六文銭の十本刀/13

 寄生心霊と相対している幸村は、一方的な攻撃を受け止めているだけであった。

「こんなことをしても、無駄だ!」

 小苦無しょうくないを握りながら、懐に飛び込む隙を寄生心霊はうかがっていた。


才蔵あいつですらどうにもできなかったのに」


 足をに距離を縮める。小苦無を思いっきり振りかぶる。槍で受け止めるだけが続き、金属音が激しさを増す。

「お前になにができる!」

 凄まじい金属音が鳴り響き、二人の力比べ状態となっていた。

 力を込め、槍をなぎ払い幸村の頭上を越える。


「救うどころか、殺すこともできない!」


 柔軟性を生かし、体勢を変え、今度は飛苦無とびくないを何本か打つ。幸村はそれを避けようと体を反転させた。しかし避けきれず、打たれた飛苦無の一本が顔を掠め、もう一本は腕を掠め、切り傷を作った。残りは外れ、地面に突き刺さる。


「口先だけのお坊ちゃんは仲間の屍を見て悲しみな!」


 とどめの一撃が放たれた。それを幸村は受け止めた。

「なにっ!」

「……悲しいな、寄生心霊」

 手に持っている焔雀を放り投げた。槍は音もなく炎を散らして消える。

「お前は恐れているんだ」

 寄生心霊に近づいていく。彼は怯み、後ろへ一歩下がる。

 だが、幸村が歩みを止めることはない。

「自分が傷つくことを」

「く、くるな!」

 飛苦無、手裏剣が打たれる。だが狙いが定まらず、外れた。

「お前は一人ぼっちで、優しさもなにも知らなくて……」

「くるなぁ!」

 彼が上げた右腕を掴む。

「だから、一人でもがくんだ」

「離せ、離せぇ!」

 逃げようと暴れるが力強く握られているので離れることができない。

 幸村が寄生心霊を抱きしめる。彼の体が強張った。

「お前は俺がなにもできないと言ったな」

「離せぇ!」

 ひたすら叫ぶ。

「それはお前のほうじゃないのか?」

 抵抗が一瞬止む。

 優しく寄生心霊に――佐助に語りかける。


「俺は一人でなんでもできなければならないと思っていた。それが立派な領主だと」


 だが、それは違う。


「一人でできることなんて限られている。だけど……」


 腕に込める力が強くなる。

「俺には仲間がいる」

 自分を助けてくれる仲間が。

「感謝するぞ、寄生心霊」

 わかったのだ。


「お前のおかげで、俺はそれを思い出すことができたのだから」


「だまれぇぇっ!」


 寄生心霊が叫ぶと、動かせる左手を振りかざした。その手に握られているのは、六寸(約十八センチ)の小苦無。それを幸村の背に突き刺した。


「――っ!」


 声を上げることもなく、眉をしかめる。袖無しの白い衣が赤く染まった。それでも、幸村は腕の力を緩めない。それどころか「離してなるものか!」とますます強めた。

「それがなんだって言うんだ! もう遅いんだよ!」

 小苦無がさらに深く背を抉る。

 幸村は激痛に眉をひそめ、脂汗を滲ませながらも必死に耐えていた。

「――まるか」

「ああ?」


「あきらめてたまるか!」


「その口を閉じろ!」

 背に刺さる小苦無をぐりぐりと動かす。

「ぐうっ」

 さすがに短い悲鳴が上がる。

(いかん! このままでは!)

 見守っていた霧玄むくろが一歩を踏み出すが、鳳凰が現れ、阻まれる。

 甲高い声を上げ、寄生心霊と幸村を炎で包んだ。

 呆気にとられたように、霧玄は呟いた。


「暁……なのか……?」


 炎に包まれた二人は目を見開く。寄生心霊は小苦無から手を離す。背中に突き刺された小苦無が勝手に抜けた。その一瞬、顔をしかめたが――、

(痛くない……?)

 背中の激痛はなくなっていた。

 今度は寄生心霊が目を見開いたまま、体を激しく痙攣させる。震えが伝わってくる。顔がだんだん青ざめていく。やがて――、


「うわああああっ!」


 絶叫を上げ、腕の中で体をぐったりとさせた。

「佐助!」

 呼びかけるが返事はない。

 腕に力がなく、だらんとしていた。顔は青白く、体はひんやりと冷たい。


(死んだのか……!?)


 と血の気が引いた。息を確かめる。かすかに息はあった。安堵する。

 ふいに不気味な声と、どくん、どくんと鼓動を打つ音が耳に入ってきた。


 オ、オ、オオォォ……ッ!


