六文銭の十本刀/11

 一方、その頃――。


「げ、源次郎さま……! なにゆえ、ここに!?」

「やらなければならないことがある」

 下馬する幸村。視線の先には絃によって、動きを封じられている寄生心霊がいた。迷いもなく彼に近づく。

「……お前を苦しめて、悪かった」

「な、なにを言っている?」

 寄生心霊は困惑を見せた。が、

「アヤカシの仕業だとしても、お前は自分を許さないだろう」

 幸村は佐助自身に語り続ける。

「だが、俺はお前を救う」

 たとえ、佐助が悲しむとわかっていても。

「お前の主であり、お前の友である」

 それが己の決意だから。


「この真田源次郎幸村がな!」


 空に異変が起こり、幸村を除く三人の視線は空へと注がれた。黒く染まっていた空が徐々に赤く染まっていく。――一面、夕焼けのようだった。


 幸村は察した。暁の計画が始まったのだ、と。


 と絃の切れる音に、幸村と霧玄の視線が空から寄生心霊へと移った。体に食い込んでいた絃がぶつん、ぶつんと音を立て、切れる。彼は危険を察していた。


「この体、渡さんぞ。お前たちを殺して、逃げたあいつも殺してくれる!」


「もはや、手段は選べんな。――しかたない」

 握り拳を作る幸村。すると、そこから炎が巻き上がった。寄生心霊が瞬時に突っ込んでくる。二人を肥大していく炎が包み込んだ。

「源次郎さま!」

 霧玄は叫び、駆け寄ったが、足を止める。

 幸村の声が聞こえたからだ。


け、《焔雀えんじゃく》」


 静かな声だった。寄生心霊は驚いた。炎に包まれた瞬間、懐に飛び込んだところを数本の苦無で攻撃を仕掛けたのに! それは真紅に染められた長柄によって受け止められていたのだ。


 長柄の先には白刃に光る十文字の刃。――槍だ。


 槍の出現とともに、炎は鳥の羽を舞い散らすかのような火の粉を飛ばし、消えていた。

 槍を振り払うのと同時に寄生心霊は幸村から離れた。体を一回転させ、見事に着地する。

「いいのかい?」

 佐助に刃を向けるのは、幸村にとって苦痛であることを彼は理解している。だが、そんなことで怯む幸村ではない。

「手段は選べん、と言ったはずだ。それとも……お前自ら離れてくれるのか?」

 佐助は首を横に振った。

「無理さ。もう、こいつはおれのものだ!」

 眉をひそめ、幸村の目が鋭くなる。今の発言は極めて不愉快だ。

 寄生心霊が素早くこちらに向かい、空へ飛び上がる。右手には扇のように広げた数本の飛苦無が握られていた。


「さようなら。若さま」


 飛苦無が打たれるが、槍を回し、それが盾のようになり、弾かれる。

火遁かとん火燕ひつばめ》!」

 左手に握られていた数本の飛苦無とびくないが炎をまとい、飛んでくる。それはまさしく燕の急降下。だが、幸村はそれをすべて槍でなぎ払う。


「お前にだけは佐助の姿であっても『若さま』と呼ばれたくないな」


 橙色の瞳の中に炎が宿る。怒りによって燃えがっていた。

 ぞくり、寄生心霊の背筋が震え上がる。

 それは、たしかな恐怖。

 だが、それは同時に強い獲物と相対する高揚感でもあった。

 にやり、寄生心霊の口が歪む。

 そして動いた。


 赤々とした空の下、激しい金属音が鳴り響いた。



◆◇◆◇   ◆◇◆◇   ◆◇◆◇



 ――その頃、上田城。


 千代は虎々ここを捜していた。

「虎々、虎々ぉ! どこー?」

 一緒に眠っていたはずなのに。どこに行ってしまったのだろう。


 ふあぁ~。


 と欠伸をするのは、伊三いさ

 夜の城を一人で虎々を捜すのは心細いから、と千代に叩き起こされたのだ。

「……千代。虎々は副頭ふくがしらになにか頼まれたんすよ」

「虎々は、千代に黙っていく子じゃないもん!」

 伊三は肩をすくめた。


(そもそも、虎々って副頭の式神なのに。完全に千代のものになってるっす)


 当の才蔵も「千代と虎々は波長が合いますから」と注意するどころか、それをとしている。

「虎々、虎々ぉ」

 呼び続ける千代。

 ふわぁ、伊三は再び欠伸をする。ふと思った。

(……静かだなぁ)

 虫の声が聞こえない。いつもならかすかに聞こえるはずなのに。


(静かすぎるっす!)


