六文銭の十本刀/6

 翌日。


 才蔵は謁見の間に呼び出された。

 他にも、根津と由利が呼び出されていた。

 幸村は肘置きに頬杖をついている。しかし、その表情は厳しい。

「――才蔵」

「はい」

「佐助がいない」

「…………」

「お前には情報収集以前に、佐助の見張りを任せたはずだ」

「…………」

「見張りを怠ったうえ、情報収集どころか騒ぎを起こすとは何事だ!」

 語尾が荒くなる幸村に対し、才蔵はだんまりだ。

「才蔵!」

 ようやく才蔵は口を開く。

「……申し訳ありません。私もつい火がついてしまって」

「そのせいで、さらに騒ぎが大きくなったら、どうするつもりだったんだ!」

 主君の怒鳴り声に体を強ばらせる根津と由利に対し、才蔵は顔色ひとつ変えない。

 幸村は肩をすくめた。

「で、収穫は?」

「…………」

「あったのか? なかったのか?」

「……ありました」

「――話せ」

「見張りを襲撃したのは、緋色の長い髪と橙色の瞳を持った忍です」

 根津と由利の体がますます強ばった。

「はっきり申せ!」

 さらに声を荒げる幸村。才蔵は静かに告げた。


「……その忍は我らが頭領、猿飛佐助幸吉さるとびさすけゆきよしでございます」


 幸村は目を見開き、根津と由利は気まずそうな表情を浮かべる。

「たしかか?」

 動揺を抑えた幸村の問いに、才蔵は力強くうなずいた。

「証拠は?」

「残念ながら、それは私の目で見たものしかありません」

「くわしく話せ」

「……はい」

 返事の後、才蔵はひと息つき、意を決して口を開く。

「その前に訂正させてください」

「なんだ?」

「佐助がやったことに変わりはありませんが、正しくは佐助ではありません」

「どういう意味だ?」


「体は佐助そのもの。心は別人です」


 根津と由利も首をかしげた。幸村はまたも遠回しな言い方に苛立ちを募らせる。主の感情を察したのか、明確に才蔵は答えた。

寄生心霊きせいしんれいと呼ばれるものに佐助はとり憑かれ、このような騒動を引き起こしたのです」

 根津は驚き、思わず口を挟んだ。

「それって、人為的なアヤカシですよね!?」

 才蔵はうなずく。

「なんてこった……!」

 根津はそう呟き、肩を落とした。

「二人で納得するな」

 要約すると『説明しろ』である。才蔵が答えた。

「アヤカシは動物にとり憑くと、その動物をモノノケにしてしまうのです。稀に人に憑く時もありますが、それは一時的なことも多く、怪奇現象を起こすことがほとんどなことは、幸村さまもご存知ですね?」

 ああ、と幸村はうなずいた。


 四神島を脅かす魔物、アヤカシとモノノケ。

 アヤカシは『えざる敵』だが、その誕生には謎が多い。未練を残した人や動物の魂、不条理な死に方をした者の魂が何十年、何百年単位かで四神島をさまよい続けたという説。火、風、地、水を司る四霊しれいに飲み込まれた姿。あるいは、四神が住むとされる聖域――神都しんとを攻めようとした者たちの怨念が生み出したもの。また、その怨念こそが負の根源であり、そこから誕生する説。海に現れる霊の類など様々な解釈がされている。また、それを特別な術式を用いてアヤカシを意のままに使役するアヤカシ使いが存在する。

 対し、モノノケは『える敵』。その誕生にはアヤカシが深く関わっており、その姿は獣、鳥、虫、魚、爬虫類はちゅうるい、両生類――動物である。また人に恨みを持つ動物が負に感化され、変貌した個体もいる。いろんな動物が組み合わさった合成獣ごうせいじゅうへと変貌するのがほとんどだ。そしてアヤカシとは違い、闘争本能が高く、人に視えている分、アヤカシよりも恐れられる。また、それらを使役するモノノケ使いも存在する。


