第10話 交渉、陰謀、復活。

 忍はローム邸の洋館の目の前にいた。神崎邸とは違い、少し落ち着いた屋敷で、純白な大理石やレンガで建造されて、周りの芝生や綺麗に整えられていた。

 中に入った忍は、豪華すぎるシャンデリアに、ふかふかのカーペット、少し玄関ホールに立つのが気を使うぐらいだった。


「神崎忍様、シェリアお嬢様がお待ちしております。外まで、ご案内させていただきます。」


「あぁ。」


 忍は執事の案内に従い、洋館にある裏手の庭園まで足を運んだ。白い廊下から忍はローム邸の庭園を一望し、その綺麗な景色に心が奪われた。

 先の見えない野原が広がり、洋風の置物に、念入りに手入れされた花壇や噴水に、忍は心はここにあらずの状態だった。


「流石、海道の一つの島を買い取っただけの事はあるローム家だな」


「これでも控えた方ですよ?」


 独り言を呟いた忍の背後から声が聞こえ、ゆっくりと振り向き、その人物を確認する。


「控えた方? この人工の島を、一つ買うには国家予算と借金しなければならない筈だが?」


「分かってらっしゃる癖に。」


「そうだったな。ある条件さえ満たせば好みの金額で、権利書以外は買い取れる…『覇気使い』になれればな?」


「相変わらず、意地悪な事しかおっしゃらない。」


「お前との会話が有意義だから、わざとするのかもな? シェリー。」


 洋館の影から出て来たのは、白い肌、綺麗な短い金髪のストレートヘア、気品がある顔立ち、外国人特有の蒼い目、露出がない水玉模様の白いワンピース、靴底の低いヒールを身につけた。

 シェリア・ロームが忍の目の前に現れた。


「お上手ですね。」


「お前も相変わらず、清楚な格好だな。」


「忍様も、相変わらず黒一色のスーツしか着ませんね?」


「これしか着たくないんだ。他のは、あまり好きじゃない。」


 忍は服の話しで引きつった顔をした。


「そう邪険にせず、色んな物を着てみてください。きっと似合いますわ。」


「…考えておく、それより話しがある。」


 忍は引きつった顔は止めて、サングラスを外し、胸ポケットに仕舞い、シェリアに真剣な目で見る。


「お茶でも飲みながらでも、話しをしましょう。」


 明るく元気なシェリアの提案に忍は真剣な目を止めて、目を瞑り、口角を上げて、目を開き、右手をシェリアの目の前に差し出し…


「喜んで、シェリア様。」


「まあ、忍様ったら…。」


 シェリアは普段から口にしない、忍のからかいに頬を赤らめさせ、ぷくっと頬を膨らませる。

 けれど、そんな行動にも何かを感じたのか、忍の手を取り、腕組みの形をして庭園の周りを長い廊下でゆっくりと歩く。


「シェリア、俺は三銃士の代理の件で話しに来たんだ。」


「急ぎの用事でも?」


「まあな。だが、時間はあるから大丈夫だ。」


「…覚えていますか? 私たちが小さかった頃を?」


 突然のシェリアの質問にも、忍は表情を変えなかった。


「四人で、海道の丘で曇りもない星空を一晩中見てた事か?」


「覚えていましたのですね。」


「俺と輝とシェリーと雅だけだからな…」


「それだけ聞けて満足ですわ、それ以上は聞きません」


 シェリアは忍に笑って何かを誤魔化す様にしていた。忍はシェリアの態度を見て、察したが深く聞かない事にした。


「そうか―――シェリー、権田が暫く三銃士を抜ける。だから、代理を頼めないかの相談をしに来たんだ。」


 そして暫く歩くと草木が綺麗に整えられ、生い茂っている所に、対面になるように設置されている椅子とテーブルがあり、忍は紳士の対応でシェリアの椅子を引き、先に座らせて忍はアタッシュケースを置き、最後に座った。


「その事でしたら交渉しませんか? 私も少し必要な物があるのです。」


「俺に叶えられる範囲の願いなら…」


 二人の間に、ワゴンカートで高級そうなシンプルな模様のティーカップと大きい白いポットの紅茶を持って来た執事がテーブルに順番に置いていく。

 忍は紅茶を注がれたティーカップを右手で軽く上げ、悠々自適の気分で口元まで近づける。


「私のお願いは…『太陽の覇気』の所有権を譲って頂きたいのです。」


 その『覇気』の名前を聞いた途端に、忍の腕は止まり、取っ手以外の部分のティーカップに亀裂が入り、数秒後にはひとりでにティーカップは粉々に砕けて破片と紅茶の液体が、テーブルに広がる様に溢れた。


「シェリー、その話し…誰から聞いた?」


 さっきまでと忍の表情は違い、目を閉ざし、暗く怒りに満ちていた。取っ手の部分を手のひらに収め、握りしめる。


「個人情報ですから言えません」


 シェリアは忍の脅迫行動に怯まずに、続けて反抗する。忍は握りしめた取っ手を握力でミシミシと粉砕する音が聞こえてくる。


「…そうか『太陽の覇気』を交渉に出したからには、こちらも相応する対価を払ってもらう必要がある。」


 忍の脅迫とも言える威圧感のある言葉に、シェリアは覚悟をした目で言葉を返す。

 忍は手のひらを開き、指の力で砂微塵になった取っ手を地面に捨てる。


「構いません、覚悟はできています。」


 シェリアの言葉に、勢いよく立ち上がった忍は右手でジャケットの懐をまさぐり三枚の写真をテーブルに投げ出す。


「この三人の首を差し出せ『太陽の覇気』を手に入れる事は命の対価で支払うしかない。」


 忍が出した写真には、コンビニの前で嬉しそうに買い食いをしている品川とゲームセンターで必死に格闘ゲームをやっている吹雪とメイド喫茶でイベントを満喫している相川の写真だった。

