0-5. 生物教師の本棚 Part2

 さて、次も妹の知人についてだ。

 ……まあ、先ほどと同じ部屋の話なのだがね。




 ***




「じろちゃーん!またチャーハン作って!」


 仕事の同僚が無理やり家に押し掛けてくるというのは恒例行事だし、食事をねだるのもよくあることだった。


「よし。ならまた本棚でもあさっていてくれ」

「じろちゃんの本棚面白いのあんまなくない?」


 殴ってもいいだろうか。とりあえず受け流し、冷やしてある米飯を取り出す。


「読みづらいのとかばっかだし……」

「文学とサイエンス系統と辞書と……まあそんなものばかりだからな。漫画でも置くか」

「エロ本とか置く気ないの?」

「……晃一、そういうプライバシーは尊重するものじゃないか?」


 米を炒めていると、後ろの本棚でガサガサと音がする。漁っても出ないぞ。そもそもそういうものは本棚に入れない。


「……あ、これ」

「ん?何かあったか?」

「この前軽く読んだファンタジー小説。ほら、じろちゃんが好きなやつ」

「あー……。……そうだな。遺伝と人種の比喩として少し気になるところはなくもないな!」


 とはいえ、俺はまだ途中までしか読んでいない。というか流し読みしかしていない。


「後天的に付与ってどうやんだろな?」

「……戦闘能力がどうこうなら、薬物とかじゃないのか?」

「こわっ!それファンタジーじゃなくてSFだろ!」

「悪いが違いはよくわからないな!」


 SFはサイエンス・フィクションだから……科学によって現代から超越した物事を描く……のか。

 ヨーロッパがどうこうなら、確かにSF感はない……気もしなくもない。いやでも、どの時代にも怪しい薬物はあるような……?


「生物学的見解から言えば魔術と髪色ってどう」

「それだ!!それこそ遺伝が関係するのだろう。魔術を行使する遺伝子が生まれつき組み込まれているかどうかが重要というのなら、髪色イコール魔術が使える使えないという表現は実にわかりやすい!魔術がなんの比喩かさっぱりだが、優性遺伝か劣性遺伝かで言うとおそらく劣性遺伝だな!人口比がおそらく」

「うん、よくわかんないけど使える人がレアって感じか」

「その通りだ。希少価値といえるな」


 そんなことを話していたらチャーハンが少し焦げた。美味しそうだから問題はない。

 皿に盛り付けて持っていくと、ベッドに寝転がりながら下を覗かれていた。


「…………なにこれ」

「……俺の論文だが……恥ずかしいから隠しておいてくれないか?」




 ***




 と、言うわけで晃一が今日も家に来た。チャーハンは美味そうに食ってもらった。

 兄さん、晃一は結構いいやつなんだ。確かにちょっと不真面目だけど……。


 1981/3/31

(本棚の奥に仕舞われたノートより)




 ……ふむ、やはり対照的な兄弟だ。

 兄と比べて、弟は物語にそこまで興味を示していないらしい。

 しかし、この物語に秘められた「喩え」についての見解は興味深い。

 魔術を使える方がレアリティが高く、そして……国を動かす。

 遺伝、または血に関係があるのなら、答えは自ずと出てくるだろう。


 この物語における「魔術」とはすなわち「権力」だ。



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