選ばれた男 5話「地獄」

牢から出ると、沢沿いに100名近い兵士が犇めいていた。


どれも我軍の軍服を着ているが、どの顔も見たことがない。


「ありゃま?こいつはなんで生きてるんですかい?」


やっと覚えのある顔があった。


セイゼン中尉といったか?何度か大陸人の商隊を共に襲ったことがある。彼の部下たちもいた。


「彼は歴史の証人、語り部となってもらうことにしたのだ」


北方は日差しを体全体で浴びるように腕を広げていた。


「いいんですかい?」


「革命が失敗するのは民草の意を忘れることだよ。若さや恐れから、革命家は初期の崇高な思想を忘れてしまう。権力を得れば尚更だ。革命とは破壊のエネルギーであり、上昇するだけの物理運動だ。だからこそ、止め時と方向性を冷静に判断しなくてはならない。成功するかしないかは別としてだがな。だからこそ、此奴が必要なのだ」


「はあ、そういうもんですかい。おい、お前、良かったな」


セイゼン中尉は俺の肩をたたいて笑った。




とんでもないところにいるようだ。


今から彼らは革命軍となる。


その日の夜が正式に革命軍の決起集会となった。


革命軍は、北方と大陸軍から奪った物資を運ぶ事を理由に、二手に分かれて軍本部まで移動する。


北方を連れて行くのはセイゼン中尉の部隊だ。彼はスパイだったようだ。セイゼン中尉は当初からこの任務のために配属されたようなので、他にもスパイが大勢いるようだ。それも上層部に。


大陸軍襲撃部隊は、あのリュウカ大佐の部隊であり、相当の物資を得たので本部まで直接送ると連絡しているようだ。リュウカ大佐は途中で合流するようだが、ゲリラ戦では我軍きっての名将であり、大陸軍からも名を知られている大佐までがスパイだったとは。


大陸軍から奪ったとされる物資は火器と弾薬だった。まさかそれが自分たちに向けられるための物だとは、上層部の人間たちは思いもしないだろう。


これほどの物資と兵を用意できるとは、後方にどんな組織があるのだろうか?


周りの兵士は殆どが日本人かどうかもわからない。だが、屈強な体躯や集会での直立して聞き入る様子などを見れば、かなり訓練された兵士であろう。




明くる日の早朝、隊は二手に分かれて動き出した。


一睡もできなかった。俺はセイゼン中尉の偽装部隊と共に、山道を歩み始めた。


手枷すら付けられていなかったが、常に後ろの兵に銃を向けられていた。


歩きながら、なぜ北方がここまで重要視されているかが謎であった。


奴は本当に正常かどうかも怪しいところだが、革命軍の指導者の一人のようだ。


どのように連絡を取ったのか?あのカガミとかいうおっかない奴らをどう手引きしたのか?反逆してそのあと軍をどうするのか?そして、俺のことをどうするつもりなのだろう?




一日半歩き続け、ついに本部へたどり着いた。


その間の関所は全く問題なく通ることができた。関所の人間もスパイなのかどうかもわからない。


本部は蓮華城とも呼ばれていた。この巨大な山脈の最深部にあり、四方を峻険な山と谷で覆われていた。汚染されていない水は豊富にあり、槍ヶ岳にあるレーダー基地や双六岳にあるソーラー施設など、大戦末期の要塞化計画の残骸に囲まれている。


さすがにここまで飛んでくる飛行機や兵器はもう一方も残っておらず、またわざわざこんな山奥まで逃げている我々を攻撃しようなんていう暇な者もいなかった。


上層部曰く、我軍は大戦末期まで天皇の近衛師団であったという。大戦末期の最終兵器が飛び交う最中、近衛師団は凄惨な地上戦から生き残り、大日本帝国再興のためこの山で勢力を築いた・・・らしい。


