六文銭の十本刀/12

 馬を走らせ、召喚円陣から少し離れた場所にやってきた根津と由利は、とりあえず馬を安全そうな場所へと隠し、襲来する魔物たちとあいたいする。


 ぐぉぉぉぉっ!


 アヤカシの声もさながら、

「これは……」

「なんつーかなぁ」

 その数に驚く二人。

 アヤカシの大群に呼応するように、


 きっしゃあ!


 モノノケたちが奇声を上げ、姿を現す。

 大、中、小――大きさは様々。


 まるで、百鬼夜行ひゃっきやぎょうだ。


雑魚ざこも積もれば、猛者もさとなるってか?」

 へっ、と笑う根津。気分は高揚していた。

「……身震いがするねえ」

「楽しむのはいいが、追い詰められても助けないからな」

 憎まれ口を叩く由利。

「せいぜい、その綺麗なつらだけは守れよ」

「ほざけ」

 由利が鎖鎌を構え、根津も右に打刀、左に脇差を抜いた。


「さあ、きやがれ!」


 それが戦闘の合図となった。

 モノノケとアヤカシの集団が二人に襲いかかる。アヤカシを中心に倒していく根津。鎖でモノノケの動きを封じ、鎌で首や足を切り落とす由利。最初のうちはよかったが、数が多く、次第に疲弊していく。

(やっぱ、解封かいほう武器ぶきを解放するべきか?)

 の気が充満している場所では、あまり使いたくない。

 それは由利も同じだろう。

 二人の武器は鬼眼おにめの枷のひとつだ。外せば、最悪の場合、自分たちが鬼化おにかしてしまう。


 だが、このままでは――。


「ちきしょう!」

「まさか、これほどまでとは……!」

 由利の表情も疲労に満ちている。荒い息を整えようとしても、魔物の群れは二人に休息を与えてはくれない。攻撃よりも避けることに必死になってくる。


 そして、いつの間にか空が赤くなっている。


 才蔵が召喚を開始したのだ。

 ぽつり、根津が呟く。

「……餌を撒いているようなもんだもんな」

 アヤカシとモノノケは負の気もせいの気も好む。微弱だが、才蔵の力にも反応している。数が減るはずもない。くわえて、負の気に感化されやすい由利の体力は根津よりも消耗が早い。息は荒く、白い顔がますます白くなっていく。

(……しかたねえ)

 根津は意を決した。


らえ《鬼蛇おにへび》、うなれ《海蛇うみへび》」


 打刀の刀身が赤に染まり、稲妻のような線が薄く走っている。振り下ろすと赤い一閃が胴体を斬る。脇差の刀身は打刀とは正反対で海を彷彿させる青。蛇が巻きついているようにゆるやかな薄い線が刀身に走っている。これらの刃は、根津の身に宿る鬼の牙から打ち出されたものだ。

 ふっ! と根津は勢いよく息を吐いた。

「太刀ノ型、さん二刀にとうぼたる》!」

 上空に向かって海蛇を振り、アヤカシを一刀両断。最後に鬼蛇を振り、衝撃波となった一閃がモノノケたちの足や首、体を両断する。

 続いて由利も、


け《妖蘭ようらん》」


 解封武器を解放した。鎖鎌が分裂し、右方向に弧を描く鎌、半月型の鎌、左方向に弧を描く鎌、円月型――様々な鎌がアヤカシたちを屠る。さながら、生き物のようだ。鎖鎌の範疇はんちゅうを越えている。刃は由利に宿る鬼の爪である。

「おい! ゆん!」

「覚悟している!」

 相棒に対して、根津は舌打ちする。


(なにが覚悟してる、だ!)


