第29話 パーマの絆。

「……。」


 桐崎は輝が言っていた『覇気の限界突破』に、あまりにも良い考えとは思えないという難しい顔を浮かべて見ていた。


「どうしたんですか、桐崎さん?」


「…いや、なんでもない。」


「そうですか…明日までに完成するのですかね?」


 吹雪はイメージで最強そうな技が修二に会得できるのか好奇心で気になっていた。


「…お前も会得したいと思うか?」


「どうなんでしょう? よく分からねぇ物には触れたくないっていうか…。」


「たまに人間に戻りたいと思う時はないか?」


「良く質問の意味が分からないんですけど…。」


「まあ、ただの世間話と好奇心だ。お前はやれる事だけに集中してくれ。」


 そう言った桐崎は吹雪から離れ、特訓で疲れて休んでいる輝に近づく。



 その頃、相川と仲村は双眼鏡で大きな霧に包まれている海道の丘を離れ小島から見張っていた。


「…明日には霧が晴れるッス。」


「僕たちの目的は神崎忍の動きを報告する事だからね。それしか僕たちは出来ないから…。」


 相川は自分自身の実力不足に落ち込んでいた。


「そう暗くなるなッスよ。これも輝さんが言った事ッスから役に立つはずッスよ。」


 仲村に励まされ少し気分が晴れた様子の相川だった。



 その一方、竹島と胴着を着ている南雲が竹島道場で空手の基本動作を練習していた。


「意外だな。お主が空手を教えてくれと言うとは…私は元々は敵だったのだぞ?」


「俺の能力に欠陥が見つかったからな、それを補うために体を鍛える事にしたんだよ。もし、これが完成すれば竹島権田、お前を超え俺は全てにおいてNo.1の男になれるからな!」


「…説明が長い、うるさい、自意識過剰なのは負けても治らなぬか。」


「あぁ!? もう一度言ってみろ!」


 ポツリと呟いた愚痴が南雲の耳に入り、過剰に反応を示し怒りを露に竹島に絡む。


「それに面倒くさい。」


 ギャーギャーと異議を唱える南雲の行動に頭を抱え竹島は呆れていた。



「『覇気の限界突破』は今日の一日で完成させるよ。急ピッチでやるから体力が厳しいと思うけど覚悟はできてる?」


「大丈夫です!」


「じゃあ僕の真似から初めてみようか。」


 輝は『光の覇気』で体を発光させ、その光は黄金へと変貌した。


「おー!」


「これが『覇気の限界突破』。これは『覇気使い』全員が関与してる事で黄金色に変われば成功だよ。」


「はい!」


 修二は早速、輝に言われた通りに『炎の覇気』で体を燃え滾らせる。

 輝は邪魔にならないように『覇気』を解き、修二から離れて座る。


「お前、この後の事を考えてるのか?」


 桐崎が輝の隣に座り、今後の事を考えているのかと問い掛けた。


「…いえ。」


 輝は簡単に考えていないとアッサリと返事した。


「忍に勝った後も負けた後も考えていないとは…俺は再び海道から出るぞ。その頃の修二を誰が面倒を見るんだ?」


「それは神崎の権限として…」


「忍が認めなかったらどうする? 『覇気の限界突破』を使用した後はどうなるか教えてやれよ。」


 桐崎は食いぎみに突っ掛かり、修二が使用した後のデメリットを教えろと輝に申し立てる。


「じゃあ彼が聞いて、やらないって言ったらどうするんですか? また時間を無駄にして候補者が見つかるまでやりますか? お願いです。桐崎さん、もうチャンスはこれしかありません。アナタが『月の覇気』で兄さんに幻覚を見せても三日が限界です。品川が突破口なんです。」