巷の説では近衛兵なんてものは嘘で、大戦前からさっさと逃げ出した逃亡兵か、要塞建設に当たった工兵かなにかではないかというのが有力ではあったが。


上層部はその自称近衛師団の幹部たちの末裔であった。この山から、大陸人やアメリカ軍により占拠された神州を奪い返すことが我々の使命らしい。




蓮華城には黒い旗が靡いていた。


あれは上層部の人間が死んだ時に掲げられる旗だ。


「うまくやったようだ」


北方が珍しく小さい声で囁いた。


「そのようで」


セイゼン中尉が言った。


守衛に聞くと、どうやらタンネン元帥が亡くなったようだ。


あの名誉職である元帥のたぬきじいさんが死んだのか。ただ長生きをしたというだけで、彼は出生も軍歴も芳しくない中で元帥まで上り詰めた。いや、まずあの年まであの上層部の熾烈な権力闘争を生き抜いただけでも、天才であったと言えるだろう。




蓮華城からサガグチ中将が派手なマントを振りながら歩いてきた。


「来たか、キチガイ野郎。まだ生きておれること、すべて世の計らいぞ?」


北方は地面に唾を吐いた。普通ならこの瞬間、撃ち殺されているだろう。


「相変わらず狂っておるのう?いや、狂ったふりをしているのか?まあよい、やっと我らに協力する気になったということだろう。せいぜい陛下と帝国のため働くのだ」


サガグチ中将はセイゼン中尉に、水晶基地に北方を連れて行くよう指示した。


あのマムシのサガグチが、殺さずに置く北方は何を握っているのだろうか?


サガグチ中将は、血統の良さと残忍な性格、そして異常な権力欲で我軍の実権を握っている。この男は大陸兵よりも、同胞を多く殺しているのだ。




水晶基地の方から、リュウカ大佐の部隊が到着した。


大量の物資を抱えた兵がゾロゾロと蓮華岳に集まる。


考えたものだ。程度の良い火器は上層部の直属の兵たちで分けられるため、本部まで持ってこられることが多い。欲に取り憑かれたバカにはちょうどよい目くらましになる。


「七十名ほどは、双六基地で待機しております。あちらも準備はできた模様ですね」


セイゼン中尉が北方に言った。


「よし、皆殺しだ」




しかし、ここからどうするのだろうか?


本部は百名の直属兵たちで守られている。城は大戦末期の技術で作られており、外部から破壊することは不可能だ。城の二階部分には機関銃やレーザー兵器など、今いる三十名程など近づくだけで瞬時に皆殺しできる。


外で騒ぎを起こせば、例え地上の兵を全て倒そうとも、二階からの攻撃で近付けず、城の扉を閉められてしまえば手が出せなくなる。




「中尉殿!只今より将葬の儀が始まりますゆえ、双六基地の方でお待ち願いませぬか」


守衛の一人が言った。


「おう、それはそうだ。誠にすまぬ。たった今、元帥閣下のことを聞いたのでな」


「突然であったもので。決まりですので、正午には槍ヶ岳の方へ棺を運び出します」


「サガグチ中将に水晶基地に向かうよう言われたのだが」


「あちらはリュウカ大佐の部隊が式を見送りたいとの申し出で、鷲羽岳に陣取られてしまいましたので、今は通ることができないと思います」


「さすがリュウカ大佐、忠義に厚い方だ。我が隊は双六基地から元帥閣下を見送らせていただこう」


セイゼン中尉はそういうと、双六基地まで歩き出した。


が、少し上がった所でその場で伏せた。蓮華城が見下ろせる場所だった。双六基地から三十名ほどが火器を担いでやってきた。


「制圧できたか?」


「はい、抵抗はほぼなかったです」


「けが人は?」


「ありません。電話はすぐ抑えました。将官は手はず通り裏切り、手の回っていないものは真っ先に殺しました」


「よくやった」


セイゼン中尉はそういうと、銃を手に取った。




なるほど、元帥の出棺を狙うのか。


考えたものだ。将官が死ぬと、上層部全員の参列のもと、槍ヶ岳へ棺を運び火葬することになっている。この瞬間こそ、上層部が全員無防備に近い状態になる。


奴らは上役が死のうものなら、その後釜を狙うため、絶対に集まってくる。葬儀に遅れたからといってスパイの疑いを受け、粛清された将官もいた。今は派閥争いが苛烈だ。少数だった元帥派が失脚した後、その空いた穴をどう埋めるかによって、権力の均衡がが大きく崩れるはずだ。


武器の運び方といい、上層部の誘い出し方といい、奴らの欲望をすべて逆手に取っている。


よもや騙されているとは思っていまい。欲に目がくらみ、行動が筒抜けにならざるを得ないことすら気づいていないだろう。


まさか、計画のために元帥まで殺したのだろうか?




