第9話 ボウズの昔話。 後編

 リムジンから降りた瞬間に、仲村は見た物に驚き、圧巻されていた。

 それは海道の片隅に、誰にも気にも止めなかった森林地区の中心に、立派に大きく綺麗な屋敷が建っていた事に心を奪われていた。


「……。」


 仲村の後に続き、柏木はリムジンから降り、鍵を執事に渡す。そして仲村の右側に近寄り、一緒に屋敷を見た。


「この海道ができた時、大聖堂の次に建てられた物件です。神崎一族の始まりとも言えるでしょう。」


「海道が建てられた年なんて知らねぇよ。」


「当主以外は誰も知らないです。さあ、こちらへ…」


 柏木は前に進み、仲村を屋敷の中に誘導するが、仲村は納得がいかなかったのか、その場に立ち尽くす。 


「じゃあ、歴史のテスト問題で出てきたら、どうするんだ?」


 仲村は怪訝そうな表情で、柏木に問いかけた。


「…こう答えればいいです。そんなの知ったことかってね。」


 柏木は顔だけ振り向き、清々しい表情で怪しく口角を上げ、海外ドラマでも見たのか格好つけて先に屋敷の中に入る。


「―――なるほど。」


 何故か、仲村は頭は勝手に納得してしまい、柏木の後を追うようについて行く。

 柏木と一緒に屋敷の中の玄関ホールに入り、中を一望した仲村は好奇心に駆られ目がキラキラとしていた。その理由は子供の頃に想像していた思い出と一緒だったからだ。


「金持ちは嫌いでは?」


 不意に柏木から声を掛けられ、仲村はビクッと体が跳ね、驚愕した。


「あ、あぁ、そうだ。偉そうで傲慢で冷血で払いもしない税金泥棒の金持ちなんか嫌いだね。」


 仲村は柏木の問いに、子供が拗ねる時みたいにプイっと顔を反対に向け答えを返した。


「その偉そうで傲慢で冷血で税金泥棒の金持ちで悪かったな。」


 だが、話しを何処まで聞いていたのかは分からないが、仲村の目と鼻の先に、いつの間にか忍が現れていた。

 忍は、まるで信じられない物を見るような疑いのある目付きだった。


「え? い、いつの間に…。」


「柏木さん、コイツが例の?」


 困惑する仲村を無視をして、呆れた表情と手で分かりやすく頭を抱える忍が、ニコニコで平然としている柏木に問いかける。


「はい。『水の覇気使い』の仲村一之様です。」


「『覇気使い』としては良いかもしれないが、俺が近づくまで、気づこうとしなかったぞ。大丈夫なのか?」


「それは追々、彼の課題になります。」


「はっ! こんな奴が俺を守る盾になるのか?」


 忍は鼻で笑い、仲村を小バカにする。


「忍様、私との約束をお忘れですか?」


「それは親父と勝手に決めたヤツじゃねぇのか?」


「輝様も同意しております。」


 輝の名前が柏木の口から出て、忍は少し歯切れも悪くなり、バツが悪い顔を浮かべた。


「…分かった降参だ。」


 忍は手を上げて、言い争いも諦め、柏木に白旗を上げた。


「賢明な判断です。」


 柏木も忍が落ちた事が嬉しかったようだ。


「おい、明日から来い。それから…何、すんだよ?」


 忍がダルそうな表情で何かを伝える前に、顔が不機嫌になっていた。仲村は不意討ちのハイキックで忍の顔を狙ったが、見事に“すり抜け”、空振りという形で終わる。


「うっそだろ! “すり抜けた”!」


 仲村は驚きを隠せなかった。


「この…。」


 仲村の行動に不機嫌になった忍が反撃しようとすると、二人の間に柏木が割って入る。


「忍様、ここは実力を見せた方がいいかと。」


「なら、今すぐ病院送りにして証明してやる。」


「へっ、テメェの『覇気』の力でだろ? どうせ『覇気』の力が無いと何もできねぇだろ?」


「ふっ、確かに『覇気』の力だ。そこは認めてやろう―――だが、力を使わなくても…」


 仲村は忍の話しに夢中になっていて、警戒が緩んでいたのか、一瞬にして仲村の背後に忍が現れていた。


「『覇気』を使わず、だけで、簡単にお前の背後を取れる。」


 その言葉に、プライドが傷つけられたのか恐怖なのか、怒りを露にし仲村は勢いよく振り向き、右ストレートで忍の左頬に狙ったが、忍は上半身を反らし、仲村の攻撃は空振りに終わった。


