1-2 僕ら氷漬け in サマー
「お待たせー」
手を上げて近づいてくる高嶺を先頭に、ぞろぞろと今日の面子が近づいてくる。
「レンタルとかよく分からなくて、手間取っちゃって……って」
高嶺が言葉を切ったのは、見知らぬ人物が僕たちといたせいだろう。目をきょとんとさせ、「どなた?」という顔をしている。
「えぇっと……」
「
一団の中から進み出てきたのは、春待だった。紺色を基調とした割りと薄手のアウターには、水色とピンクの花が水彩画のように散らされている。髪は珍しくアップし、蝶々型のバレッタで留められていた。そしてほんの少し、眉にきゅっと力を入れて、自分の姉を見ている。
「あらぁ、青ちゃん。久しぶりねぇん」
無垢姉さんがきゃぴきゃぴとした声を上げて、春待に抱きつく。そのまま、すりすりと春待に頬擦りし、「青ちゃんたら、家にいてもめったに会いに来てくれないんだものぉん」と甘えるように言った。
「別に。お会いする必要もありませんですし」
「やっだぁもぉ。青ちゃんたら、相変わらず冷たいんだからぁん。ふふ、でもぉん、そんなところがまたぁ、か・わ・い・い」
言って、春待の鼻をつんとつつくと、無垢姉さんはようやく満足したのか、春待から離れた。
「それでぇん? お友だち連れて、姉さまのお仕事場所に遊びに来たのぉん?」
「別に無垢姉さまは関係ないです。下界はもうかなり暑い日が続いているので、ここぐらいしかなかっただけですし」
「おぉおお姉さまは、ここでお仕事されてるんですかっ?」
会話に割って入ったのは、なんと五月女だった。目をきらきらとさせて、ずいっと無垢姉さんに近づく。
「働く女性って素敵ですねっ! どんなお仕事をなさっているんですかっ?」
「ふふ。ありがとぉん。そぉねぇん……いろいろしてるけどぉん、一番大きいのはやっぱり、ここのゲレンデを春夏に維持することねぇん」
「マジっすか、こんな広いところを……や、すげぇっす! き、綺麗なだけじゃなくて、仕事もできる大人の女性って……す、素敵っすねっ」
顔を赤くしながら言う五月女を、無垢姉さんは楽しげな目で見ていた。
「ボク、可愛いわねぇん」
「あ、あぁああざっす!」
――これはまずい。「おい、五月女」と、僕は五月女の腕を引いた。その間に、春待が無垢姉さんに一歩詰め寄る。
「わたしたちは今から青春時代の夏を謳歌しますので、無垢姉さまはどこかへ行ってください」
「あらぁん。青ちゃんばっかりずるいわぁん。ふふ、念願の恋人は、この中にいるのかしらん?」
ピキッ。
確かに、そんな音が聞こえた気がした。
「なんの話です」
「あらん。聞いたわよん? 青ちゃんがぁ、恋をするためにわざわざ山を降りてぇ、街の学校に通ってるって。ふふ、相変わらずマジメなんだからぁん。オトコのコなんてぇ、そのへんでテキトウに捕まえて、つまみ食いしちゃえばイイのにぃ」
「ねぇん?」とウィンクされた五月女が、「はひっ!」と変な声を上げる。また、ピシピシッと音が鳴った。気のせいじゃない――僕はアウターの襟を立てて、小さく震えた。陰ってもいないのに、極端に体感温度が下がってきた。
「無垢姉さまには関係ないと、言ったのですけど」
ピシピシビキッ。
春待を中心に、空気が冷えている。空気中の水滴が、急激な温度変化に音を立てながら凍りついていく。
「は、春待っ」
これだ――だから嫌だったんだ。無垢姉さんと絡むのは。
「可愛い妹のことだもの。これでも心配してるのよん? アタシ」
なにごとも起きてないかのような我関せずっぷりを貫きながら、無垢姉さんは続けている。気温はぐんぐん下がり、一緒に来た連中が「えっ? え?」と騒ぎ始めた。
無垢姉さんの厚い唇が、笑みの形のまま動く。
「アナタに恋は向いてないわん。あきらめなさい。アタシたちはね、そういうふうには――」
――ビキッ!
一際、大きな音が鳴り響き。
「痛っ!?」
急激な目と鼻、それから肌の痛みに、僕は――いや、僕だけでなく、周囲の人々が一斉に悲鳴を上げた。
「なにっ? なんなのッ?」
聞き覚えのある声――これは、比菜子さんか。
一帯の気温がガクンと下がり、今までの比でないくらいに凍りついた空気が、人々の露出した部分を痛めつけている。このままじゃまずい。
僕は手探りに、近くにいた人の手を握った。
「春待!?」
「ぁ……ち、違います。あたし……」
あまり馴染みのない女の子の声だ。比菜子さんの友人だろう。「すみせん!」と、慌てて僕は手を放した。
「春待、落ち着け――おいっ!」
痛む目を擦り、気温のより低い方へと手を伸ばす。霞んだ目に、それでも春待の姿が映ったような気がして、僕はその腕にすがりついた。
「春待っ! 大丈夫だから――約束しただろ。僕が、手伝ってやるからっ」
その耳元に、はっきりと囁く。
「僕が、ついててやるからッ」
「――なにを言ってるんです?」
スッと。
周囲の温度が戻り、痛みが止む。ホッとしながらもう一度目を擦り、見ると。春待の藍色に輝く目が、じっとこちらを見ていた。
「下僕が主人のもとにいるのは、当然なのですよ」
「あー……はいはい。そーですね」
先程までと変わらない表情をしてはいるが、取り敢えず落ち着いたのだろう。力が抜けて、腕を放しながら適当な返事をする僕を見て、春待はやれやれとばかりに首を振った。やれやれはこっちだ全く。
「もぉ、青ちゃんたら、おてんばさんねぇ」
僕も含めて周囲がみんな、氷の粒まみれになっているなか、髪のセットすら乱さずに平常通りの無垢姉さんが笑う。頼むからこれ以上、春待を刺激しないでくれ。
「まぁイイわん。アタシはまだこれからお仕事だし、そろそろお
ヒラヒラと気軽に手を振って去っていく無垢姉さんを見送り――僕は深々と、溜め息をつかずにはいられなかった。
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