売られた男 2話「拷問」

心地よい夢は、冷たい水でかき消された。


夢から醒めると、身体中から痛みが少しずつ滲んでくる。


爪を剥がされようが、木刀で脛を殴られようが、今一番苦痛なのはこの粗末な硬い椅子にずっと座らされていることだ。




「イシハラの仲間だろう。いい加減認めろ!」


大陸語で話しかけてくるのは、三交代目の兵士だ。


「知らない。あんな男知らない。倭軍なんて会ったこともない」


僕は尻の痛みに耐えかねて、叫ぶように言った。


「では、なぜあの場所にいた?」


「裏切られたんだ」


「誰に?」


「だから何度も言っている。あんたらの仲間の大陸人の詐欺師だよ」


兵士はふーっとため息を付き、ランプの下の椅子に腰掛けた。


「もう上官も帰っちまったよ。爺が死んじまって、奴隷商のクズ共にドヤされるし、今日はたまったもんじゃねえ」


そう言って兵士はタバコを吹かし始めた。


「てめえ、倭人のくせにえらいまともな大陸語じゃねえか。俺は南の生まれだが、あんたのは生粋の北の方言だ。誰に習った」


「俺は大陸人に拾われた」


「見たところ若いし、戦争孤児じゃねえな。あれか?商売女の鬼っ子か?」


「知らねえ。大陸兵のおっさんに拾われたんだ」


「どこの大陸兵だ?」


「マオイストだよ」


兵士の顔が固まった。タバコの灰がポロリと落ちた。




「そりゃお前、倭寇のことかい?」


「あんたらはそう呼んでるみたいだな」


「こりゃたまげたよ」


兵士はもう一本タバコに火をつけた。


「あいつらは本土で政争に負けたあと、軍艦分捕って海に逃げた奴らだぞ。それもとびっきり残忍だ。大陸人も倭人も区別なく売り飛ばしてたな。


 俺は一度、あいつらに掃除された町の前を通ったことがあるんだ。あれは大満の奴らに酷い目に遭わされて、いよいよ倭州にトンヅラしようって時だ。


 町といっても、大陸の資本家が旧赤軍の地方軍を取り込んで作った城塞都市よ。それがまあ皆殺しだ。特に兵隊と資本家には容赦無くてよ。腸を引き釣り出されて、隣のやつと結ばれてる死体なんて悪趣味なもんがゴロゴロあった。女子供の死体は一つもない。みんな売り飛ばしやがったのさ」


兵士は深い溜め息をついた。タバコを大事そうに吸い終えると、僕にまた質問をした。




「でよ、そんなヤバイ奴らに拾われてお前何してたんだ?」


「俺が拾われた頃は、もう軍艦なんて切り出されて屑鉄として売られていたよ。第一、あんなデカイもの、油がないのにどうしようっていうのさ。上層部は勇ましく色々言っていたが、あんたらと同じで戦に負けて逃げ出したのさ。そりゃ海軍出が多かったから、油がまだある頃には小型船で大陸と倭を行き来して奴隷狩りや商売してたみたいだがな。


 俺が物心ついた頃には、真面目なやつは漁師、そうじゃない奴は海賊しているか、あんたらのように奴隷狩りしていたよ。大陸人ってのは、みんな考えることは同じなのかね」


僕はもうヤケクソだった。どうせ殺されるなら、この人の良さそうな兵士にひと思いに殺ってもらいたかった。


「そりゃそうだ。こんなご時世、強いやつってのは弱いやつをこき使って糊口をしのぐことが一番理にかなっている。古来からそう決まってるだろう?マオイストさんよ」


「俺はマオイストじゃないよ」


「そりゃ悪かった。で、何してたんだ?お前は?」


「別に、商売の手伝いさ。俺を拾った大陸兵は、魚の燻製なんかを売ってた。それの手伝いさ」


「何だい。つまんねえな」


兵士は足を伸ばし、大きく欠伸をした。


「今晩は出入りがあってよ、人が少ねえんだわ。俺みたいな老兵によ、こんな見張り役みたいな面倒くさい仕事押し付けやがって。どうせお前ら倭人は嘘ばっか付いて何も言いやしない。そもそも今の倭人に本当のことなんてないさ。俺は朝までお前を殴り続けて吐かせる役目らしいんだが、お前倭人にしちゃあ面白い奴だしよ、適当に殴ってたことにしてやるから、誰か来たら俺を起こしてくれよ。そしたら殴らねえよ。どうせ上の奴らだって、お前が何も知らねえことわかってやがるんだよ。兵隊家業ってのは辛いねえ」


そう言って兵士は奥から毛布を持ち出し、寝床作りを始めた。




「おい、交代だ」


外から声がした。


「何だって?交代なんていたのかよ。聞いてないぞ!」


兵士は入り口に行き、覗き穴を開けた。


「そうかい、じゃあ良いんだぜ。俺は遊びに行ってくるよ。俺だって今日の夕方に山から降りてきたんだ。じゃあな」


「ちょっと、待ってくれ!悪かったよ」


兵士はいそいそと南京錠を外し、ドアを開けた。


「いやあ、悪いな」


「ああこっちこそ」


背の高い大陸兵が、ドアを潜って入ってきた。


「お待たせしました」


「ああ、良いってことよ」


「お前じゃねえよ」


見張り役の老兵は、一瞬時間が止まったかのように動かなかった。


そして二歩、後ずさりしたところで喉に肘を突き立てられた。


「おい、遅すぎるぞ。カガミ中尉」


僕は折れた前歯を見せつけるように言った。


「すいませんね、大佐。お姉ちゃんたちに目移りしちゃって」


「お前まさか・・・」


「いやいや、まさか遊んでたわけじゃないですよ」


「軍法会議モノだ」


「そんな四人も殺してきたんですから、勲章モノでしょう」


カガミ中尉は僕の縄を解いた。暫くの間、尻が硬い椅子の面に合わせたように潰れたままだった。


「さあ、行きますかね」


カガミ中尉は見張り役の老兵の軍服を脱がした。


「良いおっさんだったのに。やるなら最初の拷問した野郎にしてほしかったよ」


僕がそう言ってもカガミ中尉は聞こうともせず、せっせと準備を行っている。


「よし、これで五人目だ。まさしく勲章モノ」


カガミ中尉は、ニコニコしながら敬礼した。

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