第43話 一時の休息。

 修二はハーキュリーズの機内で突然と目を覚ました。自分が今、何をしているのか記憶がハッキリとしていなかった。


「…目を覚ましたか。」


 修二の耳から懐かしい声が聞こえて、そっちに目を向けた。

 それは足を組み、気だるい感じでファッション雑誌五年分を読んでいた忍だった。


「神崎! 何時、帰って来やがった!」


 修二は体を勢いよく起き上がり、早速、忍にいきり立っていた。


「お前が幻魔ごときの手刀で意識が混濁している最中だ。」


 なんでコイツは急に喧嘩を吹っ掛けてくるのか疑問に思った忍は呆れた表情で答える。


「はあ! ふざけんな、俺はまだ負けてねぇ!」


「いや、負けてた。アイツ等は俺と違って人間を殺すのに抵抗しない。ちゃんと致命傷を与えていれば勝てたのをお前は右脇腹を狙った。確実に狙うなら心臓だ。」


 忍はファッション雑誌を読むのを止めて立ち上がり修二と向き合って話す。


「……。」


 忍の言っている事は修二にとっても分かっていた事だった。だが、修二のプライドが邪魔をし簡単に受け入れる事が出来なかった。


「…いい加減分かれ、アイツ等は人間の姿をした悪魔だ。こんな所で殺す殺さないで揉めてる場合じゃない、俺達が今までやってきた喧嘩ごっこじゃないんだ。本当の――――命の取り合いだ。」


「だが俺は納得できねぇ…アイツに負けた事とアンタが一方的にアイツを叩きのめしたのが俺にとっては一番腹立たしいんだよ。」


 修二も立ち上がり忍と睨み会う様に身勝手な反論をする。

 それはもう一触即発の事態だった。ここで双方が戦闘を行えば飛行機は墜落する恐れもあり、雅がクナイを持って修二を殺し兼ねない。

 そんな緊迫した状態で、桐崎が修二のケツを思い切り蹴り上げ、忍には片手で胸ぐらを掴み頭突きを喰らわせる。

 二人は痛みで悶絶し負傷させた桐崎を涙目で睨んでいた。


「目ぇ覚めたか、この馬鹿共。ここでアホなテメェ等が喧嘩したってクソ悪魔共の思う壺だ。良いか? アイツ等が気に入らねぇなら、昔みたいにボコボコにしてしまえ後始末っていうのは大人がやる事だ。ここで喧嘩してるテメェ等は、まだケツの青いガキだ。立派な大人として認められたかったら、やる事やってリベンジしてこい、この戦闘馬鹿共。」


「桐崎、テメェ…何回馬鹿って言った。」


「このボケ師匠、ふざけた事抜かしやがって…上等だ! やってやるよ! アイツ等、倒せるなら人間やめてやるよ!」


(兄さんと張り合う時点で人間じゃないよ。)


 輝は修二が忍と張り合う時点で人間扱いされなくなっていた。そのまま修二達を乗せた飛行機は日本まで帰国した。



 一方その頃、暗く激しく光るスポットライトしかない部屋で洋は中心に立っていた。


「報告せよ神崎洋。」


 何処からかスピーカーの声が室内に響き渡り、洋は内心タメ息を吐きながら発言する。


「今回、各国の首脳の皆様が不信に思われている事が事実になりました。悪魔が人間界の領域に進入してきました。我々と天使との協定を破り、更には数多の人間を殺しました。それも悪人限定で…。」


 スピーカーからは不安になったざわめきが聞こえてきた。


「奴等の狙いは『覇気使い』の“絶滅”です。『覇気使い』が世の中から消滅すれば邪魔するのは我々、人間しかいません。奴等にとって人間は脅威ではありませんから…けれど我々も黙っている訳にはいかなくなりました。この件を天界に報告したところ一人の天使を派遣してくれる事になりました。」