 もっとマシな写真は無かったのかと言いたくなるが、忍はシェリアに三人の命を差し出せば『太陽の覇気』を譲ると言っているのだ。


「……。」


「人を殺すっていうのは、どれだけ足掻いても拭えない罪だ。生涯まで十字架を背負う羽目になる、それでもいいのか?」


「忍様がしようとしている事も一緒です。私は知っています。忍様が『覇気使いバトル』を始めたのかも! それは…!」


 シェリアが怒気を込めて最後まで言おうとすると、素早く口が手で塞がれた。それは目に殺意と悲しみを籠らせた忍の左手だった。


「それ以上言うな…それ以上言ったら…また大切な者を失う…」


 忍の声は震え、左手に入れる力は優しい。その意味はシェリアには、これ以上に介入してほしくないの行動だった。

 これから自分のやる事に、これから自分がどうなるか事にシェリアを巻き込みたくなかった。

 言い終わると忍は力が抜けるようにシェリアの口から左手を離し、椅子にへたれこむ形で座る。


「…分かりました。これ以上は言いません、ですが私も罪は背負っていく覚悟です。これだけは知っておいてください。」


 これ以上話す事がなくなった忍は、ゆっくりと立ち上がりアタッシュケースを持ち、シェリアの目の前から歩き去った。




 道中、リムジンの中で不機嫌な様子で腕と足を組みながら忍は考えていた。


(誰が、シェリーに『太陽の覇気』を教えた? 輝ではない、それは確かだ。アイツは俺と違って賢い、掟ぐらいは知っている。三銃士達か? いや、アイツ等には存在を教えていない…となると誰かが親父の書斎に無断で許可なく入り、『太陽の覇気』に関する情報を外部に漏らし、利益を得ている奴がいる。それは神崎にとっての裏切り者かスパイ…スパイなら安心して潰す、神崎の裏切り者なら消す。)


 考え終わった忍は不気味に微笑み、頬杖を突き、胸ポケットからサングラスを取り、ゆっくりと身に付ける。


「手癖の悪いネズミは早めに駆除しておかないとな?」


 車内で運転手と忍しかいない中で、忍は何かを決意した独り言で呟き、サングラス越しでシートにもたれ掛かり眠る。




 約束の一週間後の五月三十一日にて


 金剛山の山頂に竹島はいた。竹島の周りには山々の綺麗な緑の木々に囲まれ、雑草も花もない雄大な荒野だった。

 その山頂の周りの道筋に誰も通れないように竹島が、わざわざ木を切り倒して、伐採した丸太で吹雪以外が通れないようにしていた。

 竹島は吹雪が来るまで、自然と一心同体になるように座禅を組み待っていた。


「座禅組んで待つって何時の時代のバトル漫画のキャラなんだよ?」


 竹島の背後から、皮肉めいた言葉で罵倒する声が聞こえ、竹島は目を開き微笑む。


「お主こそ、絶対に来ないと思っていたが?」


 座禅を組むのを止めて立ち上がり、声の主の正体を確認するため振り向く。


「本当に来たくなかったけどよ、やられぱなっしていうのはマジでムカつくから…強くなって先週の借りを返しに来たぜ。」


 金剛山の山頂にやって来て竹島を罵倒していたのは、顔は傷だらけで制服はボロボロで髪の毛はボサボサの気だるげな吹雪だった。


「いい面構えになった。」


 竹島は先週の吹雪の違いに驚きが隠せず、思わず口から褒め言葉が出てくる。


「どこがだよ? 髪は洗えてねぇし、汗だくだし臭いし、マジ最悪だ。」


 ぶっきらぼうな態度で不平不満を漏らしながら竹島がいる所に、警戒せずに歩き近づく。


「たまに私も体を清める事ができない時もある。」


 竹島は慰めのつもりなのか、目をつむり微笑みながら話す。


「一緒にすんじゃねぇよ。」


 そして竹島の目前まで近づいた吹雪は立ち止まり、竹島を親の敵のように睨む。

 竹島も吹雪が何か仕掛けてこないかと警戒し、睨み返す。


「だが、テメェにも感謝しねぇとな? お陰でよ、俺は強くなれた。」


「あぁ、分かる。お主のジワジワと沸き上がっている闘志のオーラが見える。」


「丸太のフェンスだけじゃ心配だろ?」


 吹雪は地面を踏んだだけで、一瞬にして山頂周りにドーム状の薄い膜の氷が形成された。


「『覇気』も強くなっている。これなら思う存分に戦える…お主の名前を聞こう、戦うに値する人物だからな。」


 その言葉を聞いた吹雪は、得意気な顔とニィっと大きな微笑みをして、サムズアップの指の形で自分自身を指し示し…


「海道高校一年、吹雪雅人。『氷の覇気使い』」


「私も自己紹介をしよう…海道学園二年、竹島権田。『岩の覇気使い』」


 竹島も嬉しそうに吹雪が自己紹介したように、竹島も同じ方法で返す。


「そんじゃあ始めようぜ! 『覇気使いバトル』をよ!」


 言い終わると同時に、二人は右ストレートをお互いの頬に目掛けて繰り出した。

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