 とする。嫌な予感がした。

 突然と、ぎ、ぎと軋む音。それと、だん、だんと盛大な音が。背中に寒いものが走る。

 千代は虎々を捜すのに必死で気づいていない。

 伊三は後ろを振り返った。


「おお、いたいた。伊三、千代」

「伊三。どうしたでやんすか? 顔、青いでやんすよ?」


 そこには兄が。その隣には十蔵がいた。

「な、なんだ。兄貴とかけいのあんちゃんか」

 ほっ、安堵する伊三。千代も二人に気づき、尋ねる。


「ねえ。虎々、見なかった?」


 清海と十蔵は顔を見合わせた。

「見てないでやんすよ。あっしらは伊三と千代を捜しにきたでやんすから」

 答える十蔵に清海もうなずく。

「そっか……」

 千代はしょんぼりと肩を落とした。

「虎々を捜すのもいいけどよ。あんまり、うろうろしてるとアヤカシとモノノケがやってくるかもしれねえぞ? ――ぐぉーって!」

 清海の大げさな身振りに千代は怯え、「きゃあ」と悲鳴を上げ、伊三の背中に隠れる。

「兄貴!」

「清海。あまり怖がらせるなでやんす」

 さすがの十蔵も呆れた。というより、彼は後に起こる『二次災害』を気にしたのだ。これが楓と小六ころく海野うんのに知られれば、雷どころか嵐となってしまう。なぜなら海野家は、全員で千代を可愛がっているのだから。

「すまん、すまん!」

 がはは、と盛大に笑う清海。まったく反省していない。

 十蔵はため息をつき、伊三は鋭く兄を睨んだ。

 その時だった。


 ぐぉぉぉぉっ!


 恐ろしい鳴き声が聞こえた。

 千代にも聞こえたようでますます怯え、伊三にしがみつく。

「アヤカシ……!」

 千代の一言に十蔵は言った。

「清海の冗談でやんすよ」

 また聞こえてきた。


 ぐぉぉぉぉっ!


「本物のアヤカシの声っすよ!」

 十蔵と清海は目を剥き、伊三は舌打ちする。


(筧のあんちゃんはともかく兄貴って坊さんなのに、なんでアヤカシえないんすか!)


 四神島では仏門に入った人間は修行の末に法力を授かり、アヤカシが視えるようになる。それゆえ、還俗げんぞくした僧は退魔屋たいまやになることが多い。修行していない伊三は視えるのに、清海は素質がないのか、はたまた修行をさぼっていたのか……還俗したのにも関らず、アヤカシを視ることができない。

 今度は別の声が聞こえてきた。


 きゃっしゃあっ!


 清海と十蔵の表情が険しくなった。

「モノノケでやんすね」

「おう。どの辺りだろうな」

 モノノケの声は、さすがの二人にも聞こえた。

「根津にいちゃんと由利ちゃんにも伝えなきゃ!」

「副頭とおかしら、幸村さまにも!」

 年少二人は優先順位を心得ているようだ。


「あんたたち、なにやってんの?」


 楓がやってきた。清海が尋ねる。

「よぉ、お嬢どうした?」

 清海は楓に尋ねた。

「じじさまに頼まれて、源次郎さまを捜してるの。――見なかった?」

 四人は一斉に首を横に振った。と、そこへ――。

「――呼んだか?」

 幸村が現れる。

 しかし、彼を見た楓は言った。


「……、なにやってんの?」

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