0-20(A) ある小説家の独白

 これは、もはやアルマン・ベルナールドの物語だ。ジョージ・ハーネス版の方が事実に忠実だが……こちらの方が、心に忠実と言える。「彼女」自身の心にね。


 それも、『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』の趣旨からは外れていないだろう。……少なくともボクはそう解釈した。


 彼女の心も、その時代を映した真実のひとつに過ぎない。

「史実」より軽いなどと、ボクは一切思っていない。




 ***




『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』アルマン・ベルナールド翻訳版より、「Strivia-Ⅲ」




 鋭い音を立て、ルマンダの手に握られた剣が砕け散る。

 隻眼の騎士は相手を怯むことなく見据え、再びその手に氷の刃を携えた。


 騎士は震えている。自らの両の手すらも凍てつかせながら、彼は剣を振るった。


「……さっみぃ」


 対峙する男の勢いは衰えない。凪いだ風が喉元を掠め、凍った毛先がはらりと落ちた。

 銀の瞳は相手を睨めつけ、今もなお勇猛に輝いている。


「……さて、と。……頼むぜ、カーク」

「おう、任せろ」


 物陰で、ふたつの影が蠢く。

 風に乗った炎が獣のように、対峙する男達の間を走り抜ける。


「あっっっづ!!!」


 ザクスの褐色の肌を掠め、炎は蒼天へ舞い上がった。


「……ノア?」

「…………その名前、あんま名乗ったことねぇんだわ。なんとなく特別な気がしちまうだろ。……錯覚でもな」


 寂しげな微笑は、二度と帰ることない場所への郷愁を映していた。

 金の瞳を煌めかせ、挑発するようにザクスの前に立つ。


「派手に喧嘩しようぜ相棒。ここじゃ、くだらねぇ茶々なんざ入らねぇぞ」

「……ッ、上等だオラァ!!!」


 激昴した戦士は吠えるように拳を構え、全力で振りかぶった。

 鳩尾にめり込んだ重い一撃が、背後の壁へと相手を吹き飛ばす。


「………………今の……ガチでやったろ……殺す気か……」

「……ガチで来いってノリだったろ今の……」


 壁にしこたま背を打ち付け、レヴィ……いや、ノアは青い顔で項垂れる。

 呆れた表情で、カークがパタパタと走り寄る。頭に血が上った戦士の背後から、騎士が冷たい刃を首に突きつけ……王手をかけた。


「……話を聞く気はあるか、ザクス・イーグロウ」


 赤い瞳がぎろりとこちらを見、やがて戦士は武器を下ろした。


「……あ?モーゼ?なんでぶっ倒れてんだ?」

「マジかよお前……」


 頭が冷えたのか、ザクスはかつての戦友の姿を視界に入れる。


「ちっと心臓止まった……」

「マジかよ……殺しても死なねぇってほんとなんだな……」

「悪ぃ、お前の頭よりピンピンしてた」

「ふざけている場合か」

「たぶんお前が何言ってもこいつ分かんねぇぞ。頭ん中なんも詰まってねぇから」

「…………そうか。ならば、キサマに任せればいいだけの話だ」


 大きな流れは、やがて我らにも牙をむくだろう。だが、それでも私は……ルマンダと共に、騎士であると決めている。

 守り抜き、その先で、共に在れるように。




 ***




 それが、騎士の役目のはずだ……と、アルマン・ベルナールドは感じたのかもしれない。

 ん?ボクがどうかって?ナンセンスなことはやめてくれ。先程も質問を挟まれたが、ボクのこれはモノローグであって会話じゃない。


「ねぇ……さっきから隣で幽霊に騒がしくされてるんだよね、僕。反応しないって無理じゃない?」


 ……ふむ、一理ある。

 …………ああ、そう言えばルインはルマンダの何だったのだろうね。

 いやね、少し気になってしまっただけだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る