第41話 新たな戦い。
暫くすると修二は目を覚まし、立ち上がった。先程までの痛みはなく、寧ろ体の奥底から力が溢れ出て、心地よい感じだった。
「なんだコレ! 最高じゃねぇか。」
その場で修二は子供がフカフカのソファーを跳ねる様にジャンプしながら体調を確認する。
体は軽く感じ、周りを走ったり跳んだりしても疲れを感じなかった。
「そろそろ降りねぇとな。」
確認が終わると修二は輝が外で待機しているのを思い出し階段から戻る。が、修二は祭壇に振り向き感謝の一礼をして階段を降りる。
修二を待っていた輝達はテントを建て、一夜を過ごした。明朝に起き、降りるのを待っているだけで昼が過ぎていた。
「兄さんの時も大変だったな。一週間は待たされたっけ?」
「そうですね。忍様の時は別格でしたから……。」
携帯食糧の缶詰めを開け、フォークで食事しながら二人は談笑していた。
「品川の場合どうなるんだろう?」
「明日か明後日ぐらいだと思います。」
「今、戻りました!」
二人が修二の噂をしていると本人が元気よく背後から声を掛けて帰還を果たしたのだ。
「早かったね。明日ぐらいには掛かると思ってたよ。」
「いや~途中で死ぬかと思いましたよ。何せ暑かったし、汗も出なくなってたので。」
体の危険があるにも関わらず、修二は笑って平気と主張していた。
「貴様、本当に人間か?」
流石にピンピンとしている修二に人間かどうか怪しく見えた雅だった。
「そうなると輝さんも怪しくなるぜ?」
「ふん、輝様と貴様達は鍛え方が違うのだ。」
「取り敢えず、喧嘩は止めて食事にしない? 品川もこんなに痩せ細ってるから。」
取り敢えず二人は喧嘩を止め、輝から荷物から取り出した缶詰めを三つ受け取り食事する。
食事をした事により修二の肌はツヤを取り戻し、血色が良くなった。数時間の休憩により、体力を万全に回復した修二は立ち上がる。
「良し! 帰りましょうか。」
修二は帰宅の準備を始める。が、輝と雅は何かを察知したのか動かず、ジッと誰もいない岩山を見つめていた。
「おめでとう品川修二、遂に『太陽の覇気』を手に入れたな。」
何処からともなく修二を祝う拍手と声が砂漠地帯に響き渡った。
流石の修二も気になったのか辺りを見渡す。
「ここだぜ、品川修二。」
岩山から二つの黒い霧が飛び降り、砂を舞い上がらず着地した。
必死な表情で輝と雅は素早く右手を翳し、閃光のビームと砂を巻き込んだ竜巻を“ソレ等”に躊躇なく放った。
修二には輝達の行動が謎に思えた。が、その考えは直ぐに改めさせられた。
一人の“ソレ”がビームと竜巻を片手ずつ触れると、硝子が砕ける音を立て、ビームと竜巻を『破壊』し攻撃を無効にした。
「…品川逃げろ! コイツ等は!」
だが、輝が言い終わる前に“ソレ”は人間とは思えない素早い動きで修二に近づいていた。が、その行動に気づいた雅は数本のクナイを投げる。
クナイは“ソレ”の背中に命中し、痛みで修二から遠く離れた。
「浄化されているクナイか…流石、神崎の暗殺部隊。見事に弱点を狙ってくる。もう姿を隠す必要もないな…。」
“ソレ等”は必要なくなった黒い霧を右片手で取っ払い、姿を現した。
姿を現したのは病気的に肌が蒼白、暑い場所では不釣り合いな黒い革製コートと黒いレザーパンツ、中は黒のタンクトップシャツ、瞳は血の様に紅く、不気味な男達だった。
修二は一目で男達を見た瞬間に、何かが違う事に気づいたのだ。
「…コイツ等…“人間”…なのか?」
