第二話 真実の愛を模索しろ

2-1 リア充に至る船

 白く輝く斜面を、おそるおそる覗き込む少女――その背が軽く叩かれ、「きゃっ」と小さな悲鳴を上げた。

「ごめん、比菜子。驚かせるつもりじゃなかったんだけど」

「光ちゃんかぁ……もう、びっくりしちゃったよ」

 怒った風でもなく、満面の笑みで見上げてくる比菜子さんを、高嶺もまた曇りない笑顔で見つめ返す。

「行けそう?」

「うーん……ちょっと、怖いけど。でも、光ちゃんと一緒なら、頑張る」

 そう、小さなガッツポーズを作る比菜子さんの頭に、高嶺が優しくぽんと手のひらを置き。


 そして僕の隣では、五月女が「けっ」などと汚い音を立てながらやさぐれていた。

「リア充どもめ。見せつけてくれるよなぁ」

「いや、あの二人はなんていうか素だから……」

 少なくとも、周りにという意識は、当人たちには全くないだろう。だからこそタチが悪いとも言えるが。


 比菜子さんとじっくり会うのは、あの病院で以来だったが、あの頃に比べて顔色もよく、健康そうだ。表情も、だいぶ明るい。きっと、これが本来の彼女比菜子さんなんだろう。


「あれ……?」

 その少し後方に、女の子がもう一人、もじもじと立っていた。比菜子さんの友人の、確か――夕顔ゆうがお詩織しおりさんだ。

 なにか、困っているらしい。僕は五月女の腕を叩き、「おい」と夕顔さんを指した。

「リア充の仲間入りのチャンスじゃないのか? 声かけてやれよ」

「いや……オレはもう、そういうのは良い」

 急に殊勝なことを言い出した五月女に、僕は思いきり首を傾げてしまった。全くもって、らしくない。


「なんだよ。あんなに合コン合コン騒いでたのに」

「みなっち。合コンなんてなぁ、そんな仮初めの出逢い、オレは求めちゃいないんだよ。そう、今となってはな……」

 ふっ、とアンニュイな笑みを浮かべ、右手を額に当てながらやれやれと首を振って見せてくる。

「……つまり?」

「知っちまったのさ……真実の愛、ってやつをさ」

 そう、キメ顔(の、つもりなんだろう。たぶん)で五月女は言い放った。聞いているこっちとしては、嫌な予感しかしないが。


「真実の愛、です?」

 何故か興味津々といった様子で、春待が寄ってくる。待て、おまえが来ると余計ややこしくなる。――が、止める間もなく、五月女は「あぁ」と頷いた。

「無垢さん……一目見ただけでこの胸のときめき……。これが、一目惚れなんだな」

「やっぱり……」

 薄々どころじゃなく感じてはいたが、よりによって無垢姉さんか。確かに、無垢姉さんはなんて言うか、綺麗だし。一目惚れっていうのも分かるけれども。

「やめといた方が良いと思うけど……無垢姉さんは、真面目に男と付き合うようなタイプじゃないし」

「年上美女にもてあそばれるっていうのも、ロマンだよな……」

「待て真実の愛はどこいった」

 うっとりした顔の五月女は、僕の言葉なんて聞いちゃいない。その間に、「ふふん」と春待が、また面倒そうな笑いを浮かべた。


「そういうことなら、わたしが手を貸します」

「え……春待さんが?」

 これには、おかしなスイッチの入りかけていた五月女も、素で首を傾げる――かと思いきや、がしっと春待の手を取った。

「頼もしい。妹の春待さんが手助けしてくれるんじゃ、百人力じゃないか」

「当然なのです。なにせ、アノ二人がくっつくきっかけを作ったのもわたしですし」

 春待が得意気に、下に向かって降り始めた高嶺らを示すと、五月女は「おおぉっ」と感激の声を上げた。

「マジっすか! めっちゃ頼もしいじゃん!」

「大船に乗ったつもりになってもイイですよ」

 ――やめとけ五月女。それは大船どころか泥船だぞ。


 自ら滅びの道へと突き進もうとする友人を、どう思い止まらせるべきか。悩む僕などそっちのけで、泥船号の乗組員どもは意気揚々と、また計画などを立て始めていた。

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