2-3 もう少し先にとっての後の祭
「恋は下に心で下心、愛は真ん中に心で真心――と言うわけで無垢さんっ! 愛していますッ」
結局。
五月女と春待の話し合った結果、「もうストレートにいくしかないんじゃね?」となったらしい。
「だからって、なんであんな……」
「好意を伝えつつ、他者との差違を出して印象づけたいということで。豆知識を仕込んでみたのですよ」
「豆知識って言うか、どっちかって言うとトンチっぽいけど……」
僕と春待が話している間に、「あらぁん。ありがと、ボクぅ」という、無垢姉さんの声が聞こえてきた。
無垢姉さんはリフト乗り場の側に腰を下ろしながら、冷たい缶コーヒーを飲んでいるところだった。台詞の割りに真剣な顔をしている五月女の頬に触れ、「ふふ」と笑う。
「アタシも、アナタに恋してるわぁん」
「ま、マジっすかっ? 無垢さんがオレに下心抱いちゃってるんすかッ!?」
「えぇ。だってアナタ、元気いっぱいでぇん」
無垢姉さんの紅い唇から、ちらりと舌が覗く。
「――とっても、美味しくいただけそうだもの」
「ぐぅう……っ! い、今のは童貞高校生男子には刺激が強すぎるっス……ッ」
完全にもてあそばれている友人を救ってやろうと、僕はそっとそちらへと近づこうとしたが。
「……どうしたんだ?」
春待が僕の腕をつかみ、じっと顔を見つめてくる。
「邪魔してはダメです」
「いや、だって。このままだとまずいだろ」
そう言って、僕は一緒になって五月女を見守っている夕顔さんへ、ちらりと視線を向けた。夕顔さんはこちらに気づかず、顔をほんのり赤らめながら、五月女らのやりとりを見つめている。完全にただの野次馬だ。
「なにがまずいのです?」
「なにがって……そりゃ」
「五月女は、自ら無垢姉さまの元へ行ったのです」
「そうは言っても」
僕は眉を寄せて、五月女と無垢姉さんを見た。
「どう考えても、五月女と無垢姉さんは無理だろ」
当たり前のことを、当たり前に言っただけなのに。何故か、春待はひどく不満げな顔をしている。
「無理だと、ダメなんです?」
「は?」
「想いが叶わない相手を想うのは、ダメなんです?」
「え? あ、そりゃあ……」
駄目だろ、と言おうとして。その、春待の眼差しの強さに、思わず唾と言葉を呑み込んだ。
え? 「想いが叶わない相手を想うのは駄目か」だって? だって、叶わないんだろ?
だけど、叶わないからって簡単に棄てられるものなのか? 想いって、そういうものなのか? 棄てられなかったらそれは、「駄目」なのか?
考えるほどに、頭がぐるぐると回る。「恋愛は自由」っていうのは、キラキラ系女子がよく言うけれど。本当に恋っていうのは自由なのか? 好かれた相手が困ることだってあるだろ。そしたら、やっぱりそれは「駄目」な恋愛ってことなのか? 例えば、好きになった相手にすでに好きな人だったり、決まった相手がいるなら、そりゃ、退くべきだと僕なら思うけど。
「それは、なんでです?」
なんでって……なんでって。
えぇっと、そうだ。そうなったら、誰かが悲しむことになるだろ。特に、決まった相手がいるんだったら。その関係を壊しにいくのは、そりゃ駄目だろ。人間には、倫理ってもんがあるんだから。
「なぜ、倫理が必要なんです」
なんでって……そんなこと、訊かれても。
倫理っていうのは、なんて言うか。ルールみたいなもんだから。ゲーム中にルールを守らないやつがいたら、そのゲームはいっきにつまんなくなるだろ? 楽しめなくなっちゃうだろ?
そういう意味では、無垢さんもルールから外れたような存在なわけで。
そうだ、そんな無垢姉さんを好きになったところで、五月女が幸せになれるわけがない。友人の幸せを願うのは、当然だ。
「ふぅん……」
僕は僕の考えに納得したのだけれど、春待はますます難しい顔になってしまった。
「いえ、分かったのです。五月女は、無垢姉さまを愛しても、幸せにはなれないのですね」
「そう、思うけど」
うん、無理だ。だから止めてやらないと。僕が二人に向かって歩いていく後ろから、春待の声がぽつりと聞こえた。
「恋愛は、必ずしも幸せなモノではないのですか……」
いったい、どうしたっていうのか。らしくない春待の様子に、僕は足を止めて振り返った。
「春待?」
「なんです?」
訊き返してくる春待の顔はいつも通りで。
なんてことのないようなその様子に、僕は戸惑い、何を言おうとしたかも忘れてしまって。
肩をすくめ、結局何も言わずにまたその場を離れた僕を――もし叶うなら、ぶん殴ってでも止めるべきだったというのが分かるのは、なにもかもが終わってからのことだったのだけれど。
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