「品川を殺す気か?」


「その時は僕も償いで自害します。」


 輝は死の覚悟を表し桐崎と向き合った。桐崎も納得はできない雰囲気ではあったが、なんとか心を折り輝の考えを受け入れて目を閉じ、心を落ち着かせる為に押し黙る。


「…その時が来たら責任を持って俺が殺ってやる。」


「その時は頼みます。」


「…お前等はまだ若い命を無駄にするな。これが成功したら次は保身的な考えで生きろ。そうじゃないと後悔しても知らないぞ。」


「えぇ、ですから後悔しない為にも僕たちは必死に生きる事に足掻くつもりです。それもヨボヨボの老人になるまで。」


 輝は得意気な表情で皮肉混じりに未来の自分自身を桐崎に語る。

 もう桐崎は笑うことしかできなくなり後は全て輝に委ねる事に決め、これ以上は言わなかった。


「あ、できた。」


 そして二人には数時間とも思える中で修二が黄金の炎を体に纏い驚愕していた事に気づいた輝は次の指示を出す為に立ち上がり近づく。


「それじゃあ、そのままを維持して炎を力にするイメージでしてね。」


「はい!」



 そしてゆっくりと修二が強化される中、運命の翌日はやってきた。

 居眠りしてい仲村は異変に気付き目覚めた。昨日、相川と一緒に張ったテントから姿を表し急いで走る。

 そして朝食のクロワッサンを黙々と食べ、やや疲れて眠りこけている相川の隣に立ち、双眼鏡を覗き込む。

 そんな仲村の行動に気がついたのか相川も急いで双眼鏡を持ち覗く。

 海道の丘を覆っていた霧が少しずつ晴れていき、忍の姿を表す。


「…やっと三日か。流石に飲み物がないのはキツかったが、まあいい。」


 忍は周囲を見渡し、相川と仲村がいる島を直視しる。


「流石に、これだけ離れてたら力が強くても人間の視力じゃ見えないよね?」


 相川が双眼鏡を顔から放し、集中している仲村に話しかける。


「それって漫画では良く言う死亡フラグッスよ。残念ながら兄貴は見えてるッス。その証拠に家に帰ったッス。」


 相川が確認の為に再び双眼鏡で覗き込む。と、そこには忍の姿は微塵もなく消えていた。


「これは輝さんに連絡しないと!」


 相川は携帯電話を取り出し、修行中の輝に連絡する。



「…分かった。それじゃあ君たちは帰って休んでて…ご苦労様、ありがとう。」


 輝は携帯電話を閉じ、真剣な面持ちで三人に目を向ける。


「…その様子だと忍が出てきたそうだな。」


 桐崎が輝の様子に納得した表情でマグカップに注がれた湯気が立ち込めるブラックコーヒーを飲む。


「はい。多分、家に帰って支度し海道港倉庫で荷物をフランスに送る準備をすると思います。ですから僕たちが仕掛けるのは明日の朝です。」


「それじゃあ俺は『覇気の限界突破』を使えるよう今日中に完成させておけばいいのか…。」


 修二は少し顔が強張り、忍との戦いが不安に駆られ緊張している様子だった。

 そんな固まっている修二を見て輝は微笑み…


「大丈夫だよ。君なら兄さんを驚かせる程に強くなってるさ。」


「輝さん。」


 だが、修二は忍の実力を嫌というほど身に染みて理解していた。修二にとって不安なのは、この技が忍に本当に通じるのか疑心暗鬼に陥っていた。


「……。」


 そんな暗い表情の修二を遠くから難しく深刻そうな表情で見ていた吹雪がいた。

 吹雪は修二の為に何か出来ないかと考えていたが足りない頭で考えても無駄なので実力行使という事で何かを決意していた。



 一通りの修行を終え、夜になったので翌日の為に備え一足先に寝袋で眠る修二と輝。

 吹雪は二人が眠った事を確認すると寝袋から出て立ち上がり、洞窟に出ようとする。


「こんな物騒な夜に散歩か? あんまり良い趣味とは思えないな。」


 だが、吹雪の行動が見透かされていた様に桐崎が夜食のカップ麺を啜りながら声を掛けた。


「…行かせてください。俺になんにも出来ねぇけど役に立てる事があるなら…神崎忍を疲れされることぐらいは出来る筈です。」


「…死ぬぞ、宣言しておいてやる。俺は止めないし、勝手に死のうが勝手だからな。あの馬鹿が動いたなら腕をへし折って行かせなかったが、お前は別だ。さっさと行け。」


 そう桐崎が冷たい言葉であしらい、吹雪に忍の元へ行かせる。

 吹雪は桐崎にお辞儀をしてから、洞窟の出口まで走り去った。


「…これだから血の気の多い馬鹿共の扱いに困るんだよな。これで俺の苦労が分かっただろ? この話を馬鹿に聞かせたら止まらねぇし、面倒くせぇ事にもなる…輝。」


 暗闇の影から寝ている筈の輝が現れた。


「彼が時間稼ぎに出てくれたのは予想外でした。計画を変更します。今すぐ品川を起こします。」



 海道港倉庫エリアに忍はいた。朝から解放された忍は先ず着替え、三日振りの食事を取り、予定していたフランスに荷物を郵送する作業に取り組んでいた。

 忍は灰色のチェスターコート、中には紺色のワイシャツ、黒いスラックス、高級な革靴に着替えていた。

 そして船への積み込み作業が終わり、暇を持て余していた忍は海道の暗い海を空虚な瞳で見つめていた。


「…意外だな。俺は品川修二が来ると予想していたんだが…お前が来るとは吹雪雅人。」


 忍は海を眺めながら離れた場所で立っていた吹雪に声を掛ける。


「アンタが黄昏ているなんて珍しいじゃねぇか、モデルだから格好つけてるのか?」


 吹雪は不機嫌に皮肉を忍にぶつける。


「…そうかもな。嫌いな造られた島なのに海はとても綺麗なんだ。それも惹き付けられるように…大阪湾っていうのは不思議だな、たまにイルカとかが発見される。それをニュースで聞いて見に行きたくなる時があるんだ。全てを忘れてな?」


