六文銭の十本刀/7

 自室に戻った幸村は今までのことを整理する。

 そうすることで、自分を落ち着かせようとしていた。

 佐助は寄生心霊と呼ばれるものにとり憑かれて、旧臣楼の見張りを殺した。


(それはもう、佐助じゃないのか?)


 彼を『おかしい』と感じたのは、寄生心霊のせいなのか?

(いつ、どこでとり憑かれたんだ?)

 才蔵のような使い手が呼び出さなければ、それは発生しないはずだ。


(……誰が呼んだ?)


 呼べるのはアヤカシ使い、モノノケ使い、式神使い。

 ふと、脳裏を島田の言葉がよぎった。


(島田は、才蔵をどこでアヤカシ使いと判断したのだろう?)


 才蔵は上品かつ雅な印象を与える藤色の狩衣かりぎぬを普段から着用している。

 理由は『気に入っているから』と『初めてもらった贈り物だから』だそうだ。

 才蔵が自分に心を開きかけた時ぐらいだろうか。聞いたことがある。


(西方四神国では伝説の式神使いに倣い、術者は公家くげ様式の格好をするのがならわし。東方四神国は術者もいないことはないが、忍から派生することが多く、忍として生涯を終える者が多いと聞く)


 島田はそれを知っている。だから、才蔵をアヤカシ使いと判断した。となると、島田はアヤカシ使いと関わっていることになる。


 ならば、どこで関わったのだろう?


 そういえば、根津が言っていた。

 最近、旧臣楼には西からの客人や浪人が多い、と。

(やはり、寄生心霊と関係があるのか?)

 ここでは調達ができないから、西から呼ぶ必要があった?

(仮にそうだとしても、決定的な証拠がない)

 決めつけるには、まだはやすぎる。


 それが現時点での結論だった。


(……佐助)

 心の中で名を呟くと「若さま」と呼ぶ佐助の声が聞こえた。

 明るい笑顔、怒ってむくれた顔――くるくると表情を変える佐助が頭の中で浮かぶ。


 ――若さま。おれが島田のじいさまたちにと言ってあげる!


 いつだったか、お前はそんなことを言っていたな。

 とする。

(まさか……!)

 もし、本当に旧臣楼にがつんと言いに行ったとしたら?

(……俺のために?)

 だとしたら――。


(俺の……せい?)


 そう思った瞬間、ぐにゃりと視界が歪み、と意識が遠のいた。

 気がつくと、目の前は真っ暗だった。いや、黒い空間に放り出されているようだった。

 辺りを見回しても、そこには出口さえも見えない。迷路をさまよっている気分だ。

 だが、道標みちしるべはあった。緋色あけいろの長い髪が目に入る。


「佐助」


 呼びかけた。しかし反応はない。


「佐助!」


 今度は大きな声で呼びかける。

 佐助が振り返った。

 胸を撫でおろす。よかった、聞こえている。

 佐助の元へ駆けつけようとした時だ。


 ばしゃん。


 水溜りの弾ける音が聞こえた。

 足元に目を向けると、そこには水ではなく血が溜まっていた。


「――っ!」


 声にならない悲鳴を上げた。

 すると、目の前に白髪がうつ伏せで倒れ、しわ寄った右手が放り出された。

(海じい!)

 海野だけではない。

 傍らには、彼の孫二人もいた。自分と同い年の彼女も。自分と背格好が似ている弟分も。

(楓、小六ころく

 袈裟をまとった巨体と、下駄を履いた右足が切断されて息絶えている二人。

(清海、十蔵!)

 可愛らしい着物を着た灰桜色の髪の少女と、背丈の高い少年。

(千代、伊三いさ

 忍装束に身を包んだ青年。

(望月)

 赤い髪と金髪の、男女に見える二人組。

(根津、由利……!)

 そして、首のない藤色の狩衣。


(……才蔵!)


