第49話 バレンタインとゴブリン前編

 「初詣めぐりは大変だったぜ」

 「まさか、行く先々で他校の生徒の皆さんと遭遇するとは思いませんでした」

 「まったくだよ、鵜戸神宮ではナポリ女学院が鹿児島から屋台出していたり」

 「出雲大社では島根と鳥取のヒーローが屋台の売り上げ対決をされてましたね」

 残りの冬休みで出かけた神社の事を思い出す龍海とアイリーン。

 正月はご当地ヒーローの稼ぎ時、ヒーロー甲子園で対戦した学校の生徒達が

各地のイベントに出てきて二人と対決したりと盛り上がった。

 「玩具や綿あめの屋台は親の代からの知り合いのグッズだらけで怖かった」

 「そう言えば龍海さん、屋台の通りではビクビクされてましたね」

 「いや、商品化されてる人の一部からはジープで追い回されたりしたからな」

 龍海のように親も自分もヒーローな家の子となると、親や師匠のつながりで現役のヒーローとも交流があるので色々な思い出があった。

 親や師匠がお世話になったレジェンドなヒーロー達はグッズであっても、何か力を感じた。

 「そうですか、では私達の子にも受けさせないといけませんね♪」

 アイリーンが笑顔でジープ特訓を肯定する。

 「伝統とか変な因果は俺の代で断ち切るべきだと思う」

 体育会系や歌舞伎や能などの伝統芸能業界的な面があるヒーロー業界を自分の代で

悪しき因習は改めねばならないと、父親も果たせなかったことを誓う龍海。

 「龍海さんはその優しさを、妻である私にもっと向けるべきだと思います」

 アイリーンはどこか不満げだ。

 「いや、全力全開で愛してるって!」

 「もっと持てる愛を私に出してください! テ・アモ・ムーチョです!」

 龍海から愛を搾り取ろうと意気込むアイリーン。

 「変な所をお祖母ちゃんとか母さんからラーニングしないで~!」

 無駄だとわかりつつも抵抗を試みる龍海。

 スペイン語を交えて惚気た痴話喧嘩を教室で繰り広げる二人。

 同じ教室内にいるクラスメート達は遠くから見守っていた。

 

 そう、正月も終わり時は流れて二月。

 二月と言えばバレンタインデー! 今年も力華学園ではバレンタインデーのお祭りに向けて学園祭ムードが漂っていた。

 「ところで龍海さん? 私と言うパートナーがいる以上、バレンタインはサボらないで下さいね? 私もお義祖母様直伝のカカワトルを腕によりをかけて作ります♪」

 アイリーンがチョコレートを渡す宣言をする。

 「いや、逃げないから手加減してくれ」

 メキシコで振舞われた精力剤入りのホットチョコを思い出して顔を赤らめる龍海。

 盛られる、絶対に普通のホットチョコに何か盛られてると言う確信が心に突き刺さっていた。

 「メキシコからカカオを輸入して本格的なチョコレート作りなど昨年よりも盛り上げる予定だそうですね、楽しみです♪」

 メキシコ、龍海のルーツの一つであるその国はカカオの原産地のラインに入っておりブラジルに次ぐ生産量を誇る。

 「お祖母ちゃんとか身内の臭いがするなあ」

 「ええ、勿論お義祖母様の所で栽培された物ですよ♪」

 「うん、家に関する事って俺の身内が関わってないわけがないよね」

 親族間の繋がりの強さを感じた龍海だった、この身内の結束の強さが後の世の復興に繋がるなどこの時点では誰も気づかなかった。

 

