オマエハバカダ
ビルの屋上。
ありきたりなシチュエーションしか選べない自分にどうしようもない嫌気がさす。
しかしもう、そんなことすらどうでもよかった。
柵の外側に出る。
乗り越えるには高すぎるその柵を私は難なく乗り越えた。
自分の運動神経はこの時のために授かったのだと勘違いするほどだった。
2歩前に進み、コンクリートの端につま先を合わせる。
ふと、小学生の時の体育の授業を思い出した。
徒競走のスタート地点で白い石灰で書かれた線につま先を合わせる感覚に似ていたのかもしれない。
運動が得意だった私にとっては楽しかった時間。
どうでもいいことがふわりふわりと浮かんでくる感覚に襲われる。
これは、走馬灯の前兆なのか。
馬鹿げてる。
自分から命を絶とうとするなんて馬鹿げてる。
そんなことをする人に対して私はそう思っていた。
この状況でもそう思う。
自分は自分が馬鹿げたことをしようとしているのだとわかっている。
目を閉じる。
世の中の人皆が自分を嘲笑している映像が頭に浮かぶ。
私を囲んだ人、人、人。
全員が私を見て言う。
「お前は馬鹿だ。」
「お前は馬鹿だ。」
「お前は馬鹿だ。」
その声はだんだん圧力を増していく。
高い声、低い声、ハスキーな声、しゃがれた声。
いくつもの音が重なり私の鼓膜を殴る。
私は耳をふさぐことはしない。
360度全方向を見る。
全員が笑っている。
その表情がだんだん、人間という存在とは懸け離れたものになっていく。
目はくぼみ、口はだらしなく歪み、他の穴は全て埋まっていった。
動きがぎこちなくなり、全員が手を叩き始める。
その音は揃うことなく、パチパチと私の鼓膜を襲ってくる。
閉じていた目をゆっくりと開いた。
そこには青空しかない。
人は、いない。
今の自分の状況に笑いがこみ上げてきた。
無意識に口角が上がる。
さっきのイメージがコーヒーに注いだミルクをかき混ぜたようにぐるぐると渦を描いて引き伸ばされていった。
私の思考は絡まり合って、もう冷静な判断をできるほど、正常ではなくなっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます