選ばれた男 4話「歴史」
「あんたは・・あんたはなぜこんな目にあっているんだ?」
俺は恐る恐る聞いた。大佐の命令はとっくの昔に忘れていた。単純に欲によって動かされていた。
知識欲だろうか?もっと知りたい。この男の話を聞きたい。
この狂人の話を?
「私ほどの知識を野に放つとどうなると思う?それは即ち、体制の死だ。我軍の権力構造はもろくも崩れ去り、彼らが作り出した神話は戯言として石を投げつけられ、彼らは磔にされる。権力欲が止められないのは何故か分かるか?恐怖だよ。彼らは大衆を恐れている。まあ大衆なんて概念はもはや死んだがね。彼らは自らが良い暮らしができるほどの人間だなんてこれっぽっちも思っていない。彼らこそ、真の平等主義者さ。我々と何一つ変わりない人間だ。ただ一つ、彼らは自らや先人が作った作り話に乗っかっているだけだ。全ては幻想だと身に沁みてわかっている。だから彼らは怖いのさ。人間なんてそんなものだよ」
「ではなぜあんたは殺されないんだ?」
「それもまた権力を守るためさ。権力の源泉はなにかわかるかね?それは情報だよ。かつて国家は国民のありとあらゆる情報を握っていた。名前や居住地はもちろん、税や財産、歯の治療の内容までありとあらゆる情報だ。それを官僚を使って管理し、国を経営していたんだ。経営というのはわかるか?商売だよ。要するに騙し合いさ。国民を生かさず殺さず、税を搾り取り、権力基盤を盤石にする、それが国家というものだよ。そのために一番厄介なのが情報なんだ。情報は広がれば広がるほど手に負えなくなるが、かといって抑え込めば抑え込むほど国民の不満が溜まっていく。ある国家は情報を広げすぎて滅びた。ある国家は情報を統制しすぎて滅びた。だから私は生かされている。私は情報の貯蔵庫であり、情報の火薬庫でもあるのだよ」
北方はそう言うと、ゆっくり歩み寄り、俺の肩を強い力で掴んだ。
「何だ!撃つぞ!」
そうは言ったものの、身体に力が入らない。この狂人の妙な説得力のために、俺は完全に蛇に飲み込まれた蛙だった。
「コシザルといったな。私に質問してきたのはお前が初めてだ。では私からも質問がある。先程の古老の話を覚えているな?日本はひとりの男により破壊しつくされたと。そしてその破壊は世界に広がったと。では、お前はその破壊はもう終わったと見るか?それともまだ破壊は進んでいると見るか?」
俺は息が詰まった。そして頭の中を掻き分けて、無数の記憶のクズをひっくり返した。
「・・・そんなのわからねえよ。だけど、俺はあんたがいう破壊しか見ていない。破壊しか知らないんだ。昔、日本は豊かだったと聞いた。飯は毎日たらふく食えて、病で子供は死なないし、科学のおかげで夏も冬もない生活を送れていたと聞いた。
だが、今の生活は破壊だけだ。任務で大陸軍の輸送隊を襲った時、日本人の奴隷たちを助けたんだ。大陸兵は皆殺し、物資は全て奪い尽くした。日本人の奴隷はどうしたと思う?また奴隷として日本人に売ったんだ。上の奴らはその金で武器や贅沢品を買った。俺たちはただ血を流し、そして同胞を同胞に売ったんだ。これが破壊じゃなきゃ何になるんだ?これが破壊じゃないのなら、破壊が無い世界は一体どうなっているんだ?」
北方はうんうんと頷き、部屋をぐるぐると歩き出した。
「そうだな。やはり破壊は終わっていない。まだまだ我々は苦しまなければならないのか。日本という国はな、破壊しつくされたあと、廃墟の中からでも見事に復活し、そしてそれまで以上に強くなってきた。そんな歴史を辿ってきたのだ。それを我々の民族は誇りにしてきた。
だがな、私はそれは違うと思っているのだ。
日本という国はな、止まれないのだ。自らの意思で止まることが出来ない。破壊の前には必ず暴走がある。私は一度、下流の大陸人の町が大雨で流されるのを見たことがある。彼らは汚染の少ない雪解け水を使って、麦を作っていた。だが、大雨により堰が砕かれ、町は飲み込まれた。あの地獄のような画が、まさに日本の歴史なのだ。私はそう直感した。堰がはち切れんばかりになっても、我々は止まれない。そして破壊が訪れる。いや、破壊を待っているのだ。時を使って自らで手を下す。まさに切腹だよ。侍の野蛮な風習だ。自殺さ。だが死した後、大地が肥沃になり生命が溢れるように蘇るのだ。何もかも忘れて。これは人間の業というものだよ。西洋では罪ともいう。
だから私は破壊を歴史の肯定と見て、これを実施するのだ。
我が民族は死して人の業を昇華し、真の王道楽土を建設する。
そのための自殺用の刀になるのだ。
これは人類のためでもあるのだ。それが我が民族に刻まれた宿命なのだよ。
コシザル、お前はわかるようだな。知識など要らぬ。感じることができただけで、お前は理解しているのだ」
地面が揺れた。
外が騒がしくなった。
「慌てるな。時間通りだな。さすがアメリカ人の時計は正確だ」
北方は腕時計を見ている。
「何が起こったんだ!」
俺は銃を構えた。
北方は銃を払い除け、俺の胸ぐらをつかんだ。
「コシザル、お前は見込みがある。良かったな。殺さないで済んだ」
扉の鍵が開けられる音がした。重い扉がゆっくりと開く。
すっと人間の頭が出てきた。大佐だ。大佐の首だった。血が滴っている。
「お迎えに上がりました」
大佐の首がカタカタと揺れた。何者かが髪の毛を掴んでいる。
「相変わらず趣味が悪いな」
北方がそう言うと、大佐の首はぽんと放られた。
「せっかく助けに来たのに、そりゃ酷いじゃないですか?あれ?何だこいつ?」
熊のような大男が現れた。気付かない内に首元にナイフが当てられている。
「殺しましょうか?」
大男が言う。
「コシザル、驚いているだろうがこれはクーデターだ。いや、しょうもない権力闘争ではない。革命だ。ついて来るかい?」
俺は黙って頷いた。頷くしかないだろう。
「ということだ。すまないね、こいつは殺さないでもらいたい。カガミ大佐」
大男はナイフを下ろした。
「命拾いしたな。小僧」
「カガミ大佐、予定通り事は進んでいるのかい?」
「ええ、順調ですよ。そりゃ何年もかけて準備してたんですからね」
「しかし君、大佐ともあろう者がナイフだけでドシドシ歩いてくるのは蛮勇だよ」
「いやあ、ちょっと昔を思い出しましてね」
カガミ大佐はナイフをクルクルと回し、鞘に収めた。
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