2-2 ワレワレは地球人だ

「無垢姉さまの好みです? そうですね、チョロい男ですかね」

「うん、それなら問題ないね。チョロさにかけては、オレちょっとは自信あるんだ」

 それはそうかもね、と内心思いつつ。僕は無駄な話し合いをし始めた二人をどう止めるべきか、タイミングをはかりつつ考えていた。

「まずは印象づけたいからさぁ、なんかこうプレゼントとかするのが良いのかな。好きなものってなんだろ?」

「そうですね……やはり男性ですかね」

「男をプレゼントするって、難易度高いなぁ……つまりあれかな。プレゼントはわ・た・し、のノリでいけば良いのかな」

「まぁそれをやるなら、死ぬ気でいった方がイイです」

「え。無垢さんって、そういうのに厳しいタイプ?」

「厳しいとかではないですけど」

 ……なんかもうどうでも良いかな。


 正直、面倒になってきた僕は、額を突き合わせて会議している二人の側を離れて、再び斜面に視線を戻した。

 高嶺と比菜子さんは、結局二人で滑っていったようで、姿がない。代わりに見えたのは、夕顔さんが尻餅をつく様子だった。立ち上がるのもおぼつかず、のたのたと這っている。


「――大丈夫ですか?」

 見かねて、側まで滑り降りると、夕顔さんはきょとんと僕を見上げた。その様子に、なんとなく既視感を覚えるけれど――イメージを手繰り寄せる前に「大丈夫、です」と夕顔さんが無理矢理身体を起こそうとした。

「あの、つかまって大丈夫だから」

 そう言って右手を差し出すと、夕顔さんは困ったような顔で、おずおずと手を握ってきた。それを引っ張り上げてやると、夕顔さんはようやく雪の上に立った。


「ごめんなさい、助かりました」

「別に。大したことしてないし」

 手を放しながら僕が答えると、夕顔さんは小さな口をぽかんとさせてから、ほんの少しだけ笑った。


「南くんって、スキー得意なんですか?」

 女子から「南くん」と呼ばれたことに、ほんの少しむず痒さを覚えながら、「得意ってわけじゃ」と首を横に振る。

「ただ、両親がスキー好きで、小さい頃からよく連れてかれてたから。苦手ではない、だけ」

「へぇ……良いなぁ。あたし、運動って全然駄目で。今も全然」

「俺だって、運動は苦手だよ。今日とか、ここで嫌じゃなかった?」

 僕が言うと、夕顔さんは照れたようにはにかみ、「全然、嫌じゃない」とまた少し笑ってみせた。

「あたしから、ひなちゃんにお願いしたんだし。連れてって、って」

 それは……なんと言うか、向上心があるんだなぁと、僕は変に感心してしまった。まぁ、比菜子さんや巴さんの学校がある地区は、僕らの通う学校の地区よりも街の方にあるから、こういう機会でもなければ、なかなか雪山になんて来られないのかもしれない。


「それなら、春待……えぇっと、あそこで話してる女子にでも教わると良いよ。まぁ取っつきにくいかもしんないけど、悪いやつではないから」

「春待……さん」

 夕顔さんは僕が指差した方をじっと見ると、ゆっくりと名前を繰り返した。

「春待さんって、このスキー場のかただって、ひなちゃんが」

「そうそう。ここが実家で」

「……南くん、ごめんなさい。あたし、さっき近くにいたから、聞こえちゃったんだけど」


 そう言って、僕の顔を見つめてくる夕顔さんの目は、とても真剣で。その焦げ茶色の瞳に、僕の間抜けな顔が映って見える。

「……聞こえたって、なにが?」

「えっと……南くんが、春待さんに呼びかけていたの……」

 さっきと言うのは、きっと無垢姉さんと話していたときのことだろう。僕は一体、春待になんと呼びかけたのだったろうか? もう、とにかくあの場を収めることに必死で、よく覚えていない。


「あのとき、天候が急におかしくなって。そしたら、南くんが春待さんに、『落ち着け』って話しかけて……そしたら、また急に天候も元に戻ったから。なんか、すごく、不思議で」

 それで、と。夕顔さんは少し声を小さくして、顔を曇らせた。口を一度もごもごとさせ、ちらっと僕と、春待を見る。

「……あたし、ここに来る前、少しだけ調べたんだけど……このスキー場のこと。そしたらネットで、このスキー場のある春待山の都市伝説みたいなの、みつけて」

「都市伝説……?」

 夕顔さんはこころもち緊張した顔で、こくりと頷いた。もう一段、声を小さくしながら。


「この山では昔から――今でも、毎年必ず、行方不明の人が出るんだって」

「行方不明……」

「そうなの。遭難して、そのまま行方知れずになる人が、同じ地域の他の山よりすごく多いんだって」

「へぇ……」

 僕は唾を飲み、じっと夕顔さんを見た。自分の両手をぎゅっと握り、乾いた唇を舐める。

「それで地元の学者さんが、いろいろ調べたらしいんだけど……そしたら、ここら辺ではね、昔から、光りながら飛んでいる人の目撃が多いってことが分かって、つまり」

「……つまり?」

「つまり――UFOの亜種じゃないかって」


 真剣そのものの、夕顔さんの言葉に。僕は、「へぇ……UFO……」と繰り返し。

「……つまり。夕顔さんは、春待が宇宙人じゃないかって、疑ってるわけ?」

「そ、そう真顔で言われると、アレなんだけど」

 夕顔さんは顔を赤くしながら、少し早口になってきた。

「そもそもUFOっていうのは未確認飛行物体全般のことを指しているから必ずしも宇宙人とは結びつかないというか」

「あ、引っかかるのはそこなんだ」

 夕顔さんも、なかなかどうしてアレな人のようだ。


「まぁ……でも僕、春待のことはけっこう小さい頃から知ってるけど。キャトルミューティレーションしてるとこは見たことないなぁ」

「ううぅ……」

 夕顔さんはますます顔を赤くしたが、やがて「はぁ」と息を深々とつくと。

「まぁ……あたしも、こんな近くで宇宙人に会えるだなんて思ってなかったし。キャトられてみたいだなんてこれっぽっちも考えてなかったけど……」

「そ、そう」

 だから、ここに一緒に行きたいって比菜子さんに頼んだのか。

 なんとなく、夕顔さんにまっとうさを期待していた僕は、乾いた笑いと共に、未だ不毛な話し合いを続ける春待を見て――こっそり、夕顔さんに気づかれないよう深く息をついたのだった。

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