「筋は悪くないが、考え無しで当たる訳ないだろ?」


「この野郎!」


 闇雲に攻撃する仲村に対し、余裕の表情で忍は攻撃を避ける。

 そして肉弾戦が不利だと考えたのか忍から離れ、『水鉄砲』の構えを取り、水の弾丸を五発、連続発射する。

 発射された水は忍に向かって行く、忍は立ち止まったまま、動かずに右足を上げて一蹴りする。その一蹴りで、水の弾丸は風圧で全てはじけた。


「人間かよ!」


「『覇気使い』になったら、人間じゃなくなるのは当たり前だ。」


「音速で飛ぶ、水を蹴って壊す時点で人間じゃあねぇよ! もう化け物だ!」


「音速? カタツムリ並の遅さだな?」


「て、テメェ…。」


「はい、そこまで…忍様も挑発しない―――また、屋敷を半壊させる気ですか?」


 忍と仲村の間にチェーンソーを飛ばし、チェーンソーはカーペットの上に刺さり、柏木が割って入って静止する。


「…腹が減った。朝食のコーヒーと飯がまだなんだが?」


「仲村様もどうです? メイド長の淹れたコーヒーは美味しいですよ?」


 仲村は忍を睨みながらも、柏木の朝食の提案に、しぶしぶ従う事にした。



 朝食の食堂の席では忍が当主の席に悠々自適に座り、忍者に淹れられたコーヒーのティーカップを軽く持ち上げ、少々にコーヒーを飲む。

 因みに忍のコーヒーはブラック、仲村はミルクと砂糖が入ったコーヒーと柏木は微糖のコーヒーだった。


「…美味いな、このフレンチトースト!」


 仲村は最初から、小分けにされているフレンチトーストの一つをフォークで刺し、一口食べて絶賛していた。


「それで柏木、この男を推薦するからには理由はあるのだろうな?」


 幸せ気分の仲村をよそに、ティーカップをそっと置き、胸ポケットにあったサングラスを身につけ、柏木に問いかける。


「えぇ、彼には才能があります。バイカー集団を率いる統率力に、その仲間からは信頼を置かれています―――ただ、そのトップに君臨する者が無能なために宝の持ち腐れの状態です―――ですから、忍様に有効活用をしてもらおうと…」


「ちょっと待てよ! さっきから人を物扱いみたいに言いやがって! それに俺はそいつを警護する話しは承諾してねぇぜ!」


 自信満々に語る柏木に、自分の意志を無視され勝手に話しを進められたのが嫌だった仲村が勢いよく立ち上がり、忍と柏木を睨み怒号が響き渡る。


「…お前、自分の今の立場が分かってないのか?」


 すると唐突に冷静な声で忍が仲村に口を開いた。


「な、何がだよ!?」


「俺の推測だが、お前の頂点にいる人間は、お前の事を物でしか扱っていない。それどころか、お前が利用できないと感じた瞬間に、簡単に切り捨てられる気だぞ?」


「リーダーに会った事のない、テメェに何が分かるんだよ!」


「会った事はないのは確かだ。それに批判するのは間違っているが…お前はそれでいいのか?」


「何?」


 仲村は忍の意図の分からない質問に驚愕した。


「そいつの下で付き従うのは勝手だ。だが、それはお前自身の答えなのか? 幼少の頃に、力の不安定な為に周りに被害が及んで、自分自身が悲劇のヒーローを演じている事に酔っているんだろ?」


「違う…。」


 強く反論したかったが、喉から言葉が引っ掛かり何もできない状態だ。


「違わないな。今のお前を見てみろ、脱け殻だ。自分の過ちを引きずり、自分の意思表示さえもできなくなっている。それに付き従っている部下も、可哀想な存在だな?」


「違う…。」


「俺が説教する立場ではないが、これだけは言わせてもらおうか―――いつまで、そこに立ったままでいる? 頑張って一歩を踏み出せ、俺が言えるのはここまでだ。柏木さん、仲村様にお引き取りを…」


