season2:夏―心焦がれる陽射し―
第一話 新しい出逢いを見つけろ
1-1 水着が見たいだけの人生でした
眩しい陽光が、じりじりと肌を焦がす。
夏――それは、人が身も心も最も、開放的になる季節。野暮ったい上着を脱ぎ捨て、太陽の光に誘われるままに新天地へ赴き、新しい出逢いに心も焦がす。
それが最も顕著なのが――そう、海だ。人々は下着と変わらぬような格好で肌を
「……それ、まだ続くのか?」
――僕の質問を、五月女は目をつぶったままフッと微笑んでかわした。
「白い砂浜。青い海。そこを共に駆ければ気持ちはいつの間にか通じ合う。ふとした瞬間に触れる肌と肌。どきりとして思わず見れば、彼女もこちらを見つめている。その潤んだ目は、彼女の心の内全てを物語っていて、そう、まさしく、その瞬間っ! エンダァァァァァッ!」
「おっさんかよ」
雑にツッコミだけすると、僕ははぁと白い息を吐いた。
「まぁ、確かに地面は白いけどさ」
そう、白い。白い雪が、辺り一面を覆っている。
「なんでだよっ! オレはっ!
「だからおっさんかよ……」
一夏のアバンチュールって。アバンチュールって。
春待ファミリースキー場。僕と五月女は、春や夏も開放されている標高が高い位置のゲレンデで、ひたすら無意味な会話をしていた。強いて言えば、五月女は僕をなじりたいのだろう。責めているのだろう。だけど、僕だってそんなことを言われたところで困るのだ。
※※※
――ことの発端は、夏休み直前における五月女の発言だった。
「合コンをしよう」
「……すれば?」
下敷きで顔を扇ぎながら、僕は唸るように適当な返事をした。クーラーの効かない、しかも風通りの悪い教室では、自力で風を起こすしかない。僕は半袖を肩までまくり上げて、犬のように舌を出していた。
「なんか、去年の今頃よりも暑い気がするよな……猛暑だもーしょ。地球温暖化反対」
「若い男がそんなことでどうするみなっち!」
五月女が暑苦しく熱弁をふるう。
「良いか? 昔の偉い人は言いましたっ。『先ず傀より始めよ』と。この意味するところはっ?」
そんな言葉、確かに漢語で習った気がする。僕は暑さに茹できった脳を動かして、ようやく思い至った。
「ええっと……確か、身近なことから取り組め、的な」
「そう! 地球規模の悩みよりも、まずは日本の問題を解決すべし! それが僕らの未来を明るくする! と言うわけで、日本の抱える大きな問題って言ったら少子化っ! 少子化をなんとかするには男女が出逢わなければッ! そのための合コンなのだよみなっち!」
「下心満載だなぁ……」
「男子高校生から下心を抜いたらなにが残るって言うんだよっ! 虚無だろッ!?」
止めろ全国の男子高校生を巻き込むんじゃない。
「だいたい、そうでもないやつだっているんだって……」
僕がそう呟いたときだった。
「桜庭」
「あぁ……高嶺」
来たぞ「そうでもないやつ」代表・爽やかイケメンが。高嶺は爽やかイケメンの異名の通り(僕が一人心の中でそう呼んでるだけだけど)爽やかに微笑みながら、こっちに歩いてきた。
「夏休みの企画の話なんだけど」
「あぁ、あれね」
「比菜子が、友達も連れてきたいって。良いかな?」
「あー、良いよ良いよ。比菜子さんも、春待と女子二人じゃ、やりにくいだろうし。春待には俺が言っとくから」
「春待さん、ここのところずっと休んでるもんね……体調大丈夫かな」
「あー。あいつ、昔から暑いの苦手だから」
そんな会話を適当に交わし、「じゃあまたあとで」と離れていく高嶺に軽く手を振る。爽やか効果で、心なし体感温度が下がった気さえするぞ。
「……おい」
爽やかさとは無縁な、陰鬱な声が、じとりと僕の耳を打った。
「なんだよ、今のは」
