第1章 (9)自由への叫び

 平和な科学の星『惑星アーロン』であったが、共和国政府の新体制の中では、国民の生活は完全に政府の管理下にあり、人々の真の自由は奪われていた。


 ジーンとミカリーナが旗頭となり、新政府の強制的な人口抑制政策に対して、惑星アーロンの人々の抵抗が始まった。ジーンは、アカデミーの学友たちと共にレジスタンスとなり、共和国政府の独裁的な政治から人々を救うため反政府自由運動を始めた。


 ジーンは真っ先に、一番身近な存在に声をかけた。

「このままでは、新政府の独裁体制に、完全に支配されてしまう。平和だ、平等だ、などと安堵している大人たちは、政府の奴隷同然だ」

「同感です。兄貴!」


「さあー、みんなで立ち上がろう。ビーオ、力を貸してくれ! ミーカもいいね?」

「もちろんです‼」

 ビーオとミカリーナの声は、二重奏のハーモニーをかなでた。


「政府の人口抑制策は、今のやり方では、間違っていると、ボクも思うのです。生物学的な見地から、別な方法がきっとあるはずです。兄貴!」

 ビーオから一つの見解が飛び出した。


「なるほど? さすがは生物学者」

「何でもやります。兄貴! ボクにも是非やらせてください。そうだ、兄貴! アカデミーのみんなにも、力を借りては……。早速、ローンとアーンに声を掛けて、兄貴!」


「おーい! その『兄貴』は、止めてくれ。オイラのことはジーンでいい。今日から『同志』だ。オイラ達は、自由を求めるレジスタンスチーム……」

 ジーンは、照れくさくなって頭を掻き掻き訴えた。


「ところでビーオ、お前の知恵で、オイラ達の制服を作ってくれないか?」

「例のバイオ・スーツの違和感? ですね?」


「このスーツはどこかおかしい? 生体活動を制御している気がする」

「了解! こんな人工繊維じゃなく、生体に良い天然素材でも、探してみます」


「よろしく頼んだよ!」

「イエッサー、ジーン・キャプテン」


 この時、チームの骨格が起動した。将来は宇宙船のクルーとして、共に宇宙開発にも乗り出す同志。ジーンはチーム名をシルバーファルコム号にちなんで命名した。

 その名もチーム『SSSC』。(Space-Ship Silverfalcom Cooperation の略称。)


 アカデミーの学友を中心に結成したSSSCは厚い信頼で結ばれ、まさに運命共同体。キャプテンのジーンは、宇宙船の船長を務め、パイロットとしての重責をになう。


 最愛のミカリーナは、冷静沈着『強い直感能力』の持ち主で、ナビゲーターとして適任だ。また、ロイヤルアカデミーで学んだ心理学を生かしてカウンセラーも務める。宇宙船の長旅からくるクルーの心理的ストレス解消にも貢献できる。


 三人目のクルーは、チームで最も頼りになる技術主任のサーム(Sarm)。ジーンが通ったアカデミーの先輩でもあり、ジーンが敬愛する科学者の一人。惑星一の航空宇宙工学技師で反重力宇宙船の開発者。フライトエンジニアとしても期待大。その頭脳明晰さと冷静さは、どんなコンピュータにも勝る程。痩せ細った体形は2mを超える長身で、普段は口数が少なく研究一筋の硬派な男だ。


 四人目は同級生のアーン(Arne)。負けず嫌いで男勝おとこまさりのところがあるが、黒髪のロングヘアーがよく似合うスマートな美女。パイロット助手として任務に忠実で、幼少時から気兼ねなく話せるジーンの親友である。『遠隔透視えんかくとうし』の超能力の持ち主で信頼は厚い。


 五人目はアカデミーの後輩ローン(Rone)。南極地方出身で独特のなまり口調がある。植物栽培に縁のない極地方で育ったローンは、幼い頃から食糧不足に苦労し、食に対するこだわりが強い。スマートな体形が多い惑星アーロン人類にしては小太りだ。サブパイロットを務めるかたわら、コック長として食糧担当を進んで請け負う。


 最後のクルーは、若き天才生物学者でジーンの弟Veeoniaus。普段はビーオ(Veeo)と呼んでいる。遺伝子工学の分野にも精通し、その研究にも熱心。ビーオは生物探査と医療班を担当。因みに、惑星でも数少ない『テレパシー』の超能力を有する。



 ジーン達は、奇妙な締めつけ感のあるバイオ・スーツを脱ぎ捨て、チームSSSCの新たな制服に身を包んだ。白を基調にしたデザインは、見かけ上政府支給のバイオ・スーツと変わらないが、ビーオが考案した天然素材で作られている。


 制服に因んで『ホワイト・スーツ運動』と呼ばれた。

 チームSSSCは、アカデミーの校門や首都ニュールウトのターミナル駅などで、デモを繰り返した。ただし、予言者ノアーの教えをかたくなに守り武力闘争などは行うはずもない。


 予言者ノアーは、惑星開拓の祖とも言われ、伝説となっている聖者。

 古代からの伝承のため詳細については謎が多い。三千年間一時も途絶えることなく伝わる教えが残っている。ノアーの『絶対平和主義の教え』と呼ばれ、たった一つの訓戒くんかい


