だに理解できないことばかりだよ。でもフォレスト教授の新しい研究は、興味が尽きなかったよ。教授は、一番尊敬できる人物さ」

 ジーンは誇らしげに、しかも出来ない筈の腕組みをしながら語った。


「えー? ある噂だけど、フォレスト博士って変わり者で。しかも、ユーン王妃を囲ってるらしいわ? 王妃といえば、わたくしの妹の実母よ。わたくし何だか複雑?」


 ほおを両手ではさみながら首をかしげるミカリーナに、すかさずジーンは訴えた。

「ちょっと、それは誤解さ! 事情を知らない人たちの偏見だよ。実は、……あれは3年前のこと、宇宙船の大事故があったのを覚えてる?」


「ええ。あの豪華宇宙客船の? 確か出航間もなく起こった事故で、原因は不明のまま、テロの噂もあった……。船体が真っ二つに裂けて、大惨事になったのよね?」

 ミカリーナは、こぼれそうな程にその大きな瞳を見開いた。


「そう、その事故。教授はプライベートのことなど、余計な話をしない人で。自分も初めは、王妃のことを変に思って、無理やり聞いてみた。……やはり『余計なことだ』の一言で、話してはくれなかったが。誰にも言わない約束で、ようやく真相を知ることができたんだ」

「真相って?」


「事故で瀕死ひんしの重体だった王妃を、フォレスト教授が救ってね。そのとき王妃は、記憶喪失になっていた。自分が誰かも分からない王妃は、命の恩人である教授のところに身を捧げて、恩返しをしているんだよ。その後二人は、正式に婚姻関係になっている」


「えー、ホント? そんな訳ありだったなんて……。わたくし達、なんだか申し訳ないことをしていたのね。すぐに、アカデミーの人たちにも、真実を伝えなくては?」

 ミカリーナは、左手をジーンの右腕に絡めた。


「そうだね。約束破って教授には悪いが、今度二人でみんなに話そう。誤解を解くんだから、許してもらえるよ」

「はい!」ミカリーナはジーンの肩に頬を寄せた。


「ところで、Dr.スティーヴ・フォレストの反重力エンジンは、凄いだろう?……」

 ジーンは急に話題を変えた。


「科学史上最高の発明さ。この発明にれ込んで、パイロットを志願したんだ……」

 ジーンは、誇らしげに胸を張って話をつづけた。

「このエンジンの名前、『エステム』って言うんだ。これ実は、自分が命名したんだよ。教授への尊敬(Esteem)の意味を込めてね」


「まあー、すっごくステキな響きね、『エステム』。とっても魅力的! それに、博士への尊敬の意味を込めた、ジーンのセンスも、ス・テ・キ!」

 ミカリーナは手旗木てばたきをして感激している。


 ジーンは照れながらも話しをつづけた。

「みんな、教授の発明を怖がって。……パイロットに志願したのは、自分だろ。同級生のアーン、後輩のローン、そして、弟のビーオ。たったの四人だけさ……」


 せきを切ったように、ジーンの口からあふれた言葉はもう止まらない。やがて、社会に対する日ごろの不満をこぼし始めた。


「今の世の中、人の噂や上辺うわべだけで判断し、真実を見極めようとしない気がする。薄々感じていたが。人々は、何か事あるごとに、平等の一言で済ませる傾向が……」

「うん! あるある」


「人と同じことをしていればいい。個人の考えなんか、なかなか聞き入れて貰えない。はっきり言って、自由は犠牲になってるね。平等こそが、一番の平和維持だと」

「そうよ、その通りだわ。わたくしも、何となくだけど、同じように感じていたわ」

 ミカリーナは、ジーンの考えに同調した。



(♪♪♪、♪♪♪、♪♪♪……)