 忍は話し終わると席から立ち上がり、二人を無視して、忍者も忍に付いて行く様に部屋から退室した。


「…俺の…やりたい事…。」


 仲村は一人呟き、柏木は黙って見守っていた。


「……。」




 自分の部屋に帰った忍は疲れた様に、アンティークチェアにゆったりと座り、考える。


「あんな事を言って良かったの? 兄さん。」


 そこに皮肉混じりに黙々と部屋に入って来たのは神崎輝だった。輝を見た忍は少し微笑む。


「聞こえてたのか?」


「あんなに大きい声や戦闘音を聞かされたら、嫌でも耳に入るよ。」


「そうか、それは悪かった。」


「その顔は反省する気ないな。まあ、仕方ないけどね―――それより、どうするの?」


 反省をしていない忍に臨機応変に対応する輝は、諦めて次の話題に進める。


「考えは決まっている。後は奴がどう決めて、どう行動するかだ。」


 忍の答えを聞いて満足なのか輝は微笑み、忍と対面する様に、もう一つのアンティークチェアにゆったりと座る。


「任せたよ。兄さんの事を信用してるから…」


 その言葉が言い終わると同時に、窓が開かれ晴天の青空の吹き荒れる風が部屋に入ってくる。

 輝の目の前には忍の存在はなかった。


「さてと、僕も頑張らないと…」




 神崎邸から帰って来た仲村は、トボトボと海道の街を歩いていた。忍の言葉が頭から離れずに悩み、体を動かして頭の中を整理しようと散歩していた。


(俺、利用されてるだけなのかな?)


 いつの間にか仲村は、バイカー集団のたまり場にいた。体が無意識に自分の居場所に向かっていたのだ。

 そこに五人の幹部に囲まれ、真ん中にリーダーがいた。


「おう、仲村じゃねぇか。今日の夜には…」


「リーダー、俺を選んだ理由はなんなんですか?」


 少し怒気を込めた声で、仲村はリーダーに問いかける。


「…いきなりなんだ? お前と二年の付き合いじゃないか、それを選んだ理由って…」


「本当は俺の事を利用してたんじゃないんですか? アンタにしか能力を見せてない、それにいつも喧嘩してたのは…俺だけだった。」


「…仲村よ、世の中には上に従わないと生きていけねぇ世界があるんだぜ? それに…もうテメェがいなくても怖くねぇんだよ!」


 リーダーの男は近くにあった鉄パイプを持ち、仲村の頭に目掛けて叩きつける。

 仲村は脳天から出血し、地面に這いつくばった。


「おい、頭はヤバいって!」


 一人の幹部が口を開き、リーダーの行為を止めようとする。


「大丈夫だ。コイツが頭に異常をきたせば満足に喋れねぇからよ!」


 再度、今度は大きく体を反らせ、仲村の頭に目掛けて叩きつけようとしたが…


「やることは残酷でも、頭は低能だな。」


 振られる寸前に、リーダーの右腕を左手で掴んでいた忍がいたのだ。


「リーダー!」


 他の幹部たちが鉄パイプを持ち、忍を逃げられないように円になって囲う。

 その圧倒的な数を見ても臆せず顔色一つも変えずに忍の表情は余裕だった。


「こ、こいつ、どこから! ここに来る前に数百人の部下がいただろ!」


 リーダーが放った言葉に、少し可笑しかったのか、不適に鼻で笑ってしまう忍。


「すまない、だがお前の部下じゃないだろ? 仲村が集めた部下だ。すんなり通してくれた、事情を説明して、敵意を出さずにな。お前、信頼されてねぇんじゃねぇの? ここにいる幹部は、このリーダーのおこぼれを貰おうとしている…救いようのない金魚の糞だろ?」


 忍はリーダーの腕を容赦なく折り、鉄パイプを手から放した瞬間に、落ちる寸前に右手で鉄パイプを掴み、前蹴りでリーダーを一人の幹部に突飛ばし、背後にいた幹部を裏拳の如く勢いよく頬に当てる。