目を開き修二の本能的直感で目の前にいる人物は“人間”なのかと疑ったのだ。
「さっすがぁ~! そこまで分かった? 俺達が“人間”じゃないって? じゃあ何しに来たと思う? ……殺しに来たんだよ。」
先に攻撃したのはトラッドモヒカンの男で、その人物は楽しそうな表情で殺気を放っていた。
「品川逃げろ! ソイツ等は『悪魔』だ!」
輝の衝撃的な発言により驚愕が隠せない修二。それもその筈、空想上と物語でしか存在しない生物が目の前に現れ、殺意を持って敵になっている事が未だに信じられなかった。
「自己紹介は必要か? 俺は
「『魔導使い』? 魔法使いの間違いじゃねぇのか?」
幻魔の口から聞き慣れない単語が伝わったので、修二は煽るように軽口を叩く。
「残念だが、魔法使いの方が優しいぞ。」
幻魔が一歩近づくと輝が『光の覇気』で閃光の如く光速移動し、ボレーキックで幻魔の頬に一撃を与えた。
幻魔は大きく吹き飛び、岩に激突し砂煙が舞い上がる。
「今だ! 僕達が足止めするから…!」
すると割って入るようにミディアムパーマの優男が輝と拳を合わ睨みあった。
「お初にお目にかかります神崎輝さん、私は
「僕は知りたくないね。」
「好魔! ソイツは殺るなよ? 神崎輝も品川修二も俺の獲物だ。」
輝に頬を蹴られ、完全に勢いで首が百八十度に曲がっているにも関わらず平然とした幻魔が、首を元に戻し現れた。
「えぇ、分かってますよ。」
好魔は笑顔で了承した。が、修二の前に雅が守るように現れる。
「早く逃げろ、輝様の願いを無駄にする気か!」
「分かってる。けどよ…足が何かが捕まって逃げられねぇ!」
修二は必死にもがき、輝の指示通りに逃げようとする。
「無駄ですよ。私の『魔導』で『逃げる事を否定』しました。」
好魔の能力により逃げる事ができなかった。
「そうなっちまったら立ち向かうしかねぇな。使うぜ、『太陽の覇気』を!」
修二が全身に力を込める。すると修二の両手に燦々と輝く太陽の炎が纏う。
「それが『太陽の覇気』! …素晴らしいじゃないか! さあ、それで俺を倒してみせろ!」
幻魔は無抵抗に両手を大きく広げ、まるで殴ってくださいというポーズで待っていた。
「言われなくてもやってやるよ!」
修二は幻魔に向かって走る。右拳を構え、腕に膂力を込め、今まで『覇気使い』を倒してきた渾身の一撃を幻魔の頬に叩きつけた。
だが、普通なら喰らった者は視界がフラついたり、足がガクガクと震えたり、何かかしら体に異常をきたす。が、この幻魔は何かしたかと平然とした表情で次の攻撃を待っていた。
「どうした? 終わりじゃないだろ? この程度のパンチが全力とか言うなよ?」
幻魔の挑発に修二は乗ってしまい、全力で両拳を使い、急所、関節、人間が無事ですまなくなる攻撃を繰り出す。
だが、幻魔は平然としており笑っていた。
(コイツの体はどうなってやがる! 確かに感触はある。忍みたいに特殊じゃないのは一目瞭然だ。)
修二は幻魔の後頭部を抱くように掴み、そのまま下に誘導するように向けて、鼻の中心に膝蹴りを繰り出した。
拘束から解放された幻魔は鼻から血をダラダラと流し、修二に不適な笑みを浮かべていた。
「お~痛い痛い。でも、もっとあるだろ? こんなお遊戯みたいな戦いじゃなくてよ?」
一方的な攻撃で狂喜に楽しく笑っている幻魔は修二を更に煽り立てる。
(駄目だ。品川、そんな生温い攻撃じゃ悪魔は倒せない。雅は何をしている!)
