あなたがいたから僕はいるけど私がいても彼はいない

加藤陽

アナタガイナイ

あなたはいなくなってしまった。


ある日突然、私の前から。


失ってはじめて気づくって言葉があるけど、あの言葉は本当なのかもしれない。

彼によって埋められていた私の心の一部は、想像以上に大きかったらしい。

心をナイフで切り裂かれ、えぐられたような気分だった。

それなのに体のどこからも血が出ていないことが不思議でたまらなかった。

その不甲斐なさに可笑しさすら感じるほどだった。


首に巻かれた細い縄。

汗ばんだ体。

部屋中に漂う異臭。

耳をつんざく悲鳴。


視覚、嗅覚、聴覚、すべて彼の最悪の時が刻まれていた。




彼はいなくなった。

けれど皮肉にも私は、ここにいる。

それが、私にどれだけの喪失感と虚無感を与えるか。

誰にもわかるはずがないだろう。

私にだってそれがはっきりわかっていないのだから。

今ある私の人生を大切にしなければいけない。

そんなこと私にだってわかってる。

私には自分を大切に思ってくれている人が、少なからずいるのだから。


しかし、この現実は私にただ牙を向けるだけだった。


なんで、


なんで?



私は彼の人生を狂わせたのかもしれない。

私の人生も彼の存在よって変化していった。


反対に回っていた私たちの歯車。

それらは知らず知らずのうちに近づいて

大きな音を立てて重なった。

私が狂わせた彼の人生は彼にとってどんな意味があったのだろう。


彼がいないこれからの人生。

それに耐えていく意味は私にあるのだろうか。

そう感じるくらいには私は弱っているらしかった。

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