 幸村は佐助から視線を外し、目の前を見た。

 目を見張った。あるのは透明な液体。それが人の顔を模し、鼓動を打っている。あれが佐助の体を操っていたのか! とてもそうは思えない。幸村は言葉に困った。液体は不気味な呻き声を上げ続けている。


『あれが寄生心霊さ』


 甲高い鳥の鳴き声の後、姿を現したのは人の姿となった暁だ。

「暁どの……?」

 幸村は困惑した。

 目の前にいる人は、赤みがかった橙色の長髪に橙色の瞳。両肩には孔雀の羽を模した肩当と橙色の鎧をまとっている。馴染みある姿をした暁ではなかった。

「驚かせてすまないね。召喚されたおかげで姿が変わってしまっているんだ」

 声は暁だ。幸村はほっとした。

 寄生心霊を見据える暁。

『キ.キ、キサ、マ……』

「なんだい? 哀れなアヤカシさん」

 そう言いつつも、暁は相手を哀れとは思っていない。

『ヨ、ヨ、ヨク、モォォ』

「私は大事なものを取り返しただけ。恨まれる覚えはないよ」

『カ、カエ、セェェ』

「きみに返す道理はない」

 暁の口調と瞳が鋭くなった。


人工種じんこうしゅ風情ふぜいが図に乗るなよ」


 暁に侮辱された寄生心霊が雄叫びを上げる。空気が振動し、衝撃波となって襲いかかった。耳をつんざく声……いや、果たしてこれは声なのだろうか。そんな空気の振動を暁の炎が一蹴する。その炎が幸村と動かない佐助を包み込む。


「弁丸、しばらくそこにいてくれ。ここから先は私だけで話をつけたいんだ」


「あかつ……き……!」

 幸村の声が途切れた。

 炎は二人を守るように繭と化す。それを見守った暁は寄生心霊と向き合った。

「なぜ、佐助にこだわる?」

『ア、アノ体ハ体ダケデハナク、コ、心モ普通ノ人間ト時ノ流レガチガウ。シ、式神、あやかし、もののけト似タヨウナ時間ノ流レダ』

「……憑依している間に知ってしまったんだね」


『貴様ハ、アノ体ノ秘密ヲ知ッテ――!』


 寄生心霊が言葉を言い切ることはなかった。暁の右手が寄生心霊を貫いたからだ。

「人に生み出され、進化を遂げた哀れなアヤカシよ」

 暁の右手に炎が宿る。それは橙色の炎ではなく、赤黒い炎だった。

「お前に安らぎなどやらぬ」

 赤黒い炎の勢いが増し、寄生心霊の体を蒸発させた。

「破壊の炎に焼かれ、苦しみながら逝くがいい」

『ヤ、ヤメ……!』


「《修羅しゅら焔魔えんま》!」


 周囲の炎も赤黒い炎となり、寄生心霊に襲いかかる。


『ギャアアァァ―――!』


 赤黒い炎に包まれた寄生心霊は断末魔の悲鳴を上げ、消滅した。

 周囲の炎が勢いをなくし、消えていく。炎の繭が開き、幸村が佐助を抱きしめたまま現れた。

 暁の双眸が閉じられる。そのまま振り向いた。服装もいつもの装束に戻っている。

「終わったよ。弁丸」

 暁は口元をほころばせた。

「暁! 源次郎さま!」

 霧玄が駆け寄る。

「やあ、霧玄さん」

「源次郎さま、大丈夫ですか?」

 霧玄は幸村に尋ねる。

「ああ。俺はなんとも……」

 幸村はとする。


「佐助!」


 倒れたままの佐助の体を抱き上げる。呼びかけてみるが、返事はない。

「命に別状はないよ。ただ、目覚めるには時間が必要だけどね」

 暁の言葉に幸村は安堵する。佐助の体に触れ、その体温を確認する。――温かい。よかった、あの冷えきった体じゃない。

 暁の体が薄れていく。


「どうやら、私はここまでのようだ」


「暁どの!」

「心配しないで。死ぬわけじゃない」

 実体化すらもできず、体がとうとう上半身だけになる。


『あとのことはお願いしますね。霧玄……さ……ん』


 暁は消えてしまった。霧玄は文句を飛ばす。

「――っ! 無茶しおって、ばかものが!」

 赤く染まっていた空も戻っていた。残された三人に太陽の光が射す。

「……朝になってしまったようじゃな。源次郎さま」

「ああ」

 ひとまず終わった、と胸をなで下ろす。目覚めない佐助に話しかけた。


「朝だぞ。佐助」


 動かない佐助が笑ったような気がした。

 その後。根津と由利、虚狼たちと合流した幸村と霧玄は佐助を連れ、上田城へと戻った。


 だが、これですべてが終わった……わけではなかった。

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