 そしてリーダーが解放されたのか、残りの幹部の三人が、油断している忍に一斉に襲いかかるが、それが分かっていたかの様に、背後を見ずに華麗に避ける。

 避けた後に、鉄パイプが必要なくなったのか投げ捨て、素早い動きで、一人には右ボディブロー、もう一人に左膝蹴りで顎を、もう一人に右肘打ちで後頭部で三人を気絶させた。


「な、何してる! 行けよ!」


 リーダーは覆い被さっている幹部に、忍を攻撃しろと命令する―――だが、幹部は動けなかった。その理由は忍の目付きが、“動いたら殺す”という脅迫するような眼力だったからだ。


「う、うわああぁぁぁッ! あ、悪魔!」


 幹部は涙を流し、リーダーを見捨て脱兎の如く逃げ去ったのだ。


「お、おい! く、クソッ!」


 リーダーは右腕を放っておき、左手で懐をまさぐり、ポケットナイフを取り出した。そして、恐怖の雄叫びを上げて、走りの勢いで忍の腹を刺す。


「どうだ! これで死ねえぇぇぇ、化物ッ!」


「惜しかったな―――だが、こんなオモチャでは化物は殺せないだろ?」


 忍は腹に当たる寸前に、二本指でポケットナイフの柄を挟み、力でへし折る。


「あ、あぁ…。」


 リーダーは涙目で戦力損失し、その場に膝から崩れ落ちへこたれるが、忍はそれを許さず、こめかみを掴み、リーダーの鼻に目掛けて右膝蹴りをする。

 リーダーは苦悶の表情を隠し切れず左手で鼻を抑え、その場で痛みで悶えてじたばたする。

 そして、忍はどこからか取り出したのか、札束をリーダーに投げ捨てる。


「二度と仲村の目の前に現れるなよ。目障りだ海道から消えろ、その金は治療費と引っ越し費用だ。」


 リーダーを人間とも思わない目で、気を失っている仲村に近づきおんぶと言う形で背負う。




 夕暮れの太陽に瞼を照らされ、ゆっくりと目を開ける仲村。誰かに背負われている感触があった。

 確認をすると忍の背中だった。


「あ、アンタ…」


「寝てろ、お前のうるさい声を聞かずに物事を進める事ができる。」


「…助けてくれたのか?」


「馬鹿を言うな、俺は極度の方向音痴なんだ。お前が馬鹿丸出しで気絶している所に、出くわして放っておけなかったから、こうやって病院まで運んでいるんだ。少しは感謝しろ。」


 素直に、仲村を助けたと言わない忍の言葉に、嬉しかったのか、仲村はすすり泣く。


「病院につくまでに、少しマシな顔にしておけよ。俺が泣かせたみたいになるからな。」


「…分かり…ました…。」


 夕暮れの太陽の中に、二人は消えた。




「それで、なんやかんやあって、俺は試練や訓練を耐えて三銃士になった訳ッスよ!」


 そこは周りが真っ暗で何も見えなく、ただあるのは個室のライトとベッドだけの修二の病室だった。


「…って聞いてるんッスか?」


 仲村は未だに反応と応答が返って来ない、修二を見ると…口をあんぐりと開け、涎を垂らし、いびきをかいて、馬鹿丸出しで寝ていた。


「…完全に独り言でヤバい奴じゃないッスか、なんでコイツに話したんだろ―――まあいいか。さてと俺も帰るッスよ…これから戦いは激しくなるッスよ。」


 ゆっくりと立ち上がった仲村は、誰かに言い残すようにドアをソッと開けて閉じ、修二の病室から退室する。

 そして退室したのを確認した修二が、ゆっくりと目を開き、体を起き上がらせる。


「…やっぱ、『カンザキシノブ』って強い奴だな。師匠、俺もしかしたら…勝てねぇかもしれねぇ。」


 月の光が修二を照らし、修二は一人でボソッと呟く。



 五月二十五日、翌日の晴天の青空に下に神崎忍魔王はいた。

 黒いジャケットに黒いワイシャツに黒いスラックスに黒い革靴、全身を黒づくめに、サングラスを身につけた忍は右手にアタッシュケースを持ち、洋館の前に立っていた。


「…あんまり会いたくなかったんだがな、『毒殺姫』、シェリア・ローム。」


「あら、そんな品性のない呼び名は聞いた事ありませんわ? 『魔王』、シノブ・カンザキ。」


 何処からか聞こえてくるボイススピーカーが響き渡る。


「ふっ、お互いにネーミングセンスは無いって事だな。」


 忍は鼻で笑い、洋館に一歩を踏み出した。

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