 いつの間にか船内には、清涼感溢れる調しらべが、漂っていた。


「今流れている音楽、とっても素敵ね! 初めて聴くわ」

 初めて耳にする音楽に、心ときめくミカリーナであった。


「おっ! 気付いたぁ?」

「透き通るようなサウンドで、何とも言えない心地よさね! 宇宙には最適な、まさにスペースサウンドって感じ。……ジーン、何て言う曲なの?」


 この質問はジーンの自慢話に火をつけた。言葉の洪水はまた溢れ出し、その決壊したダムはもうふさがらない。


「この曲かい? カーメルズの『Cosmic Sea』さ。オイラ、一番好きな音楽なんだ。電子楽器で、サウンド中心の音楽なんだ。とても綺麗きれいで、心にみるサウンドって感じ」

「ホント、そうねぇ!」


「この他にも、ピーク・フライドやジェネレックスなんかもいいよ。みな四・五人編成の小さなバンドだけど、百人編成のオーケストラ並みの音を出す。とにかく凄いよ」

「スッゴイィ! オーケストラ並み?」


「このジャンルは、中世時代から聴かれていた『プログレッシブ・ミュージック』なんだ。今ではクラシックになったけどね。その時代のサウンドテクニックには脱帽さ」

「えぇー、中世から?」


「クラシックどころか、未来の音楽って感じだよ。サーム先輩から薦められ、一聴いっちょうしただけで気に入ったよ。宇宙で聴くのは自分も初めてだけど、実に最高だね」


「えー、ジーンにそんなクラシック音楽の趣味があったの? 科学だけじゃなく、芸術にも精通しているなんて……・、ジーンのセンスって、ステキね」

 ミカリーナのテンションも少しずつ上がってきた。


「そうだ! わたくしも、宇宙船のクルーになりたいわ。アカデミーでトップだった心理学を生かして……、そうねぇ? カウンセラーとして、どうかしら?」


 思わぬ彼女の申し出に、ジーンはもう有頂天うちょうてん

「勿論です! 喜んで、こちらからお願いしたいです。王女様……」


 ジーンは照れくさいのか小声でつづけた。

「だってー、オイラにとっても……、んんん……」


「なーに? ジーン。聞こえないわよ。もう一度」

「んんん、王女様と、一緒に、いられる訳だし。……とっても、嬉しいよ!」

 ジーンは頬を赤らめながら、頭の後ろをいた。


 ミカリーナも気分は最高潮のようすだ。高鳴るジーンの胸にとうとう飛び込んだ。

「嬉しい! わたくしも同じ気持ちよ。王女様なんて、もう呼ばないで」

「うん。ミーカ」ジーンは息も詰まるほどに彼女を抱きしめた。



 この後二人は、惑星アーロンの男女が営む『愛の交流儀式』に入った。二人のいる空間は、強い愛の引力による相対論的相乗効果のせいだろうか、時間はゆっくりゆっくり流れた。


 男女が営む『愛の交流儀式』とは、近代惑星アーロンの男女の愛の交わり方で、ある装置を使い精神的な快楽で満たされる。装置は心電ラブマシーンと呼ばれ、こめかみにヘッドホンタイプのパットを当て、椅子に座った男女が向かい合い、お互いのてのひらを突き合わせる。装置を起動し1時間ほどの瞑想めいそう状態に入る。

 雲に浮かんだような浮遊感のある仮想空間の中で愛の交流が行われる。究極のバーチャルセックスであり、動物的な肉体交渉はない。因みに、週に一度、PLCCでの性ホルモン抑制剤の投与と、バイオ・スーツの抑制持続効果によって、肉体的な性欲求は抑えられている。


 反重力宇宙船は実に素晴らしい。想像を遥かに超えた性能。宇宙空間での最高速度は光速の90%にも達する。特殊相対性理論によると、光速に近づくほど時間は伸びる。宇宙船の中では時間がゆっくり進むことになる。

 船内の二人にとっては一日だけのフライトだったが、宇宙港に帰還きかんすると、地上時間では二週間が過ぎていたのだった。


     * * *



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