「なにって……別に。高嶺に今度、一緒に遊びに行こうって、誘われてて」
「バカかっ。
「そう言われても」
あのできごとの後。六月の終わりに退院した比菜子さんだったが、長い期間寝たきりだったため、リハビリと退院後の検査などでずっと忙しかったらしい。それにようやく
「みなっちは、そういう陽キャラみたいな真似をするやつじゃないって、信じてたのに……っ」
「その信じ方は失礼だろ、僕に」
いや、まぁ分かるけども。分かってしまう自分が嫌だけれども。
「……オレもまぜてよ」
「えぇ……」
じとりと睨みながら言ってくる五月女に、僕は下敷きを煽る手を止めた。
「たぶん、五月女が期待してるようなことはしないけど」
「たぶんってなんだよたぶんって! 二割ぐらいの確率ではするんじゃないのかよっこの不純異性交遊共らめっ」
おまえどんだけのことを期待してるんだよ。
僕は頭を掻き、最早面倒になって「まぁ、良いんじゃない?」と適当に頷いた。ちょうど、高嶺の彼女の友達も来るって言うし。だったら、五月女が増えてもそう問題ないだろう。
「じゃあ高嶺たちには俺から言っとくけど……」
「よっしゃー! レベルの高い合コン、ゲットだぜーっ」
ガッツポーズをする五月女を、僕はまた適当に受け流し。暑さに茹であがった僕の頭は、五月女に伝えるのをすっかり忘れていた。遊ぶ場所が、春待の実家であるスキー場だということを。
※※※
「うぅ……水着ぃ……おんなのこのみずぎぃぃ……っ」
「泣かれても」
ゲレンデで一人、
「つーか、なんでスキー場なんだよっ! 夏だぞ夏っ! 夏に男女で出かけるなら、一に海、二に夏祭り、三にプールだろッ!?」
「それは知らんけど」
僕は分厚い手袋をつけた手で、頭を掻いた。分厚い帽子も被っているため、あまり意味はない。
「春待が陽射しとか暑いとこ苦手なんだよ。それ聞いて高嶺が、だったら春待の遊びやすいとこにしようって」
「くーっ! ことごとく男女のロマンが分かってないやつらめ……ッ」
というかおまえは、メディアの情報やイメージに踊らされ過ぎだろう。荒ぶる五月女を宥めるのにも、僕が
「あらん。青ちゃんとこのボクちゃんじゃなぃん」
「うげ」
急に聞こえた声に、僕は素直すぎる声を出してしまい、慌てて口を閉じる。
声の主は、女だった。モデルのような長身に、生地の厚い防寒着の上からも分かる、グラビアアイドルのようなスタイル。ウェーブのかかった白金色の髪は染めているのだろうが、不思議と安っぽくない。大きな目をきらきらと輝かせながら、狩猟中の獣のような足取りでこちらへと近づいてくる。
隣を見ると、五月女はポカンとした間抜けな顔で、彼女を見つめていた。
「タヌキのとこには出入りしてるって聞いてたけどぉん、今日はどぉしたのん? アタシに会いに来てくれたぁん?」
「……友人と遊びに来ただけです」
ぼそぼそと答える僕の袖を、「おいっ!」と五月女が引っ張った。目が血走っている。
「誰だよこの人っ! この美女はッ」
うるさいついさっきまで間抜けな顔してたくせに。ずっと放心していろ。
とは言え、五月女がそうなるのも無理はない。それくらいの――「美女」としか形容しようのない、そういう女だった。
女がにこりと微笑むと、五月女はダメージをくらったように「ぐはぁっ」と胸を押さえて呻いた。うるさい。
できればかかわり合いにはなりたくなかったが、むげにすることもできず、仕方なく僕は口を開いた。ぼそぼそと。
「……えぇっと、こっちの方はだな……
「え、あ。春待、って」
そう。僕はいやいや首を縦にした。女――春待無垢も、機嫌良さげに頷く。色気過剰に。
「そうよぉん。春待青の、姉でぇす」
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