 忍は後ろを振り向き、チェスターコートを脱ぎ捨てる。


「俺が来た目的を知ってるみたいだな?」


 吹雪は忍の行動を理解し戦闘体制に身構える。


「『闇の覇気』は使わずに勝てる。だが、もしもの時を考えて脱いだ。品川の例があるからな?」


「余裕こいて顔に傷がついても知らねぇぞ!」


 吹雪は『氷の覇気』を解放した瞬時に『I.B.F』の形態に変化し、『闇の覇気』を纏っていない忍に右掌を見せて氷柱を飛ばし仕掛ける。

 忍は右片足だけを上げて素早く飛ばされた氷柱を蹴りの一振りだけで全てを粉々に砕いた。


「終わりか?」


 余裕がある忍は吹雪を挑発する。吹雪は飛び道具は無駄だと判断し、氷でメリケンサックを形成し、両手に嵌め込め、肉弾戦で勝負に出た。


 そして吹雪は走り、忍の左頬を狙った右ストレートを放った。が、忍は簡単に避けられ、がら空きになったボディに右膝蹴りが叩きこまれた。

 猛烈な一撃を喰らった吹雪は口から唾液が吹き出し、瞳孔も開き、膝から倒れる。


 だが、忍が倒れる吹雪を支えてミドルキックで再び腹を狙い倉庫の壁まで蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた吹雪は壁に衝突した。が、威力が凄まじかったのか壁は亀裂を発生させ、崩壊し更に吹雪は飛ばされる。


「今の衝撃で骨の数本は折れただろ? 自分の命を考えて逃げたらいいぞ?」


 忍は話ながら崩壊した壁から薄暗い倉庫に、ゆっくり歩きながら侵入した。


「うるせぇ!」


 吹雪は悲痛に叫び、氷柱を再び発射する。


「…くだらん。」


 忍は吹雪の行為に呆れ、再び氷柱を蹴りで粉々にした。

 そんな一瞬の油断を狙って吹雪は荷台から飛び降り奇襲を仕掛ける。が、忍の左手が吹雪の首をガッチリと掴み、膂力を込める。

 すると吹雪は力が抜けて、ぐったりとした状態になる。


「何故、無意味な戦いを続ける? 品川修二の為か? それとも復讐の為に生きる俺を止めにか?」


 忍の問いに、吹雪は頬を引き吊らせ怪しく笑っていた。


「全部ちげぇよ。俺はテメェが個人的にムカつくから喧嘩しに来ただけだ。それに何もしないで負けたのが一番気に入らねぇからな、お前を赤っ恥かかせるなら何でもするぜ。」


 吹雪は頭から血を流し、格好つかない状態で忍の問いに答えた。

 すると忍も怪しく笑っていた。


「死ぬ前に一つだけ教えてやる。俺はな……。」


 冥土の土産に何かを教えられた吹雪は笑った顔が完全に崩壊し、驚愕を隠しきれない表情に埋まった。


「そ、そんな訳…あるはずが…。」


「だが、事実だ。」


 忍は右手を手刀の形で吹雪の腹を容赦なくズッポリと刺す。

 腹からは噴水のように出血し、おびただしい量の血液が無慈悲に流れ出た。

 忍は掴んでいた首を放す。吹雪は力なく倒れ顔色が青くなっていた。


「…さようなら、吹雪雅人。」


 忍は吹雪に別れの挨拶をし、倉庫から立ち去ろうとした。が、突然と忍の頬に痛烈が感じた。

 その正体は炎を纏った右拳だった。忍は抵抗なくエビ反りで荷台に衝突し、荷物は崩れ下敷きとなった。


「…吹雪、すまなかったな。間に合わなくて…今から終わらせるからよ。」


 忍を猛烈な一撃で殴ったのは学ランの制服に着替えた修二だった。

 忍は『闇の覇気』を使用し、崩れた荷物からすり抜けて現れた。


「…品川修二。まさか!」


 忍は謎だと思っていた。この三日間で修二が頬に一発、気付かれずに殴れた事に忍は不思議で仕方なかった。が、忍の勘は的中する。

 それは修二が忍にとっては禁忌の『覇気の限界突破』を会得した事に。


「テメェだけは許さねぇ! 神崎ぃぃぃぃぃッ!」


 怒りを露にした表情で忍を右手で指差しで叫ぶ修二。

 今まさに、修二と忍の最終決着が行われようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る