売られた男 3話「見物」
拷問部屋を出ると、入り口に一人、そして横のテントの入り口にもう一人、死体が転がっていた。
「不用意じゃないか。これではバレてしまう」
僕がそう問うと、カガミ中尉は笑いながら言った。
「こんな時間に誰も通りやしませんよ。一刻も早く助けようとしたんじゃないですか。まあそう思ってくださいよ」
カガミ中尉は入り口の死体を拷問部屋に押し込め、横のテントに入っていった。
「ここ、糧秣庫みたいですよ」
中に入ると、軍用の携帯食や合成ミンチの缶がランプの光に照らされていた。
僕は死体から軍服を剥ぎ取り、血と泥で汚れた服から着替えた。
「さすが本隊だな。こんな下っ端でも、良い生地の服着てやがる」
「俺達のなんか、こいつらから盗んだテントやトラックの幌ですもんね」
二人で適当に腹ごしらえをした。
合成ミンチはぜひ食べたかったが、さすがに敵のド真ん中で火を使うわけにはいかず、人工デンプンを舐めた。
「イシハラさん、もう死んでますかね」
「さあな」
「あー、合成ミンチ食いたいなあ」
「この糞糊(人工デンプンのこと)は、臭くないな。新しい機種のものだろう」
「こんなもんね、味もクソもないですよ」
「しかし、まあここまで来るのも大変でしたね」
ポケットに合成ミンチ缶をねじ込むのを諦めたカガミ中尉が言った。
この基地はまさに要塞であった。
周辺15kmに渡って陣地がこれでもかと張られている。その数、34。
東西を貫く軍用道路はもちろん、山の獣道ですら徹底的に封鎖されていた。北は地雷原の山、南は汚染された海。この本陣に近づけるものは、大陸兵と奴隷商人、そして売春婦だけである。
今の日本で、これほどの軍事拠点はそうあるまい。北海道のシベリア共栄圏か、九州の米軍東洋旅団くらいだろうか?
ここは大陸軍の倭州駐留団の拠点の一つである。大陸の群雄割拠ぶりは熾烈を極めているので、この駐留団がどの「国家」や「アカ」の所属であるかは結局わからなかった。もしわかったとしても、それはすぐ誤報になるだろう。それが大陸の混迷であった。
我々は大陸兵の装束に着替え、幕営内を歩き出した。
夜中にも関わらず、昼のような明るさだ。
ここは大陸の富と力のプロパガンダ塔である。
大陸と倭州の交易拠点であり、強大な軍事力と資源力を誇示する見える暴力でもあった。
たくさんのテント、それに軍用トラック、電気式まである。火砲はもちろん、高射機関砲までが高台にそびえ立っていた。
中央にあるコンクリート作りの要塞ビルが本陣のようだった。昔は駅舎か病院だろうか?所々に穴が開いているが、周辺を焦土化しているおかげで、たいそう立派に見えた。
要塞ビルを囲むように、東西南北へテントやレンガ作りの兵舎があり、その兵舎と兵舎の間をネオン街が繋いでいた。
深夜だが、ネオン街は賑わっている。これほどの電力は、情報では地下原子炉があるのではないか、原子力潜水艦があるのではないか、地熱を利用している、など様々な憶測が飛んでいる。
数十人の大陸兵を拷問にかけたが、将官クラスでさえ、噂レベルの情報しか知らなかった。
が、我々の真の狙いはそこではない。
「こりゃすげえや。女が湧いてやがる」
カガミ中尉は目を爛々とさせてネオン街を覗き見た。
赤い生地のテントがずらっと並び、酔っ払った大陸兵を呼子の老婆がテントの窓から顔を覗かせる女たちまで引っ張っていく。
「日本女だけじゃないな。南国系もいらぁ。白もいるな。こりゃ東洋一だ」
カガミ中尉は堂々とネオン街を歩き始めた。
「おい、イシハラさんはどこにいるのか早く探さなくては」
「あそこですよ、絶対にね。本陣の中でしょう。そこにやつもいるわけですよ。正面突破しか無いでしょう。そのためにあなたが選ばれたんだから」
カガミ中尉は窓の女たちに手を振りながら言う。
「お前には負けたよ。イシハラさんに恨まれろ」
「ちょっと遊んでいかないと、怪しまれませんかね?」
「バカヤロー。軍法会議にかけるぞ」
「そりゃ怖いね。ますますここが気に入りそうだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます