すばらしきにっぽん

ベンジャミン・カーツ

売られた男 1話「トラックの荷台」

外は夜だろうか。


今日はドンパチの音も聞こえない。静かな夜だ。


トラックの中はひどい揺れと音だが。


「おい、マスクを外せ」


兵士が言った。


「酸素がもったいないだろう。倭人共」


そういって、寝ている倭人のひとりを踏みつけた。


僕はゆっくりマスクを外した。




「臭いし暑くてかなわねえ」


兵士は荷台の窓を開けた。涼しい風が吹き込む。


もうこの辺は汚染地域ではないらしい。


瀬戸内海沿いを走っているはずだが、汚染地域を脱したということは、そろそろどこかの町にでも到着するはずだ。


「こんな汚え倭人共ともおさらばだな」


「早く遊びに行きてえよ」


「ああ、町に着けばすぐ飛んでいこうぜ」


兵士たちは大陸語で話している。


「いいかげん起きやがれ!豚野郎!」


そう言ってさっきの兵士が寝ている倭人を蹴ったが、ピクリとも動かない。


「おい、こいつのマスク、酸素ボンベに繋がってないぞ」


「あ、やっちまった」


「どうすんだよ。上官にどやされるぞ」


「糞!」


そう言って兵士はおそらく死んでいる倭人を何度も踏みつけた。


「倭人は女以外はみな殺しちまえば良いんだ」






町についたようだ。


トラックが止まり、大陸兵が乱暴に荷台へ乗りこんできた。


僕たちは中の兵士に蹴落とされ、荷台から転がり落ちた。


「こいつは?」


検査役の兵士が聞いた。


「いやあ、暴れましてね。それで・・・」


荷台の兵士が申し訳なさそうに言った。


「まさか、例の男じゃないだろうな?」


「いえいえ、そんなことはないですよ。やつは俺たちより良い席に座らせてたんですから」


そう聞くと、検査役の兵士が後部席で厳重に鎖で繋がれている男を見た。


「この死体は、まさか感染症じゃないだろうな?」


「いえいえ、ピンピンしてたんですよ。もう手に負えないくらい」


「処分しておけ、こいつの代金はお前らの俸給から引いておく」


「そんな!あんまりだ!俺たちゃ汚染地域を・・・」


検査役の兵士の拳が飛んだ。


「死体はゲート外に埋めておけ。犬に食わせるな」


荷台の兵士たちはトボトボと歩いていった。死体はズタ袋のように引きずられていく。


あの死体の男は、たしか東北から来たと言った。どうやって汚染地域や赤軍派や関東軍から逃れたのか知らないが、よくこの辺りまでたどり着いたものだ。




検査役の兵士たちに僕は腰ベルトに鎖でつながれ、あの男を先頭に4人の倭人と共に連れて行かれた。


随分活気のある町だ。どの辺りだろう?夜なのにとても明るい。電気が通っているようだ。それにしても眩い。


赤や青の光、そして軒先に大陸の軍旗がはためく通りが見えた。


真紅に5つの星と黄色い2本線に虎の絵、予想通りまずい奴らに捕まったようだ。


半裸の女性、おそらく倭人の女たちが大陸兵を呼び込んでいる。どれもひどい格好だが、ゾロゾロと大陸兵たちが群がっている。


これは先程の兵士が言ったことも、あながち起こりうるかもしれない。




僕は倭人だ。


つい最近までは、大陸人で通していた。


馬鹿な失敗のせいで、バレてしまった。この地域を統治している大陸の軍では、倭人は奴隷でしかない。男は労働力、馬以下の存在。女は売春の商品として、大陸本土に輸出されている。だからこの町にいる倭人の売春女は売り物にならないものたちなのだ。




大きなテントの中に入れられた。


さっと見渡したところ、上級将官と軍属の商人、奴隷商、あとは警護役の兵士が数名。


一人見慣れない制服を着た男がいる。


「5人と聴いたが?」


上級将官が言った。


「一人、移送中に死んだと聴いております。汚染地域を通ってまいりましたので」


「何?こいつらを洗浄したんだろうな!」


「そこは抜かりなく」


この検査役の兵士、食わせ物だ。




「まあ良い、裸にさせろ」


僕たちは兵士たちにマントを剥ぎ取られ、素っ裸になった。


男が4人、屈強な髭面の老人、痩せた爺、子供。先程の「あの男」と呼ばれていた髭面の男は、後ろ手にされ頑丈に手錠で拘束されていた。


「おう!お前は、イシハラ!」


「これがあのテロ集団の首魁ですか」


「生きていたのか」


大陸人たちは驚きの声を上げた。


将官はイシハラと呼ばれる髭面の男を殴った。男は微動だにしない。


「このクソ野郎!拷問にかけて全て吐かしてやる」


「あとの者も奴らの仲間かもしれん。拷問にかけろ、持っている情報は全て吐かせるんだ」


将官はもう一度イシハラを殴った。


「赤豚め!殺してやる!」


イシハラは倭語で言った。


「何と言った!この野郎!」


将官は怒鳴った。


「殺してやると言いました」


奴隷商が言った。


逆上した将官がまたイシハラを殴ろうとすると、例の制服の男が止めた。


「大佐、イシハラの処遇は我々の管理下に置かせてもらう約束ですよ」


「それはわかっておる、だが拷問役は私にやらせろ!こいつのためにどれほどの・・・」


「本土からの厳命です」


征服の男がそう言うと、幕内はしんと静まり返った。




イシハラが連れて行かれると、将官たちも出ていった。


「大佐の命令ですので、この倭人たちは情報収集後にお渡しするということで」


検査役の兵士が言った。


「まあ、仕方がないですな。だが、あまり目立った傷をつけないでいただきたいのですが。最近、倭人も貴重になってまいりましたので・・・」


奴隷商の男が言った。


「それはもちろんです。我々はファシストやロシア人ではない」


検査役の兵士が言った。




「それでは、あなた達は何者です?」


僕が言った。なぜか声に出てしまった。


「ほう!大陸語がわかるか。しかも南の訛りではないな。こりゃ良いものを見つけ・・・」


嬉々とした奴隷商が詰め寄ろうとしたところを、検査役の兵士が押しのけた。


「質問に答えよう、倭人め。我々は、人類の破滅を憂う正義である」


そう言って、僕を殴りつけた。


「・・・正義だって?はははは!」


血の味を感じながら、僕は笑った。

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