『生きとし生けるものすべてを尊び、人は人の命を決して奪ってはならぬ』


 究極の平和主義は、人々の心の奥底に育まれ、いつの時代も変わらぬ命の経文きょうもんとなっている。


 それからノアーは、予言者と呼ばれた。「予知能力を持つエイリアンではないか?」という噂まで囁かれる程の超能力者であった。

 予言は人類の悲愴ひそうな末路について述べられており、人々のパニックを恐れ詳しい内容は封印されたと言う。予言を記録した秘密のディスクがあり、王宮の地下に隠されたという伝説がある。


 ジーン達は道行く人々に訴えつづけた。

「自由運動に、どうかご協力を……」

「新政府の『人口抑制政策』は間違っています……」

「バイオ・スーツは、脱ぎ捨てましょう……」

「平等の前に、人々に『自由』を……」

「我われはロボットじゃない!『ヒト』として、生物らしい本当の生き方を……」

「BLなんて誤魔化ごまかしです。高齢者たちは、本当には、生きていません」

「虚偽のシステムが詰まったPLCCは廃止せよ!」

「独裁政治には、絶対反対!」



 このデモに対して、平和に慣れきっていた惑星連邦共和国政府も、ようやくその重い腰を上げた。蜂の巣を突いたように大統領官邸は慌ただしくなった。


「なーんだと? 我が息子、ジーニアウスが、デモを行っているだと?……」

 スタイン大統領は、驚くと同時に憤慨ふんがいした。


「惑星防衛隊へ、出動の要請だ! 直ちに、主将ゴウドンと連絡を取りたまえ」

「はい、承知致しました。閣下」

 参謀長官が取り次いだ。


 スクリーンにはゴウドン(Goudon)の雄々しい姿が映し出された。ギリシア神話のヘラクレスを思わせる威風堂々いふうどうどうたる大男である。

 だが、実際に対話してみると分かるのだが、これがとても温厚な人柄で、『気は優しくて力持ち』の見本のような人物なのだ。


「いかがなさいましたか? 大統領閣下」

 ゴウドンは、姿勢を正すと敬礼をした。


「おぬしの耳にも入っておるだろう? 今街頭で起っている事態は、何事だ?」

 大統領は、スクリーンに飛び込む程の勢いである。


「ハイ。今朝初めて、本官も報告を受けましたが。デモのようです。まだ武力行動には、出ていないとのことで、現在は、経過観察中であります……」

 ゴウドンは、ふくよかな頬を緩め、極太の眉を上げ下げしながら答えた。


「それに、小耳にはさんだのですが。閣下のご子息様が、先頭に立っておられるとのことで……。なおさら慎重に、情勢をうかがっております。ハイ!」

 ゴウドンの極太の眉尻まゆじりは下がり気味になった。


「何を、暢気のんきなことをしておる。お主は見かけによらず、『お人好しな奴』だな?」

 スタインは眉を吊り上げ、一層怒りをあらわにした。


「ハイ。申し訳ありません。よく言われます」

 ゴウドンは頬を緩めて頭を掻いた。


 するとスタインの苛立いらだちは頂点に達した。

「何をまた、たわけたことを、愚か者め。……事は重大だ。我が子であろうと親であろうと、レジスタンスどもには、毅然きぜんとして立ち向かうのだ……」

 スタインは、スクリーンに映るゴウドン目がけてこぶしを突き上げた。


容赦ようしゃは要らん。政府に刃向まむかうデモなど、鎮圧せよ」

「はい! 仰せの通り。閣下」

 ゴウドンは、強張こわばった頬を更に引き締め敬礼をした。



 ホワイト・スーツ運動は、一部の若者から共感を得られたものの、大きな協力は得られなかった。ましてや、新政権を支持する大人達には殆んど理解されなかった。街頭運動でも、ジーン達の訴えは空しく響き、人々の冷めた表情を見ると、まさに四面楚歌しめんそかだった。


 鋭い直観力を持つジーンは、見えざる大きな力によって人々は洗脳されているように思えた。国民はマインドコントロールされ独裁的な政治に誰も気づいていないのだ。


 更なる問題がある。先日、アーンの従妹いとこに『赤紙あかがみ』が届いたという。

 赤紙とは、PLCCへの招待状の通称なのだが、通常は十歳の誕生日を迎えた児童に届くものである。それは成人になった証しで、生命制御の始まりを意味する。


 しかし、アーンの従妹アンナは九歳になったばかりだ。そんな幼いアンナに何故届いたのか。アーンの話によると、次のような経緯いきさつが。


 アカデミー教養コース初等科に通うアンナは、天才的な直感力の持ち主で、人一倍おませなところが。アーンにも負けないお転婆てんばぶりに、アカデミーの指導者たちは手を焼いていた。

 更に、アンナのおませ振りは異性に対する興味へとエスカレートし、異性との肉体的交流に至る寸前のところで未遂に終わった。心配した両親がPLCCに相談したところ。特例として十歳を待たずに生命制御を始めることになった。


 この話は、肯定的に解釈すれば飛び級のようなものと考えられるが、アーンはもとよりジーンたちは疑問を感じた。生命制御とは表向きの大義明分たいぎみょうぶんで、性愛の問題を隠蔽いんぺいするためにPLCCがあるのではないか。

 これまでのバイオ・スーツの違和感に対する以上に、政府への疑惑は大きく大きく膨らんだ。


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