 洋が天界に幻魔達の行動を報告し、天使が人間界に来るのを周りが聞くと歓喜に包まれた声が響く。


「ご紹介しましょう、大天使のアルカディアです。」


 暗闇から全身に白いスーツで身を包んだ男、アルカディアが現れる。

 洋の隣に立ち深々と綺麗なお辞儀で首脳達に一礼をした。


「この度は私達、天界の監視不足により悪魔を人間界に進入させた事を心から、深くお詫び申し上げます。」


 アルカディアは天界の力不足に対し、丁寧な口調で首脳の代表に謝罪を表していた。


「また更に不安を煽るようですが報告があります。魔界で『魔王ウロボロス』が密かに『魔導使い』の組織を作っていた事が分かりました。」


 アルカディアは頭を上げて『魔導使い』という初耳な単語を放ち、首脳達は驚きを隠せず再びざわついた。


「私達の調べによりますと『魔導使い』は『覇気使い』とは違う異質な力です。『覇気使い』は力を発揮する能力であり、『魔導使い』は現象を起こす事が分かりました。」


「じゃあ、どうやって倒すのですか?」


 スピーカーから翻訳された言葉が流れた質問に対し、アルカディアは答えた。


「彼等とて悪魔なのは変わりありません。悪魔の弱点は心臓を木っ端微塵に潰す事です。けれども通常兵器でも核兵器では倒せません、『覇気使い』が希望の鍵です。私は貴方達に約束しましょう、必ず悪魔を倒し平和を守ります。」