 言いたいことは山のようにあるが、口を動かす暇があるなら、手を動かすことが先決だ。

 アヤカシとモノノケが群れをなして、向かってくる。

 二人の解封武器は通常のものとは異なり、負の気をまとい、放つ代物だ。

 根津は魔封じの力があるため、ある程度の耐性はあるものの、由利にはそれがない。ともあれ、自分たちの中にいる鬼を目覚めさせないためにも、さっさと決着を着けなければ。

 根津は鬼蛇を構え、攻撃を放つ。


「太刀ノ型、壱《蛍》!」


 ◆◇◆◇   ◆◇◆◇   ◆◇◆◇


 ――その頃。


 才蔵は暁とともに障壁しょうへきが張りめぐらされた円陣の中で目を閉じ、意識を集中させていた。

詠唱えいしょうは円陣が教えてくれるよ」

 暁の言うとおり、唱えるべき言葉が自然と脳裏に浮かび、詠唱を開始する。


「《遥か昔。天より降臨し、小さき島の南方を司りし赤き鳥よ。火を司りしほのおの女神。我が声に応えたまえ》」


 空は赤々と染まり、円陣の中も若干赤色に染まる。


「《この声が届くならば、我が思いを翼に乗せ、届けたまえ》」


 円陣の中の白い光が才蔵の力と詠唱に反応して、徐々に強くなる。暁の姿も薄れていく。


「《呼び声に答えるそのお姿。美しき羽を舞い散らし、天高く飛び、包みたまえ》」


 暁の姿はもうない。光の渦の中心にいるのは、才蔵だけであった。


「《赤きほむらは破壊と再生を》」


 詠唱も佳境に入る。


「《癒しと破壊を司りしほのおの女神》」


 渦巻く光の勢いが増していく。


「《業火と篝火かがりびがくをかき鳴らせ!》」


 光の中、鳥の甲高いさえずりが響き渡る。


(どうか、私の友を……)

 幸村と佐助の顔が脳裏に浮かび、二人が一戦を交えている光景がよぎった。

 そんなこと、あってはならない。

 さらによぎったのは、血にまみれた幼い主君の姿。佐助と才蔵のいさかいを幸村が身を呈して止めたのだ。あの時、暁の処置がなければ、幸村はこの世にいない。あのあやまちを繰り返してはいけないのだ。


「《破壊と再生の時を迎えた! 我が声に応え、その姿を現せ!》」


 紫電ではなく、黄金に輝く瞳が見開かれる。


(――救いたまえ!)

 願いを込め、唱えた。



「《朱雀すざく天翔てんしょう》!」



 光の渦がすべてを飲み込み、障壁を突き破る。それはやがて消滅した。

 才蔵はそのまま光に包まれていく。


「才蔵」


 呼ばれ、目を開ける。

 美しい赤みがかった橙色の羽が舞い落ちる。

 目の前には、赤みがかった橙色の鳳凰が美しい翼を広げていた。

「――暁……どの?」

 ぼんやりとする意識の中、才蔵は呼びかけた。

「飛び立つ前に言っておきたいことがあるんだ」

 長い話にならなければいい、と思った。正直、眠い。


「きみ、一人で抱え込みすぎ」


 いきなり文句かと思った。

「どうして、式神わたしたちを頼らない?」

「……巻き込みたくなかった。あなたたちは私の支えだから」

 だからこそ、付き合いが長い霧玄むくろだけを連れて行った。

「弁丸もそうだ」

「え……?」

 なにが言いたいのだろう。


「弁丸には勇士きみたちがいるのに……あの子、使おうとしないんだよ」


 それはしかたない。主君がそうしないのは、彼が兄に対して引け目があるからだろう。よもや、自分が領主になるなど思いもしなかったのだから。その点に関しては、幸村は父親に似ているような気がする。彼も真田昌幸としてではなく、武藤むとう喜兵衛きへえとして生涯を全うするはずだったのだから。


「飾り物じゃないんだから使えばいいものを……」


 暁は肩をすくめる。才蔵は察した。

「ひょっとして怒ってるんですか?」

「うん。――もっと仲間を頼りなよ」

「それ、幸村さまにも言うつもりですか?」

「ううん。言わないよ。きみだから言うんだ。きみは言わないとわかんないからね」


「……差別だ」


 本心である。

「差別するさ。だって、弁丸ときみはちがうじゃないか」

 言い返せない。


「きみが選んだ生き方だ」


 暁は優しく微笑み、

「私たちは、その手助けをするだけ」

 翼を羽ばたかせた。


「でも、人であろうとするがゆえに、今のきみは私たちをにしている」


 羽が散り、ひらひらと舞い散る。


「それが悲しい」


 まるで、子の巣立ちを喜びながらも、さみしいと感じる親のようだ。

「じゃ、佐助を取り戻してくるよ」

 言うだけ言って、暁は飛び立ってしまった。

 光が急速になくなっていき、召喚円陣も消滅していく。


(暁どの、どうか……)