「輝さん、木元雅に頼っても無駄ですよ。私が手出し出来ないようにしましたから。」
好魔の言葉に輝は横目で雅を見る。雅は懐からクナイを出そうとしているが、体が自由に動く事が出来ず、唇を噛み締め血を流していた。
「何故、品川を狙う?」
「知らないのですか? 彼は『覇王の候補』なんです。魔王様の命令で始末しに来ました。勿論、この場にいる『覇気使い』諸々でね。」
「ふざけるな。『覇王』なんて聞いたことないぞ。」
輝は好魔の口から聞き慣れない単語が発言され、怒りを露にし反論する。
「まあ、信じる信じないのは勝手ですが。もう終わりそうですよ彼?」
「!」
その頃、修二は蹴りも駆使し顎や鳩尾に一撃を叩き込んでいく。が、幻魔は平然としており表情が次第にガッカリとしていった。
「…神崎忍を倒したのを聞いて期待したのに、このザマでは呆れて物が言えなくなる。この下等生物が!」
怒りを露にした幻魔は右腕を大きく振りかぶり、ラリアットで修二の頭を殴る。
修二は幻魔の一撃により簡単に倒れてしまう。
「この野郎、ふざけた真似しやがって俺をガッカリさせやがって!」
幻魔は無抵抗に倒れている修二の腹に蹴りを入れる。
修二はマトモに喰らい、苦悶の表情を浮かべ体中にある空気を吐き出してしまう。
「お前はゴミだ。なんの価値もない、俺をガッカリさせたお前の罪は重い。」
幻魔は右足で修二の顔を踏み、徐々に力を入れ頬骨を砕こうとする。
修二は悲痛な声を上げ、幻魔は苦しむ表情を見て愉悦に笑っていた。
「そこまでにしてもらおうか、クソ悪魔。」
岩山で桐崎の静止させる声が響いた。辺りを見渡すと司祭平服を来た神父達が岩山で包囲しており、幻魔達にアサルトライフルを向けていた。
「……。」
その光景を見た幻魔は怖じ気づいたのか力を弱め、修二の顔から足を離す。
「これで動けるだろ雅。」
桐崎は好魔の能力が解除された事を知り、自由に動けると伝えられた雅は、修二に近づき担ぎ上げ、幻魔から遠く離れた。
「…はあ~この人間界に来てから失望されぱなっしだ。イスラムの兵器を持った良く分からねぇ奴等は崇めるし、神崎忍を倒した品川修二の実力を確かめてみたら弱く脆かった。楽しくねぇんだよ、コッチは戦ってーーー死にてぇのによ!」
幻魔は何もない空間に手を突っ込み、力一杯に引き裂く。
そこは暗く何も見えない空間だが、無数に赤く発光する何かがいた。
「行け、ゴブリン共! 好きなように暴れろ!」
狂喜に幻魔が叫ぶと、空間から人間のサイズより小さい棍棒を持ち、毛皮の腰巻き、緑色の小人、ゴブリンが現れた。
ゴブリン達は目を血走らせ、息を荒くし、周りの人間に殺気立っていた。
「撃てぇぇぇぇぇッ!」
桐崎の掛け声と共に、神父達はゴブリンに向かって乱射し始めた。
マトモに銃弾が当たった数匹のゴブリンは簡単に絶命した。が、攻撃を免れたゴブリンは神父を殺そうと崖から這い上がって来る。
「ハリアー、アパッチ用意!」
桐崎は更に無線機で命令を下し、上空からハリアーとアパッチヘリを呼んだ。
ハリアーはジェット移動の速さで機銃を乱射し、ハリアーは機動力で岩山を這い上がろうとするゴブリン達を一掃していた。
「アレは人間の兵器か。まさか空まで飛べる物を開発していたとは…進化したな。」
幻魔は一方的にやられているのに笑っていた。
「クソッ! ゴブリンが多すぎる!」
雅はクナイを逆手持ちで押し寄せるゴブリン達を『風の覇気』を組み合わせ切り刻んでいた。
そして輝は好魔の隙を狙い、『光の覇気』でゴブリンの眉間にビームであしらいながら雅に合流する。
「品川は?」
輝は無数に光の球体を作り、周りに放つ。その球体は輝達に近づくと自動にビームで攻撃してくれる仕組みの物だった。
そして輝は気絶している修二の安否を気にする。
「頭と体を強く殴打されているだけです。命に別状はありません。」
「そうか、なら今のうちに逃げよう!」
「…待ってくれ輝さん。」
その時、修二が悲痛な声を上げながら目を覚ましたのだ。
「品川、奴等は今の君じゃ勝てるレベルじゃない。僕一人だけでも上級悪魔を倒せなかった。だから撤退するんだ。」
「分かってます。…けど一つだけ我が儘を聞いてください、あの幻魔に一泡吹かせたい。」
この場にいる撤退の思いを無視する言葉に、早く反応した雅は怒りを露にし、修二の胸ぐらを掴む。
「貴様、まだ分からないのか! 輝様がどれだけリスクを犯してまで貴様を『覇気使い』に戻したと思っている! 死にたいなら勝手に自分から死ね!」
「分かってんだよ! けどよ、ここで退いたら忍に顔向けなんてできねぇ…約束の時まで、あの幻魔を倒して驚かせる。」