 今度は根津が説明する。

「対して、人為的なものは《怪妖円陣かいようえんじん》と呼ばれる陣で召喚されることがほとんどで、簡単に使役できるんすよ」

 さらに才蔵が補足する。

「その場合、だいたい人間にとり憑きます。その人の特技を行使することもできますし、死んだ肉体に憑依させ、痛みを感じない兵――屍兵しへいの類を生み出すこともできます」

 それは主に、西方四神国では一般的な術式であり、アヤカシとモノノケたちが今よりも蔓延はびこっていた時代に使われたらしい。現在、その術式は禁忌とされているが、秘密裏にその禁忌の術式を習得する使い手もいると聞く。

「しかしながら、こいつには厄介なことがありましてね」

「厄介なこと?」

 首をかしげる幸村。

「まず、強いやつを求めやすいこと」

「そして、憑かれた後の潜伏期間が長ければ長いほど、その体の主導権を握り、意思を持ち始めるんです」

「つまり――」

 幸村の心情を察し、才蔵はうなずく。

「佐助はかなりの重度です。二度も見張りを襲っているのがなによりの証拠」


?」


 幸村は才蔵の言葉にひっかかりを覚える。根津と由利は、半ば反射的に目を逸らした。

「……根津、由利。なにを隠している」

 二人の態度をいぶかる主君に才蔵が言う。

「彼らは幸村さまのことを思って、黙っていたのです」

「かばうのか?」

 じろり、才蔵を睨みつける幸村。


「仮にあの時、彼らが真実を告げたとして……犯人が佐助であることをあなたは受け入れましたか? 今でも信じられないのに? お言葉ですが『佐助がおかしい』と言い出したのは、そもそもあなたです。恐れが現実となったまで。あなたの勘は正しかったわけです。なのに、私と彼らを責めるというのは……八つ当たりもいいところですよ」


 容赦なく痛いところを突かれ、幸村は言葉に詰まる。

 わざと咳払いをし、

「……で、どのくらい重度なんだ?」

 話を進めた。才蔵は根津に向き直る。

「根津」

「はい?」

「刃を交えた時、あなたは彼にアヤカシがとり憑いていることに?」

「ええ。まったく」

 それが答えだった。才蔵は再び、幸村に向き直る。


魔封まふうじを持つ根津でも気づかなかったということはアヤカシが同化しつつあり、『人』になりつつある証拠です」


 魔封じ――アヤカシ、モノノケに特効した力である。根津の力はそれらを退治する家業『退魔屋たいまや』からもうらやましがられるほどであり、アヤカシとモノノケのみならず、怪物の頂点に立つとされる鬼をも封じてしまうほどなのだ(ただし、根津の場合は鬼も宿しているため、かなり希有けうな部類である)。