 意識を完全に手放す寸前、式神たちの名を呼んだ。


虚狼ころうまだれ蒼双そうそう虎々ここ、霧玄……)


 完全に意識を手放した才蔵にアヤカシとモノノケたちが群がる。絶好の餌を目の前に、様子をうかがっている。口からよだれを垂らし、ぐるぐると喉を鳴らした。一匹のモノノケが才蔵に向かって駆け出す。それに続いていくモノノケたち。一斉に襲いかかる。


 うおおぉぉん!


 狼の咆哮がアヤカシとモノノケの動きを一斉に止める。アヤカシの一部が咆哮の衝撃波を受け、消え去った。体は白く羽先が黒い鴉が急降下し、モノノケに体当たりをする。モノノケに比べ、ひと回り小さい白い仔虎が喉笛めがけ、噛みついた。その間に狼は才蔵の体を引きずりながら、安全な場所へと運ぶ。鴉と仔虎の攻撃が止むと、空を飛ぶ小さな青い龍が大きく息を吸い込み、青い炎を口から吐き出し、モノノケたちを焼き払った。悲鳴の後、モノノケたちは跡形もなく消え去る。

 幸村の案内をしていた虚狼ころう。千代に黙って出てきた虎々。虎々と連携を組んでいた鴉は霧玄と虚狼と同じ三大獣神である〝鴉神からすがみまだれ。青い炎でモノノケたちを焼き払った小さな龍、〝蒼龍小息そうりゅうしょうそく〟蒼双。――才蔵の式神が勢揃いしていた。


 彼らは才蔵の危機を察知して、駆けつけてきたのである。契約者を守るために。


 ◆◇◆◇   ◆◇◆◇   ◆◇◆◇


 暁が召喚された頃。


 根津と由利は魔物の集団に苦戦を強いられていた。

 乱戦状態が続き、疲労が極限にまで達していた。

(くそ……! 斬っても斬っても減った気がしねえ!)

 心の中で愚痴る。ちらり、由利を見た。

 平然と戦っているように見えるが――。


(……目覚めるなよ)


 由利の中にいる鬼に語りかけるかのように、根津は心の中で呟く。

 狼の顔に虎の体。鷲の翼を持ったモノノケが由利に向かっている。

 相棒は背中を向けたままだ。気づいていない。

「ゆん! あぶねえ!」

 根津の叫び声に近い声に反応し、由利が振り返った。だが、モノノケは大きな口を開けて彼に食らいつこうとしていた。

 ざわり、由利から放たれる気が変わったのを感じた。


(まずい!)


 鬼と化すな! 慌てて由利に駆け寄ろうとしたその時、巨大な影が降りる。


 ごうっ!


 羽ばたきは由利を襲ったモノノケだけではなく、周囲のモノノケやアヤカシの群れも焼き尽くした。由利の傍らに寄り、空を見る。遠のいていく巨鳥の姿を捉える。


朱雀すざく……皇弟おうてい……」


 由利の消え入りそうな声が聞こえた。

 あれは暁だ。

 二人は体の異変に気づく。


(負の気が抜けてる……?)


 目覚める寸前だった鬼が鎮まっている。

 息苦しいと感じていた空気も、今は清々しい。


 ぐるる、ぐるるっ……。


 唸り声で我に返る。

 モノノケの残党だ。アヤカシたちもいる。

 ふっ、と根津は笑う。

「いけるか? ゆん」

「大丈夫だ。ジン」

 由利の顔は血色がよくなっていた。

「そうか。――あとは」

 二人はアヤカシとモノノケたちを見据える。

「跡形も残らず――」

 武器を構えた。


「――掃除しなきゃな!」


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