 かくして、バレンタインムードに彼らが包まれる中。

 魔界では一悶着が起きていた。

 「い~や~~で~~す~わ~っ!」

 ヘルグリム帝国とは別の国、ゴメリ王国。

 青空の下、煉瓦敷きの通りをひた走るのは金の王冠に水色のドレスで着飾った

長い髪を風に揺らす金髪碧眼の美少女。

背には黄金の戦斧を括りつけたリュックを担ぎ、腰にはベルトポーチ、足はブーツと駆け出し冒険者かお姫様かわからないファンタジーな姿で少女は町中を走っていた。

 彼女の名はメイプル・ゴメリ、ドワーフ族のお姫様だ。

 「追え~! 傷付けず生け捕りにしろ~! 仮にも未来の女王候補だ!」

 メイプル姫を追うのは小柄で醜悪な緑色の小鬼の兵士達、ゴブリンだ。

 「姫様を守れ! ゴブリン共に渡すな!」

 街の住人達が一丸となって商品や肥桶を投げつけたり荷車でゴブリンの兵達に体当たりをしてメイプル姫を逃がさんと奮闘する事から姫が民に愛され親しまれているのが見える。

 「皆様、必ずや援軍を連れて帰ってきますわ!」

 民の奮闘に感謝しつつメイプル姫はポーチから山羊の紋章が描かれた羊皮紙を取り出す。

 街の入り口に輝く虹色の壁、街道と呼ばれる転移ゲートに辿り着いたメイプル姫は壁に羊皮紙を叩きつけると姿を消した。

 彼女の行き先は、ヘルグリム帝国大使館である。


 住民たちの妨害で散々な姿にされたゴブリン兵達。

 「しまった、逃げられたか! 転移先を調べろ!」

 兵の一人が叫ぶと黒いローブを纏った魔術師のゴブリンが虹色の壁に触れて念じる。

 「日本? 桃ノ島? しまった、人間界に逃げられた!」

 魔術師ゴブリンが叫ぶと同時に耳と鼻から血を流して死亡する。

 異世界の情報に触れて脳が過負荷を起こして爆散したのだ。

 兵士ゴブリン達の顔が青ざめる。

 「に、人間界だと? ヒーローとか言う化け物共がウヨウヨいる?」

 「異世界じゃ、本国に戻って上に報告しないとどうにもならん!」

 「くそ! ドワーフどもめ、戦争だ!」

 魔術師ゴブリンの死体を放置し、ゴブリン達は本国へと帰還すべく虹の壁へと突っ込んだ。

 

 そして、暗雲に覆われて荒涼とした岩山だらけのゴブリンの国。

 一番高い岩山の洞窟の中が彼らの王宮。

 ボロボロの絨毯が敷かれた謁見の間、骨でできた玉座に王はおらず

 王子服を着たゴブリンの少年が荒れていた。

 「姫に逃げられただと~! しかも、人間界って何だよ!」

 ゴブリンの王子プリンスゴブリンは頭を抱える、ドワーフとゴブリンが戦争中で

戦好きな王は前線に赴いていた。

 戦争の理由はプリンスがメイプル姫に惚れるも拒否された事、冒険好きなメイプル姫は魔界のあちこちを旅してゴブリンの国を襲って来たゴブリン共を蹴散らして通り過ぎた際にプリンスに見初められてしまったのが不運の始まりであった。


 プリンスゴブリンは、どこから仕入れたのかメイプル姫の外出情報を掴み兵を率いて誘拐婚に持ち込もうと企むも逃げられた次第である。

 「こうなったら、魔術師共を集めて人間界に乗り込んでやる!」

 欲望から無謀な事を企むプリンスゴブリン。

 迷惑な事件が人間界とヘルグリム帝国を巻き込もうとしていた。

 

 そしてヘルグリム帝国大使館、龍海がコンビニに出かけようとした時に玄関口の虚空に光り輝く魔法陣が現れる!

 「え! ちょ、やべえ!」

 魔法陣から突っ込んできた少女をお姫様抱っこで受け止めた龍海。

 「……は! あなたはもしやプリンス龍海様ですか?」

 「そうだけど、降ろして良いかなちんまいお嬢ちゃん?」

 少女を下す龍海、そんな彼の背後から家族達が集まって来た。

 「ちんまいなんてひどいですわ! けど健気な私は耐えますわ!」

 よよよと嘘泣きをするメイプル。

 「いや、誰だよ君?」

 ツッコむ龍海。

 「あら、私としたことが? 初めまして、私はメイプル・ゴメリと申しますわ♪」

 ドレスの裾を掴んでお辞儀をするメイプル姫。

 「で、そのゴメリさんが何用で?」

 「龍海さん、そちらのお方はドワーフ族のゴメリ王国のメイプル姫ですよ」

 アイリーンがツッコむ。

 「……ああ、家の帝笏を作ってくれた所か♪」

 「ええ、我が国の技術を活かした傑作武器の一つですわ♪」

 ポンっと手を叩き思い出す龍海、魔界の事情をまだよくわかっていなかった。

 「奥方のプリンセスアイリーンの方がお話が通じそうですわね、両国間の友好条約に基づいて私の保護を求めますわ!」

 山羊の頭の紋章が描かれた羊皮紙を取り出して見せるメイプル姫。

 「ひいお祖父ちゃんの署名があるな、有事の際は王族同士助け合う事を誓う?」

 羊皮紙の内容を読み上げる龍海、事態がまだ呑み込めていない。

 「はい、今がその有事ですわ! 私を狙ってくる輩からお守りくださいませ!」

 龍海を無視して要求するメイプル姫。

 「わかりました、お迎えさせていただきます」

 アイリーンが承諾し、ヘルグリム帝国はメイプル姫を保護する事となった。

 バレンタイン前の突然の来客、こうして龍海達は魔界からの事件に巻き込まれた。

 

 

 

 

 




 

 

 


 


 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

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