 アルカディアの必死な演説により、納得した首脳達は拍手と賛辞の言葉を送っていた。

 隣で眠りこけていた洋は腕時計を見て、思い出したかの様な表情でアルカディアの肩にトントンし耳打ちをする。


「ありがとう。」


 話を聞いたアルカディアは洋に礼を言い部屋を退出する。

 引き続き洋が首脳達に進行を務めようした。が、一人の神父が申し訳なさそうとした後悔の表情を浮かべて、洋に近づき耳打ちをする。


「マジで? …分かった。じゃあ後は任せた。」


 洋も部屋から退出し、報告した神父が代わりを務めた。

 部屋から豪華な廊下に出て、携帯電話を持った神父が洋に手渡す。洋は廊下を歩きながら気だるげに応答する。


「おい、親父。『地獄門』を開けるから準備しろ。」


 電話の相手は忍だった。いきなり不機嫌な様子で父親に命令していた。


「忍…というか今回は誰に操作してもらった?」


「あ? ちゃんと俺が操作して電話した。」


 洋は忍の言葉が完全に信用できなかった。その訳が子供の時から忍は機械音痴で、携帯電話どころか目覚まし時計ですら設定できないほどだった。

 忍は気に入らない物は、自分から折れない限り覚えない頑固な性格であったので、いなくなった五年で覚えるのが有り得なかったからだ。


「あのな俺だって覚えなきゃならねぇ事があったんだよ。あの五年間で使い方は知ったし、ちゃんと成長してんだよ。」


「まあいい。それより何時帰って来た?」


 洋は暫く歩いてる内に手頃な椅子を見つけ、深々と座り通話を続ける。


「今日だ。帰って来た時に悪魔の力を感じ、急行すれば品川修二と戦っていた。俺の個人的な約束事で守った。そして『魔王契約書』で勝手に契約した。」


「…聞きたくないが期間と契約失敗の内容は?」


「三ヶ月と失敗すれば『覇気使い』全員の命を無条件で差し出しだ。」


「…勝手に『覇気使い』の命を賭けたのか? それで『地獄門』を開けろと? まあ、勝てるなら開けても良いが……。」


「…アンタの所に天使がいるな?」


 忍の見透かした発言により、洋の表情が強張り、手に力が入り携帯電話に亀裂が出た。


「忍、コレはもう戦争だ。お前がガキみたいにやってた『覇気使い戦争』じゃないぞ?」


「そんなの知ってんだよ。俺も奴等に借りがあるからな、それを精算するまで俺も『地獄門』に籠るつもりだ。」


「お前が一ヶ月も持たなかったのに三ヶ月もするのか? 後、俺もって言ったな? もう一人いるのか?」


「俺と品川修二だ。」


 二人の名前を聞くと洋は強張った表情は緩み、深く考え込み、難しい表情になった。


「…大丈夫なのか? 敵を強くする事になるんだぞ?」


「今のままで戦っても良いが、後々あの悪魔共に邪魔をされたくないし、アイツが弱いままで決着するぐらいなら本当に殺してやる。これは俺のプライドの賭けだ。誰にも邪魔はさせねぇ、誰にも俺との戦いに水を差す事は許さねぇ、そんな覚悟で俺はいる。」


「…『地獄門』はイギリス女王と鮫島組長の許可がいるぞ?」


「よりによってクソババアと頑固ヤクザかよ。」


 電話越しからでも分かる。忍の呆れと参ったという悩む声が、洋にしてみれば愉悦に感じた。


「どうやって行くんだ?」


「『闇の覇気』で行く…他に何かあるか?」


 忍は洋に引き続き何か用件はあるかと聞いた。


「いや、ない。そっちは?」


「俺もない、それじゃあな。」


 数少ない親子の通話は切られた。五年間で変わった忍を微笑ましく思い椅子から立ち上がる。が、いつの間にかアルカディアが立っていた。


「神崎忍くんですね。まだ復讐を考えていますか?」


「えぇ、けれど禍々しく感じた復讐心がなくなっているのは確かです。あの五年で何かあったんでしょう。」


「神崎洋さん、私は忍くんと話し合おうって思っております。この件が終わり次第…例え私が彼に殺されようとなる事態になっても…。」


 アルカディアは洋に死ぬ覚悟の意を見せる。


「…その代わり死にかけても止めませんよ?」


「えぇ、大丈夫です。」


 お互いに冗談を交え談笑をしていた。



 場所はハーキュリーズに戻り、通話を切った忍は携帯電話を静かに閉じる。


「話は決まった。これからイギリスへ向かう、『地獄門』を開けるのに許可がいるらしい…今回はイギリス女王と鮫島組長だ。」


 忍は二人に不機嫌な表情を表し、輝は苦笑いを浮かべ、雅と桐崎は納得し、修二だけは訳も分からず呆けた表情でいた。


「あー畜生! なんで、あのクソババアと頑固ヤクザと交渉なんだよ!」


 忍は携帯電話を機内に叩きつけて怖そうとした。が、この携帯電話の持ち主が修二だと思い出し投げ渡す。


「おい、精密機器なんだぞ! ちゃんと丁重に扱えよ。この機械音痴。」


「あ? ちゃんと扱える様になりました。お前も、あの地獄のような五年を過ごしてみろ、ストレスで倒れそうになるぞ。」


「どんな世界に行ったんだよ…。」


 修二は忍の話が眉唾物で信じられなかった。


「…それより俺はイギリスに行く。お前も来い、話を円滑に進める為だ。」


 忍は『闇の覇気』を使用し、イギリスに繋がった『ダークネスホール』を機内で作り出す。


「…良し!」


 修二は決意を固めた表情で堂々と『ダークネスホール』に近づく。が、立ち止まり振り返って皆に微笑みかけた。


「また三ヶ月後に!」


 この場にいる三人にそう告げると修二は『ダークネスホール』の中へと入り消えた。


「ちゃんとアイツの面倒は見る。下手なヘマをしなければな。」


 忍は修二を任せろと三人に伝える。と、忍も『ダークネスホール』に入りイギリスに到着した。忍達が立っている場所は適当に選んだビルの屋上だった。

 修二は初めて来た。綺麗なイギリスの町中に目を輝かせていた。


「あんまり派手に動くなよ、俺達はパスポートを持ってない不法侵入者だ。犯罪者になるのは勘弁だならな。」


「分かってる。そんじゃあ行こうぜイギリス女王様に!」


 修二達はビルの屋上から降りる階段までゆっくりとイギリス女王がいる城まで向かった。

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