2-3 春待の弱点
「恋愛するつもり、です? えぇ、もちろんですとも。本気ですよ。決まってるじゃないですか」
体育後、屋上に続く階段で、こっそりと落ち合った僕と春待は、今後の作戦を練るため話し合っていたわけだが。
春待の高嶺への態度があまりに残念すぎるため、念のために僕は、その本意を問いただした。つまり――春待おまえ、本気で恋愛したいのか? と。
それに、心外という顔をして返された言葉が、まぁ先のものだったのだけれど。
「そうか……分かったよ」
「なにがです?」
「この作戦を立てる上での、弱点だよ。それも、致命的な」
と言うより、本当なら僕は気づいていたはずだったんだ。なにせ、もう何年も春待を見てきたのだから。だがある意味ではそれが、僕のことを盲目にさせていたのかもしれない。
「弱点…ですか」
豊かな胸の前で腕を組みながら、春待が大きな目をつと細める。
「聞きましょう。なんです?」
「うん……つまりさ、なんて言うか」
いざ、それを口にしようとすると、なかなかにし難い。だが、やはりそれを無視して、高嶺を春待とくっつけることは無理だろう。
乾いた唇を軽く舐め、僕はゆっくりと口を開いた。
「だから、その。春待の――性格が、悪い」
僕の言葉に。春待は可愛らしく小首を傾げた。
「それで?」
「は?」
「それで、なんでそれが弱点なんです?」
どうやら怒ってはいないらしい。むしろ、余計に悪いことに、なんとも思っていないらしい。これは重症だ――僕はなんと春待に説明すべきか、更に頭を捻らせた。
「確かに春待の外見が良いことは認めるけどさ。ヒトって結局……それだけで恋愛するわけじゃないんだよ。まぁ皆無とは言わないけどさ、そういうのは――今回、対象から除外するんだろ?」
ようやく、春待は合点がいったようで、「なるほど」と頷いた。
「ですが、恋愛とは互いのありのままを受け入れてこそ、成立するのではないのですか? わたしの読んだ指南書では、そのように」
「指南書?」
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「指南書……」
だがまぁ、春待の言うこともあながち間違いとは言えない。言えない、が。
「たぶん、それは上級者向けだ」
「上級者……です?」
「うん。ある程度の時間、付き合いがあって。それこそ互いに飾る必要がないくらい、関係性ができあがっているような」
少なくとも、転校してきたばかりの春待と高嶺は、その関係に当てはまらない。春待も理解したのか、形の良い眉にきゅっと力を入れた。
「つまり、外見でなく中身を見て恋させるには、わたしの中身が足りないということです?」
「えっと……まぁ、その。ほら、自分の名前も覚えていないような相手じゃ、そりゃ、なかなか好きになるっていうのは」
もしくは、春待が飛び抜けて親切で愛らしくて可愛いげがあって――とにかくそういう性格をしていたなら、名前を覚えていないことくらい大したハンデにもならなかったのかもしれない。
だが春待は――違う。完膚なきまでに違う。東に病気の子どもがあれば助けたところで恩を着せて下僕にしようとするし、西に疲れた母がいても素通りする、そういうモノだ。
「じゃあ、体育のときの手当ても、ムダだったわけですね」
「いや、あれは無駄なんかじゃないよ。少なくとも、悪くない繋がりができたんだから」
そう、思ったよりも上手く関係作りをすることができた。だけど、あのときの様子を見たからこそ――これだけじゃ駄目だと、そう感じた。見た目とボディタッチだけで恋に落とすには、高嶺は良いやつ過ぎる。
下心を狙うだけじゃなく、もっと誠実な部分に訴えかけられるような、なにかが必要なんだ。
「……だからさ。やっぱり先ずは、春待がちゃんと好きにならなきゃ駄目なんだと思うんだよ」
「わたしが……好きに? タカヤマをです?」
「だから、そういうとこなんだってば……」
この期に及んで標的の名前を間違える春待を――いや、この「標的」って表現自体が、そもそも高嶺への誠実さを欠いている。
「春待は、そもそも恋がしたいんだろ? ただカップルになりたいんじゃなくて。だったら、まずは高嶺を好きになる努力をしないと」
「……なるほど」
やけにしみじみと、春待が頷く。
「伝わってきたのですよ。ミナミの気持ちが」
「そ、そう? なら、良かったけど」
「えぇ」と、春待はほんの少し首を傾げ、僕をじっと見つめた。
「タラミネのことが、ミナミはよほど気に入ったのですね」
「はっ?」
どうしてそうなる――いや、でもまぁ、確かに高嶺は良い奴だとは思うけれど。思ったけれど。
春待は一人で得心したとばかりに、うんうんと頷いている。
「ミナミはタカナミのことが気に入ったからこそ、わたしの方こそが安易な気持ちでタカムラに近づくべきでないと、そう思ったわけですね」
「違う。なにを聞いていたんだよなにを」
ちょくちょく変わる適当な名前のせいで話が紛らわしくなっているが――高嶺だ、高嶺――どう考えてもおかしな方向へと話がねじまがっているように感じるのは、気のせいではあるまい。春待は無責任に目を輝かせながら、「大丈夫です」と胸をはった。
「ミナミの話によると、タカハシは女子の誘いには簡単にノらないようですが、同性との付き合いに対しては、そうつれない態度をとるワケでもないのですよね」
「まぁ……そうだな」
「となると、ミナミの想いも、そう儚いモノでもないのやもしれないです」
「春待……おまえ、特殊な指南書も読んだな?」
険しい顔でそう訊ねると、春待は不服そうに口を尖らせた。
「特殊なのです?」
「悪いとは言わんけど、取り敢えず今回の件とは関係ないから忘れとけ」
そう話題を切り上げると、春待はまだ不満げではあったものの、「仕方ないのです」と首をふるりとさせた。
「まあ、要はわたしがタダミネを好きになれば良いのです?」
「そう……だけど。そもそも、それが簡単にいかないから、こうして相手を選んで作戦を立てるなんてことしてるんだろ?」
僕が言うと、春待はふふんと、自信たっぷりの笑みを見せた。
「我に策あり、です――ミナミが教えてくれたではないですか。他人を好きになる心理というモノを」
「は……?」
首を傾げる僕を置いて、話は終わったとばかりに、春待が足取り軽く階段を降りていく。短いスカートをひらつかせる、その軽快な後ろ姿をぼんやりと見つめてから、僕はハッとし、「待てっ!」と慌てて追いかけた。
明かりとりの窓から覗く空は、この時期らしく灰色に濁っていた。
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