「魔封じはアヤカシ、モノノケ、あるいは鬼には有効な手段ですが、人にはなんの効力もありません」

「手立てはないのか?」

 才蔵の顔が曇る。

「死んだ人間ならとにかく、いかんせん生きている人間ですからね……」

 答えた後、障子の向こう側から小六ころくの声が聞こえた。


「源次郎さま。島田さまと日根野どのがお見えになりました」


 嫌な時に来たものだ、と幸村は舌打ちした。だが来てしまったものはしょうがない。

「通せ」

 許可を出す。才蔵は由利の隣に移動した。

「お取り込み中、失礼する」

 障子が開き、旧臣楼を牛耳る島田と側近である日根野が中に入り、才蔵がさきほどまで座っていた位置に座る。小六は障子を閉め、そこに控えた。

「我らが来た理由、おわかりかな?」

 二人の態度は堂々たるものだ。

「旧臣楼の見張りのことだろう?」

「さよう。此度こたびの現場には、あなたの部下がいたとお聞きしました」

 島田は才蔵を一瞥した後、幸村に視線を戻す。

「あの狩衣かりぎぬの者がね」

「ほう。それは偶然ですな」

「源次郎さま。ごまかしは通用しませぬ」

 島田の声がやや手厳しくなる。

「あなたはここ最近、殺人の調査にかこつけて、我ら旧臣楼を見張っているとか?」

「見張ってなどいない。旧臣楼に現れる人殺しの件をそなたに頼まれ、部下に調べさせていた。それだけのこと」

「ならば、なぜあなたの部下の情報収集とともに人殺しはまた行動を?」

 憤然と言った後、目撃者である才蔵に尋ねた。

「おぬしに問おう。人殺しの顔を見たのか?」


「…………」


「おい! 島田さまが質問しているんだ! 答えろ!」

 才蔵は目で「お答えしても?」と主君に問う。幸村はうなずいた。

「……はっきりとは見ていません。見張りの方を助けるのに精一杯だったので」

「嘘は申しておらんだろうな?」

「はい」

「申し訳ない。こちらもさきほど報告を聞いたばかりで、問い正してもくわしいことはわからなかったんだ」

 詫びる幸村に、ふん、と島田は鼻を鳴らす。

「――あの、島田さま」

「なんだ」

「最近、旧臣楼で妙な動きがあるとお聞きいたしました。なにかご存知ないでしょうか?」

「なにを申す! 無礼者め!」

 島田は才蔵に怒鳴った。

「無礼なのは承知しております。ですが、私たちが掴んだ情報によりますと、幸村さまひいては真田家に対する不満をもらしているとお聞きしました。私の推測なのですが――」

 才蔵は幸村を一瞥した後、島田に言った。

「――我が主君に対し、謀反むほんをお企みになっているのではないかと」

 才蔵の発言に島田は激昂した。


使風情ふぜいが! いい加減なことを申すな!」


 才蔵、根津と由利は目を見開く。

 しばしの沈黙に包まれた。

 その沈黙は才蔵の謝罪によって破られる。

「ご無礼が過ぎました。ひらにお詫びいたします」

「……いや、こちらこそ失礼した」

 島田は咳払いをした後、幸村にも謝罪する。

「お見苦しいところを……申し訳ありませぬ」

「――いや」

「今日のところは、これにて失礼させていただきます」

「ああ。――小六。島田どのと日根野どのを送ってさしあげてくれ」

「かしこまりました」

 小六は障子を開け、島田と日根野は退室した。少年もそれに続き、退室する。

 三人の足音が遠のいた後、才蔵は幸村と再び向かい合う。

 根津が島田の言葉を繰り返す。


「――使風情、ねえ?」


 アヤカシ使い、モノノケ使い、式神使いという呼称は、主に西で使われる呼称である。かつて西に住んでいたのであれば話は別だが、その可能性は低いだろう。

 となると、旧臣楼に出入りしているという『西からの客人』というのが

「こりゃあ、やつらが関与している可能性も出てきたな」

「だが、決定的な証拠はないぞ?」

「……それを言うなよ」

 相棒のもっともな言葉に、がっくりと肩を落とす根津。

「二人ともよせ。島田どのが才蔵をアヤカシ使いと呼んだのも気がかりだが……」


「今は佐助のことを優先するべきです」


 三人はうなずく。才蔵が幸村に進言する。

「幸村さま。私は一刻もはやく佐助を見つけ出します」

 その表情は真剣そのものだ。

「見つけてどうする?」

「……わかりません」

「見つけたとしても、その後は?」

 才蔵は唇を噛み締めた。だが力強く言う。

「ですが、このまま野放ししていては、いずれ領民たちにも被害が及ぶやもしれません」

 口を開く者はなく、沈黙が続いた。

 しばらくして、それは幸村によって破られる。

「才蔵」

「はい」

「ひとまず、佐助のことはお前に任せる」

「領民をはじめ、他のことは?」

「それについては考えさせてくれ」

 疲れたように幸村は言った。

「下がっていいぞ、才蔵」

「御意」

 才蔵は立ち上がり、一礼をして退室した。

「根津、由利。お前たちも下がれ」

「あの……」

 根津が声をかけようとしたが、由利が着物の裾を掴み、首を横に振る。


 ――今はやめておけ。


 根津はあらためて主君を見た。幸村の表情は疲れ切っている。

 相棒の言うとおり、やめておいたほうがよさそうだ。


「……失礼します」


 退室する。由利もそれにならい、根津の後に続いた。

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