0-16(A).『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』より「Corvo-Ⅰ」

 ページ上の付箋:

「これよりアルマン・ベルナールド版独自の展開」




 ***




「……お前……っ、どうやって入ってきたんだよ……!」


 生き物のようにうねる水に膝まで絡め取られながら、カークは悔しげに舌打ちした。


「紛れたんだよ。他の魔術使いたちにね……。生まれつき才能がなくても、今はこの通り。……薬がなきゃ生きられないけどね」


 闇夜に紛れた刺客は、掴みどころのない笑顔で語る。


「……ッ!」


 部屋を満たした「水」を風の刃で切り裂き、カークは辛うじて抜け出す。

 刃はそのまま相手に向かうが、水膜が吸い取るように刺客……ジャンを守った。


「君はいいよね。パロマリタの血筋自体は大したことないのに……君だけは違った。捨て子に身を落とした僕とは大違いだよ」


 いくら鈍感なカークとはいえ、滲み出す情念に気付かないはずもない。


「……「そっち」も珍しいな。ルマンダの逆か」


 その名を出した途端、ジャンの顔色が変わった。


「……ああ、アイツね。……僕と同じ孤児院の出で……どうしてこうも違うんだろうね。売られた僕と、成り上がったアイツ……神様って、酷なことをするものだと思わないかい?」


 羨み、妬み、怒り、あらゆる負の感情の中、


「……友達だと、思っていたのに」


 哀しみが、彼の動きを鈍らせる。

 その隙を見逃さなかったのはカークではなく、背後から飛んできた氷の槍……ルマンダの、魔術だった。

 足元を縫い止められ、ジャンは歯噛みしながら背後を見やる。


「酷いじゃないか、ルイン。昔馴染みだろ……?」

「私はそのような名ではない。王を殺めに来た以上、覚悟はできていよう」

「ああ、そう。……君だって、少し違えば僕と同じだったはずなのに」


 口惜しそうに告げ、苦し紛れに水の弾丸を飛ばす。

 あっさりと氷の盾で阻まれ、万策は尽きた。


「……モーゼは裏切ったんだね。賢い奴だから、殺されたー……なんて、噂を偽装することぐらい簡単だ」


 恨み言を吐きながらも、ジャンは死を覚悟したのだろう。手を下ろし、大人しくなる。

 だが、ルマンダは……いや、「私」は告げた。


「……ジャン、できれば……君を殺したくない」


 カークが目を見開く。……それも、当然だ。

 普段の「私」なら、絶対にそのようなことは言わない。


「……ルイン?どんな風の吹き回し?」

「僕が、「今は」ルインだからだ。……参謀として不要とされている方が、「ルイン」」


 私の名はルイン・クレーゼ。

 ルマンダの中に潜んだ、もう一つの「自我」だ。

 彼のいるところなら、私も必ず存在する。


「…………。まさか、君がそこまで追い詰められてたとはね」


 ジャンは、静かにため息をついた。


「……腐った王権からの独立……とか言ってるけど、ヴリホックは結局、この土地の実権を握りたいだけさ……。……まあ、今の王より有能なのは確かだろうけど」

「……ハーリス王は、飾りにされてるだけだ。そんな言い方……」

「カーク。その言い方も、「私」なら不敬だと言うかもしれない」

「…………本当に別人なんだな」


 カークの私を見る目が、悲しげな色を帯びる。


「……それで?殺さないっていうなら、僕をどうするつもり?」

「簡単だ。ヴリホックの兵士に、ザクスという男がいる。話ができないか」

「……アイツをこっち側に引き抜きたいって?まあ、あのバカなら扱いやすいかもしれないけど……何でまた?」


 半ば投げやりなジャンに、私は告げた。


「……レヴィ……いや、君にとってはモーゼか。……彼が、ザクスの生存を望んでいるからだ」


 ーー長生きできねぇな、あいつ


 間近で聞いたその言葉を、私は忘れていない。


「…………そんなの、僕だって……。……よく分からないけど、僕に拒否権なんかないんだろ。それくらいわかる」

「……良いのかよ」


 カークが、困った顔で問うてくる。確かに、「ルマンダ」ならこんなことは絶対にしない。


「すぐ、王に話をつける。そうしたら、「私」の方も納得するはずだ」

「……確かに、ハーリス王の言うことならあいつは逆らわないだろうけど……」

「頼めるか、カーク」

「……分かったよ。ひとっ走り行ってくる」


 フェニメリルという大国が崩壊寸前だとするなら、そこに生きる私たちは、どう羽ばたくべきか。

 答えはまだ出ていない。それでも、ジャンを死なせたくはなかった。


「……裏切るかもしれないよ」

「やめた方がいい。「私」に殺される」

「はは……確かに」


 俯いたジャンの視線には、水浸しの床がある。

 ぽたりと、波紋が広がった。




 ・ツバメよ、どこへ行くのですか

 傷ついた羽を、休めないのですか

「ぼくは、ここでは凍え死にます」

 かなしみに満ちた声色で ふわりと飛び上がって

「さようなら、友よ」

 なら、あたたかい寝床を探しましょう

 やわらかな敷布を敷き詰めて、眠って


 ーーわらべうたより




 ***




 大きな相違点は5つ上げられる。

「魔術」というファンタジー要素がジョージ・ハーネス版より格段に多い。もう少し想像力豊かな筆者が書いたのだろうね。

 また、「Pause-Corvo」が存在せず、代わりに「Corvo」単体で「Strivia」や「Eaglow」のように副題になっている。それに伴ってか、ジャンの人物造形や設定にも変化があるね。……生存しているところを見るに、なにか思い入れがあったのだろう。

 そして、ルインがルマンダの演技ではなく別人格とされている。……このあたりは、モデルになった人物との「接点」の違いが色濃く出ているのかもしれないね。

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