正午になった。


城の扉が開き、棺を持った兵士が出てきた。


その後ろでゾロゾロと上層部の連中が表れた。華奢な軍服、派手な勲章を無数に付けた超えた豚たちだ。先頭はサガグチ中将とサキマ大将が争うように棺の後ろを歩いている。二大派閥の雄だ。


棺は槍ヶ岳の方へ向けられ、その周りを上層部と彼らの直属の部下たちが囲んでいた。ざっと百名以上はいる。ただでさえ狭い蓮華城の周辺は大変な混雑であった。


サガグチ中将が歩み出て、台に上り弔辞を読み始めた。


「よし、行くぞ」


セイゼン中尉が銃を構えた。


「俺が手を挙げるまで、決して撃つな!」




サガグチ中将が甲高い声が谷に響いている。


ガガガガガガガガガガ!!!


鷲羽岳から一斉射撃が始まった。リュウカ大佐の部隊だ。


セイゼン中尉が手を上げた。


「撃ちまくれ!」


ものすごい音が鳴り響き、俺は思わず耳を塞ぎ、地面に突っ伏した。


轟音とかすかに聞こえる悲鳴の中、耳が麻痺してきた俺は、目を開け、地獄を覗いた。


ちょうど谷あいにある蓮華城を覗き込むと、火と煙で覆われていた。


鷲羽岳からの猛射は凄まじく、煙で山腹が見えなくなっている。


こちらからも猛射を浴びせているのに、双六基地へ逃げ出そうと大勢が押し寄せてくる。


「押し返されるぞ!ひるむな!うちまくれ!!」


手榴弾が一斉に投げられた。黒い波は引き返し、蓮華城の後ろにある雲ノ平方面への道に殺到した。


歓声とともに、リュウカ大佐の部隊が鷲羽岳から追撃を開始した。


「我々も広場の残党を狩るぞ!一人も残すな!」


セイゼン中尉の部隊も躍り出た。


俺は震えていた。横を見ると北方がいた。北方は肩をガタガタと震わせながらも、笑っていた。


「コシザル、これが戦争なのか」


蓮華城の周辺は、おびただしい死体で埋め尽くされていた。リュウカ大佐の部隊が降りてくると、残党は押し合いながら右往左往し、崖から束になって落ちていく者もいた。


セイゼン中尉の部隊は、城の後ろを降りていく者を撃っていた。ひどい傾斜の谷底へと向かう道は、打たれるものや転げ落ちるもので埋まっていく。




銃声が止むまでどのくらい時間が経っただろうか?


俺はトボトボと死体の山の中に降りていった。


革命軍の兵士たちは、上級将官たちの死体を念入りにナイフで刺していた。


セイゼン中尉とリュウカ大佐は、上層部の連中の首実検をしていた。


「だいたい全てやったかな」


「そうですね~トラツジ少将がいないかな」


「その辺探してみようか」


伝令がやってきた。


「雲ノ平方面は元帥閣下の兵が掃討戦開始しました。ほぼ終息かと。降参者の撫で斬りも無事終わりました」


「ご苦労」


リュウカ大佐は死体の顔を覗き込みながら言った。






城の扉がゆっくりと空いた。死体が邪魔で完全には開ききらない。扉の隙間から身を捩るように男が這い出てきた。


「あ~苦しかった。それで、掃除は終わったのかい?」


リュウカ大佐が歩み出て敬礼した。


「は、ほぼ完了しました。元帥閣下!」

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