雅は舌打ちをして修二の胸ぐらを離す。真剣な表情で輝は顎に手を当て深く考える。
「……分かった。でも、条件はある。必ず、幻魔の何処でも良い。肉体を損壊させる攻撃をするって約束できるなら協力する。」
「輝様!」
雅が輝の無茶な作戦に物申そうとした。が、輝は右手で静止した。
「…大丈夫。五年前だって品川は不可能を可能にさせてきたんだ。多少の無茶は承知の上だし、あの悪魔が気に入らないのは満場一致なんだ。」
「ありがとうございます。」
「皆、作戦はこうだ。」
輝はヒソヒソ話で修二を幻魔の所まで向かわせるか提案をした。
「分かりました。やってみましょう……おい、品川修二。しくじるなよ?」
雅は立ち上がり、袖と懐から大量のクナイを取り出し、修二に念押しする。
「任せろ。」
修二は真剣な表情で幻魔を見据え準備していた。
「幻魔!」
輝は怒気が籠った大声で幻魔の名前を呼んだ。
「…なんだ? 次の相手はお前か? ひ~か~るちゃん。」
幻魔は輝に体を向けて、更に人をイラつかせる態度で煽る。
「受け取れ! 『シャイニングメナード』!」
輝は嘗てない程の一直線に巨大なビームを放つ。
そのビームに巻き込まれたゴブリンは一瞬にして消し炭と化し、幻魔に向かっていた。
「素晴らしいぞ! 輝ちゃんよ!」
幻魔は右片手で光のビームに触れる。幻魔の手は焼ける事もなく押し切る事もなく触れているだけだった。
するとビームは粉々と欠片になり、硝子が割れる様に消滅した。が、ビームが消滅した先に修二が飛んでいた。
そう輝が考えた作戦は、ビームの後方に修二を隠し、素早く幻魔の所まで移動させるため、雅の追い風を利用し、この様な結果になったのだ。
突然の出来事で幻魔は反応できず、後方から雅が大量にクナイを投げ込む。
クナイは修二を素通りし、幻魔の関節部分に深く突き刺さる。これで身動きが取れなくなった幻魔に対し、修二は『太陽の炎』を纏った右拳で右脇腹を殴った。
幻魔の体に接触して止まっても修二は雄叫びを上げ、拳に力を込めて、ごっそり骨ごと肉を抉った。
抉った所からは赤い血ではなく、紫色の血が流れ出た。
「……。」
幻魔は初めて呆然としていた。この数分間の中で致命傷を負わされからだ。それも自分がゴミ扱いしていた人間にだ。
そして誰もが修二の結果に“やった”と勝利を確信し思った。だが…
「まだ爪が甘いな。」
幻魔は高らかに左手を上げ手刀の形にし、修二の後頭部に狙いを定め振り下ろし地面に叩き込んだ。
「がはっ!」
修二は幻魔の手刀を喰らうと意識が混濁し、視界が揺らいだ。
「攻撃は悪くなかった。好きだぜ、こういう命知らずの戦法はな…けど残念だ。“明確な殺意”がないから俺を殺し切れなかったな。」
修二に話しながら幻魔はクナイの全てを引き抜き、たまたま近くにいたゴブリンの首根っ子を右手で掴む。
何か分からないゴブリンは暴れ抵抗する。が、幻魔は無視して大きく口を開き、ゴブリンの頭から喰らった。
そしてボリボリと骨ごと喰らい、完全にゴブリンを食べきると抉られた体はトカゲの尻尾みたいに完全再生した。
「…でも、取り消す。ゴミじゃない、お前は最高の戦士だ。だから心臓を潰し楽に殺してやる。」
嬉しそうな表情で幻魔は右手を構え、俯せで倒れている修二を左手で首を掴み持ち上げる。
雅と輝が急いで動こうとした。が、タイミング悪く好魔が立ちはだかっていた。
桐崎がデザートイーグルを懐から引き抜き、両手で標準を合わせる。が、距離が遠すぎるため撃っても幻魔に当たらなかった。
幻魔は右腕を奥まで引き伸ばした。
「楽しかったよ。次、悪魔に生まれ変わったら色んな事を教えてやるよ。」
幻魔は名残惜しそうだったが、躊躇なく修二の胸に右手を突き刺した。
その光景は周りの誰もは、幻魔が修二の心臓を潰したと絶望を想像した。
だが、幻魔の右手は修二の胸先へピクリと停止していた。
「な、なんだと!」
「…ソイツが殺されたら五年前に約束した事が守れなくなるんでね。悪いが阻止させて貰った。」
幻魔の近くに“黒い渦”が出現し、そこから右手が飛び出し、右腕をガッチリと力強く掴んでいた。
ここにいる輝、雅、幻魔、好魔、桐崎は耳を疑った。
黒い渦は肥大化し、人間が通れるサイズになるとソイツはコツコツと足音を立て現れた。
それは聞き覚えのある声と圧巻的な存在、かつて五年前に『最強』と呼ばれ、突然と失踪した。
神崎忍が目の前で突然と戦場に現れたのだ。
「戻ってきたぜ。」
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