六文銭の十本刀/8

 根津は愛用の古びた煙管きせるを吹かし、闇夜に紫煙しえんくゆらせた。

 今、彼は相棒と二人、北虎口きたこぐち付近にあるうまやただずんでいる。


「……なあ」


 由利に呼びかける。

「なんで、皇弟おうていさんが出てきたんだと思う?」

「知るか」

 二人をここへ呼び出したのは、暁だ。

 しかしなぜ、暁は自分たちを呼び出したのか。


 考えられる可能性は――。


「副頭領に頼まれたのかね?」

「だったら、オレたちに直接声をかければいいだろ」

「たしかに」

 根津は腰にあるものに視線を落とした。

「しっかし、なんで皇弟さんは武器を携帯しておけって言ったんだろうな」

 暁に「絶対に必要になるから、武器は携帯しておいてね」と言われたが、絶対に必要になるとはどういうことだろうか? おまけに厩にやってくる前、根津は化粧師としての腕も振るう羽目になった。わけがわからない。

 そう考えていた矢先、二人の顔に緊張が走った。

 近くの茂みがひとりでに音を鳴らしたからだ。


 侵入者か?


 根津は煙管の火皿ひざらから刻み煙草を落とし、懐にしまい込み、打刀うちがたなに手をかける。

 由利も後ろへと手を回し、鎖鎌の柄に手をかけた。


 がさがさ、がさがさ……。


 茂みの音が増し、緊張感が最高潮に達した時、それは現れた。


「ぷはっ!」


 その声に二人は一気に脱力する。

「ゆ、幸村さま!?」

 立ち上がった幸村は、体じゅうにくっついた葉やらほこりなどを払い落とす。

「昔はすんなり通れたのにな」

 二人は幸村の登場にも驚いたが、格好にも驚いた。平服へいふくではない。襦袢じゅばんと勘違いしそうな白い袖無しとばかま。神職者を彷彿とさせる格好だが、不似合いなのは装飾が入った橙の胸当て。若いながらも鍛えられた両腕には胸当てと同色で模様の入った篭手こてが。甲冑姿ではないものの、それは戦装束であった。


「根津、由利。馬を用意しろ」


(……あー、なるほど)

 根津は察した。一方、相棒はわけがわからない様子で目を白黒させている。

 幸村は一頭の馬――特に可愛がっている河原毛かわらげの頭をなで、話しかけた。

「すこし辛い思いをさせるが、我慢してくれ」

 答えるかのようにいなないた馬を柵の中から出るよう促し、幸村は手綱と鞍、あぶみを手際よくつけ始める。

「あの……幸村さま」

「なんだ、由利」

「わかるように説明を……」

「くわしいことは道中で話す。まずは馬を用意してくれ。――直に虚狼ころうがやってくる」

「――ゆん、俺たちも馬の用意をしようぜ」

 そうするしかなかった。

 根津は青毛の馬、由利は鹿毛かげの馬に乗り込む。

 北虎口では、黄金の瞳を持つ黒い狼がすでに到着していた。三大獣神さんだいじゅうしんが一人〝狗神いぬがみ〟虚狼。彼も才蔵の式神である。三人の姿を見るなり、彼は走り出す。幸村は馬の腹を蹴り、走らせる。根津と由利も後を追う。

 馬を走らせているさなか、幸村はかいつまんで事情を説明した。佐助を助けられる方法が見つかったが、それにはあまり時間が残されていないこと。その方法を行うには才蔵と幸村が必要だが、才蔵はすでに佐助を探しに行き、ここにはいないこと。

 そこまで聞いて、根津が叫んだ。

「ちょっと待ってください! 幸村さまに危険は?」

「ある、と言っていた」

「いや、ってところがもうだめでしょ!」

「つべこべ言わず、黙ってついてこい!」

 根津と由利は目眩めまいを起こしそうだった。


『話は終わったかい?』


 三人の頭上に淡い橙色の光が現れる。

 暁だ。人の姿であったが、その背には橙色の美しい翼を広げている。しかし、体が透けていた。今は精神体せいしんたいと呼ばれるアヤカシと同じ状態だ。式神は必要に応じて、実体と精神体と使い分けることができるのである。

「ああ」

『じゃあ、根津と由利を借りてもいいね?』

「皇弟さん。どういうことだい?」

 根津がすぐさま聞き返した。自分と相棒の役目は、てっきり幸村の護衛だと思っていたからだ。

『寄生心霊がどういうものか知っているきみなら、わかるはずだよ』

 根津はしばらく考えた後、

「……なるほどな」

 納得した。

「なんだ?」

 根津は相棒に説明する。

「寄生心霊はの塊だ。だから強いやつを好む」

「ああ」

「今、やつは頭領と同化しつつある」

「うん」

「放っておけば、やがては頭領自身から負の気が発せられるという事態になっちまう」

 負の気は自分の中にいる鬼が好むものだ。放置していれば、いずれ鬼化し、さらにはアヤカシとモノノケを呼び寄せてしまいかねない。

 ふと、由利は思い立つ。

「それなら、副頭領も危ないんじゃないのか?」

「あん?」

 今度は根津が首をかしげた。


「あの人は、負の気を正の気に変換することができる浄化能力じょうかのうりょくの持ち主だろ?」


 浄化能力を持つ人間はせいの気の塊のようなものだ。しかし同時に負に感化されやすい面もあるがため、負に対する耐性はあまりない。そのため、あまり近づきすぎると、本来の力が発揮できなくなってしまう。


 もし、正の塊である才蔵と負の塊となった佐助がぶつかり合ったら――!


「副頭領のほうが危ねえ!」

 一刻もはやく、才蔵を見つけ出さなければならない。

 暁がふと、空を見上げた。

『……どうやら、才蔵のほうでの決着が着いたようだ。ちょうどいい。――弁丸。きみは、そのまま虚狼の後を追ってくれ。彼は負の気が追えるから、いずれ佐助に辿り着くはずだ』

「わかった」

『根津、由利。きみたちは私についてきてくれ。才蔵のところに行くよ』

 暁は方向転換をする。

「幸村さま、お気をつけて」

「ご武運を」

「ああ。二人も気をつけろよ。――才蔵を頼む」

 根津と由利はうなずき、暁を追った。

 幸村はひたすら虚狼の後を追う。


(待っていろ、佐助!)


 決意を胸に秘め、幸村は愛馬を走らせ続けた。

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