 全員、息絶えている。

 彼らを無惨にも葬ったのは――。

「……お前がやったのか? 佐助」

 にたり、と佐助が笑う。忍装束を血に染め、顔も血で汚れている。

「若さまがいけないんだよ? ほら、さいちゃん。なにか言って」

 佐助の手に持っているのは才蔵の生首。それを幸村に放り投げた。すると、閉じられた双眸そうぼうが開かれ、紫電の瞳が向けられる。


「幸村さま……どうして……」


 次の瞬間、炎が巻き起こる。目を疑った。

 幸村の眼前には、赤々と燃えさかる信濃領が。逃げまどう人々の中に紛れ、佐助がその命を奪っていく。民たちの悲痛の声とできあがる屍の山。家族の屍にすがり、泣き叫ぶ者たち。それを見ながら、楽しそうに笑う佐助。まるで遊んでいるかのようだ。

 怒りがこみ上げてきた。

 いつの間にか手に持っていた槍を構え、穂先を佐助に向けた。


「佐助ぇぇぇぇっ!」


 衝動のままに突進し、槍が佐助の体を貫く。

「わ、か、さま」

 怒りが波のように引いた。佐助は槍のを掴み、恨めしそうな眼差しを向ける。

「どうして……?」

 佐助の体から槍が引き抜かれた瞬間、彼は業火ごうかの中へと飲み込まれてしまった。

 手を差し伸べたところで意味はない。

 残ったのは、勇士たちと領民たちの屍の山だけだった。

 槍を落とし、膝を折る。

 絶望に叩きつけられた瞬間だった。


「ち、ちがう。お、俺は……」


 両手を見ると血に染まっていた。それは散った命の数だけの血。


「ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう――!」


 否定を繰り返し、勢いよく頭を振った。


「なぜ、現実を否定するんだい?」


 男の声が降ってくる。

「俺の望んだことじゃない! 俺が……俺が望むのは……!」

「わがままな子だね。こうなったのはしかたないじゃないか。だって――」

まつりごとかおれか――」

 頭を掴まれる。悪臭を放ち、どろどろに焼けただれた皮膚と骨が見える右手を右肩に置かれた。恐怖に顔が引きつる。横目で見ると、自分と同じ色の目が飛び出ているのと、ちりちりと焼ける髪が見えた。

「若さまがはっきりしないから悪いんだよ」

 それは、さきほど業火に焼かれた佐助だった。


「うわああぁぁ――――!」


 絶叫を上げた後、ばりんとなにかが割れたような音が響いた。


「――――っ!」


 声にならない悲鳴を上げ、飛び起きる。

 息が荒くなり、心臓が早鐘を打っている。体じゅうから嫌な汗が噴き出していた。

 周囲を警戒するように確認する。自室の燭台の炎がゆらゆらと揺らめいている。


(ゆ、夢……?)


 確認している間に呼吸は落ち着いていく。

 頭が冷静になってきたところで、あの光景を思い浮かべる。

 あれはただの夢なのか? それとも、先に待ち受けているものなのか?


『驚いたかい?』


 穏やかな声が響き、幸村は目を見張る。

 火の粉が鳥の羽のように舞い散り、人の形をかたどっていく。現われたのは、橙の髪に双眸を閉じたままの青年。服装は才蔵の狩衣のようにも思えるが、四神島の人々が着るような服装ではなく、異国人が着る服装でもなかった。


「あ、あかつきどの……!」


 青年は才蔵の式神であり、真田家が名を冠し続けた朱雀の弟――〝朱雀すざく皇弟おうていあかつき。自身の式神でありながら才蔵も、そして幸村さえも一目置く式神である。

「いままで見ていた光景はすべて私が見せていた幻だよ」

「冗談にしても性質たちがお悪い!」

「あれはきみの迷いによって生み出されたものだ。ちょっと脚色はしたけどね」

 悪びれた様子がまったくない。

 幸村は嘆息した。

「なにかご用ですか?」

「おや、私が姿を現すことに驚いてくれないのかい?」

「才蔵の式神ですからね。自由行動はお手のものでしょう?」

 普通の式神は主が命令を下すまでは出現しないのが鉄則である。しかし、才蔵が従える式神は例外だ。勝手に現れたかと思えば、姿を消したりもする。また、主以外の人間と行動することもある。千代と一緒にいる仔虎がいい例だ。すなわち『変わり者』揃いなのである。


