六文銭の十本刀/14


「ばっかもぉん!」


 海野うんのの『ばかもんぶし』が本丸に轟き、屋根にいた雀たちが一斉に飛び去る。

 戻ってきた三人を出迎えたのは、顔を青くした小六ころくであった。彼は幸村の影武者を務めていたのだが、姉にあっさりと見破られ、祖父にすべてを打ち明けてしまったという。というわけで彼らは謁見の間で、正座で、海野と向き合うことになったわけだ。


「領主が無断で出て行くなど言語道断!」


「す、すまない」

 素直に謝る幸村。

 海野は根津と由利に目を向けた。


「なぜ止めんかった!」


「……お言葉ながら、海野翁うんのおう。オレたちに拒否権があるとでも?」

 答えたのは、由利。どんな時でも幸村の命令が最優先。根津と由利はそれに従っただけだ。だのに叱られるのは理不尽極まりない。一方の根津はふてくされている。というのも、今の彼は化粧師けしょうしとしての誇りがひどく傷ついている。海野の説教を聞く気分ではないのだ。

「じ、じじさま。それぐらいにしてあげて。げ、源次郎さまたち……疲れてるからさ」

 小六が祖父をなだめるものの、

「やかましい!」

 怒り心頭の海野は聞く耳を持たない。

 その様子を障子の隙間からのぞき見るのは、十蔵と清海。


「あ~あ、怒られてるでやんすね」


 障子を静かに閉める十蔵。

「……怒っているといやぁ」

「あっちもでやんすね」

 二人は中庭のほうを見た。そこには腰に両手を当て、胸を反り返している千代がいた。彼女の目の前には仔虎――虎々ここがびくびく震えながら、ぐるっ、ぐるっと唸っている。その両者の間には伊三いさがいた。


「……なんで怒ってるかわかる?」


「ぐるぅ」

 虎々は悲しげに声を上げる。

「千代に黙って、出て行った。心配したんだよ?」

 それは承知の上だった。

 あの時、才蔵の危機に駆けつけようとした虎々は千代に一言断ろうとしたが、ぐっすり眠っている彼女を見て、起こすのは可哀想だと思ったのだ。黙って出て行けば千代が心配するとわかっていても才蔵を見捨てることはできなかった。彼が危機にひんし、暁も動いているとなると……なにか余程のことが起こっているのだと思い、いてもたってもいられなかったのだ。だって虎々は小さくとも、暁と同じ四神の縁者――〝白虎孫女びゃっこそんじょ〟虎々なのだから。

「もう黙って行かないって約束して!」

「ぐるぅ……」

 それはできない約束だった。あくまで虎々は才蔵の式神である。契約者の危機とあらば、駆けつけないわけにもいかない。

「虎々!」

 びくっと虎々は震え、ぐるっと消え入りそうな声で鳴いた。

 尻尾はうなだれ、大きな翡翠の瞳はうっすら涙を湛えている。


「――千代、もうそれぐらいにしてやるっすよ」


 怯える虎々を見かねた伊三が千代を諌めた。

「伊三はだまってて!」

 聞く耳持たない千代に伊三は肩をすくめた。

「……千代だけの都合だけで怒られちゃあ、虎々だって困るっすよ」

「千代が悪いって言いたいの!?」

「そうじゃないっすよ。虎々だって事情があったかもしれないのに……自分のことばっかりじゃないっすか」

 はっとする千代。伊三は続ける。

「もちろん、千代の気持ちもわからなくはないっすよ。――けど、虎々の話をちゃんと聞いてからでも遅くはないんじゃないと思うっすよ」

 千代はあらためて虎々を見た。仔虎の大きな瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。


「……あ」


 それを見た千代の小さな胸がぎゅっと締めつけられた。

 やがて虎々に近づき、抱き上げる。

「……ごめんね。千代、言いすぎた」

 虎々は目をぱちぱちさせた。顔を上げ、千代を見る。少女は笑顔で仔虎に言った。

「おかえりなさい。虎々」

「ぐるる、ぐるぅ……!」

 千代の頬を舐める虎々。頬を舐められた千代は「くすぐったいよ、虎々」となだめるも、その表情は嬉しそうだった。少女と仔虎の感動的な場面を目の当たりにした清海と十蔵は「でかしたぞ、我が弟よ!」、「よかったでやんす~」と涙を流す。そんな兄たちに「……おおげさっすよ」と伊三は呆れ果てていた。

 一方、障子の向こう側では――、


「ばっかもぉん!」


 と海野の説教がひたすら続いていた。

 幸村、根津と由利、小六は足のしびれにひたすら耐えていた。また小六を除く三人は睡魔とも戦っている。海野の説教はただひたすら「あーだ、こーだ」と繰り返されるばかりで、もはや騒音に近い子守唄であった。

(……くそ! やつらにもこの説教を聞かせてやりたい!)

 たまらず、幸村は心の中で悪態をつく。

 佐助と才蔵を寝かせるため、足早に退散した式神たちとか。佐助を救って消えた暁とか。その式神の主である才蔵とか。元凶である佐助とか。

 そう思っていた矢先、


「――海野翁」


 救世主が現れた。

 黒い忍装束に口元を布で隠し、鉢金はちがねを巻いた黒髪の青年の名は、望月もちづき六郎ろくろう。彼の背後には、配下である下忍げにん二人も控えている。

「望月! 後にせい!」

 突然現れた彼らを追い払おうとする海野だったが、


「望月! ちょうどいいところに来てくれた!」


 説教地獄から逃れたい幸村が彼らを大歓迎する。

「源次郎さま! は、話はまだ――!」

うんじいにかまうな。――さあ! 報告を頼む」

 さすがの海野も引き下がるしかなかった。

 根津と由利、小六も安堵し、足をくずす。

「主、依頼、調査」

「どうだった?」

 幸村が尋ねると、望月は下忍の一人に「詳細、報告」と命じ、彼と入れ替わった。


「旧臣楼の地下にて、術者と牢に放り込まれていた二人、計三名を発見いたしました」


 根津と由利、海野と小六は目を見張った。

「術者はこれを使用していたようです」

 下忍が懐から出したのは一枚の紙。それには円の外の四方と中に梵字ぼんじが書かれていた。ただし、円の中の梵字は四方に書かれている梵字と比べ、逆さまに大きく書かれており、色も赤かった。

「これがなんなのかは、あとでじっくり聞くとしよう。牢に放り込まれていた二人は?」


「牢に放り込まれていた二人は飲まず食わず、さらには白骨化した死体と腐った死体とともに放り込まれていたものですから、しばしの安静が必要でしょう」


 それを聞き、幸村と海野、根津と由利は不快極まりない表情を浮かべた。小六も「うぇ……!」とえずく。鬼畜の所業だ。

「――術者は?」

「今は牢におります。連れて来ましょうか?」

 幸村は首を横に振った。

「いや。牢に放り込まれていた者たちが回復するまで待とう。すぐさま取りかかりたいのは山々だが、こちらも疲れているのでな。休息を取りたい。ご苦労だった」

「はっ!」

 下忍二人は姿を消した。


「げ、源次郎さま! いったい、なにが起きているのですか!」


 海野の質問に答えることなく、幸村は彼に命じる。

「海じい。十蔵とともに、牢に放り込まれていた二人の看病を頼む。――望月、案内を」

「御意」

「源次郎さま!?」

 海野の抗議もむなしく望月に促され、彼とともに部屋を出た。

 障子の向こう側では十蔵が「なんで、あっしも?」と首をかしげていた。


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