「佐助が大変なんだってね」


 疲労感に満ちていた表情が険しくなる。暁の発言に不快感を抱いたからだ。

「そんな顔しないでよ。ねえ、弁丸べんまる

 暁は幸村が生まれる以前から、この真田にいるため、元服した今でも幼名で呼ぶ。


「佐助を助ける方法があるって言ったら、きみはどうする?」


 幸村は大きく目を見開く。

「あ、聞きたそうな顔だね。聞きたい? 聞きたい?」

 願ってもない救いの手だが、もったいぶったその態度が気に入らない。

 彼が朱雀皇弟でなければ、いますぐ焼き鳥にしてやりたいところだ。

「……それで?」

「この方法だったら、佐助は助かるかもしれない。でもね――」

 暁は言葉を止める。

「――誰かが死ぬかもしれないんだ。たとえば、きみとか才蔵とか、もしくは領民とか」


「――え?」


 頭が真っ白になった幸村に、暁はさらに言葉を注いでいく。

「今、才蔵が佐助を追っている。私とはちがう方法で佐助を救うつもりのようだ」

 さすが、才蔵だな。頼りになる。

「でも、それができなかった場合、どうなるかな? ……二人とも、ただではすまないだろうね」

「――っ! やめてください! そんな不吉な!」

「いいや、真面目な話さ。才蔵はね、きみと佐助のためなら命を惜しまない。私の契約者はそういう男だよ。――ねえ、弁丸」

 暁が意地悪く言い放つ。


「いっそのこと、佐助を見殺しにするのはどうだい?」


 とした。かまわず暁は続ける。

「だって、それが一番いい解決法だ。そうすれば、犠牲は佐助だけですむ」


「なにをおっしゃるか!」


 そもそも『助ける方法がある』と持ちかけたのは、他ならぬ暁ではないか!

「でも、才蔵が失敗すれば、いずれ被害は領民にまで広がるかもしれない。つまり――」

 あの悪夢が現実のものになってしまうかもしれない。


「それにね、弁丸。きみは父上と兄上の思いを無にするつもりかい?」


 幸村の心が大きく揺らいだ。

 方法があるなら、すぐにでも助けには行きたい。

 しかし佐助だけのために、その方法を選んでもいいのだろうか? その方法を聞いたとして、成功する見込みがあるんだろうか? それよりもまず領主として優先すべきは佐助の命ではなく、領民の命ではないのか? そうだ。自分は父と兄のため、この地を守らなければならない。


「……弁丸。いずれの方法であれ、何事においても、それ相応の代償を払わなければならない」


 わかっている。しかし……!

「きみが領民を優先すれば、領主としては最高。でも、佐助の友だちとしては最低だ」

 長年の親友を見捨てることは、最低なことだ。

「かといって領民をないがしろにすれば、きみは最悪の領主さま。でも、最高の友だち」

 そうだ。領民を巻き込むわけにはいかない。

「佐助を助けに行って、きみが死ぬ。それは領主としても、友だちとしても最低だ」

 そのとおりだ。その結末だけは避けなければならない。

「私はきみが領主として動こうとも、個人として動こうとも、どちらでもいいんだ」

 それは自分が決めたことだから。


「あとはきみの覚悟次第だよ。真田源次郎幸村さなだげんじろうゆきむら


 覚悟? 自分にとっての覚悟とはなんだ?

 ――若さま。

 佐助の屈託のない声が頭の中に響く。

 ――若さま、覚えておいて。おれは若さまを助ける。だから、若さまもおれを助けてね。

 どうやって?

 ――若さまがやりたいようにすればいいよ。おれもやりたいようにやってるから。

 できるかな?

 ――できる、できないとかが問題じゃないよ。後悔するか、しないか。それだけだよ。


 なにかが弾け、答えが決まった。


「……どうやら時間の無駄だったようだね」

 暁が背を向けた途端、幸村は彼の服の裾を力強く引っ張った。暁が顔だけを向ける。

「……お聞かせください」

 口を開く幸村。

「なにを?」


「佐助を取り戻す方法です」


 幸村の瞳に強い決意を秘めた炎が宿る。もはや迷いはない。

 暁はため息をつき、観念したように言った。


「……意地悪して、ごめんよ」

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