恋に青春にミスター・ウィークは跳び上がる


 居間に設置したテレビでは早朝のワイドショーが流れている。

 

『街の人に聞いた! ミスター・ウィークはヒーローか!?』

 

 どうやらミスター・ウィークの特集らしい、だがこの手の企画は定期的にやっているため今更新鮮味は少ないうえに、インタビューに答えるのは大抵局にとって都合のいい返答をした人かサクラだ。

 

『あなたはミスター・ウィークについてどう思ってますか?』

『どうって、まあいつもフライドポテト食ってるな……ほらそこでも』

 

 インタビューに答えた男性が指さした方へカメラがぐるりと回転し、大通りを挟んだ反対側を映すと、話題のミスター・ウィーク本人がベンチに座り、マスクの口部分だけ開けてフライドポテトを食べていた。

 

『くおらウィーク!! 今度こそ逮捕だあ!』

 

 インタビュアーが言葉を失ってる間にジェイソン警部が通りがかり、それに反応したウィークがすぐさま跳び上がって道路を超えてカメラの前に降り立った。

 

『あっ、ども。カッコよく映ってる? ポテト食べる? あげるよ』

 

 と、カメラマンもインタビュアーも何かを言う前に、ウィークはポテトをインタビュアーに渡して何処へと姿を消した。

 あっという間の出来事で未だに状況を飲み込めないインタビュアーとカメラマンを差し置いて、先程インタビューを受けた男性が前に出てきた。

 

『ポテト食べていい?』

『どうぞ』

『……まあまあな味だ』

 

 

 ―――――――――――――――――――― 

 

 

 

 テレビの番組は次に今日の天気予報を報せ始める。

 マックス・ミラーは朝食のトーストを齧りながら天気予報に集中していた。どうやら今日は一日中晴れるらしい。マックスの妻であるトレーシー・ミラーはサラダが盛り付けられたボウルをテーブルの真ん中に置いてから椅子に座った。

 

「そうだワイアットを起こさないと」

「私が行くよ」

 

 言ったのはマックスとトレーシーの娘のリサ・ミラーだった。彼女は腰まで届く髪を翻して2階へと上がる。

 リサは2階奥の部屋で立ち止まり、ドアを無造作に開けて中へと入っていく。

 

「起きなさいワイアット! いつまで寝てるの!?」

 

 脱ぎ散らかした服や無造作に散らばったコミックで足の踏み場もない部屋をゆっくり歩きながら、リサは窓際のベッドへと向かう。そしてカーテンを思いっきり開けて日光を枕元に浴びせるとモゾモゾと布団が動いた。

 布団の中ではリサの一つ下の弟のワイアット・ミラーが眠っている。

 

「もうすぐバスがでるわよ!」

 

 起きる気配のないゆえ、リサは強行手段にでた。

 すなわち無理矢理布団を引っペがして中にいるワイアットを床にずり下ろす。 

 

「う、うぅん……まだ眠い」

「起きろ! バカ! 遅刻するわよ!」

「んん〜……あ!!!」

 

 ようやく事の重大さに気付いたらしい。ボサボサの頭をそのままにワイアットは慌てて服を脱いでパンツ一枚になる。

 

「あれ? 着替えどこ?」

「ほらこれ、それじゃ私は先行くから」

 

 弟のパンツ姿など見慣れたもので、リサは適当に選んだ服を手渡してから部屋を出ていった。

 

「ちょ、ちょっと待って! ……うわわ」

 

 リサの背後でドサッと何かが倒れる音がした。どうせバランスを崩したワイアットが転んだだけだ。無視して階段を降りて家をでた。

 朝の爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込みながらリサはスクールバスの停留所へと向かった。着いた時はちょうどバスが発進する直前だったので慌てて乗り込む。

 

「ふぅ、危なかった」

「おはようございます。リサさん」

「あっ、おはよう」

 

 空いてる席に座って一息ついたとき、友人のカオリが声をかけてきた。黒い髪が綺麗な日本人の女の子、本名はカオリ・アダチという。

 留学生の彼女は上品な佇まいで深窓の令嬢のようだと評判だ。細い身体を抱きしめたらどれだけ気持ちいいだろうかと学校の男共は思ってるらしい。

 

「あら、ワイアットさんはどうされたんですか?」

「あぁあいつなら」 

 

 バスの扉が閉まり、程なく発進する。

 

「見ての通り遅刻よ」

 

 発進してすぐ後部座席の方から笑い声が聞こえてきた。カオリがそちらの方をみると、ワイアットがボサボサの髪を揺らしながらバスを追いかけてきているのだ。その姿がおかしいのか乗ってる学生は声をだして笑っている。

 

「バスを止めないと! あの!」

 

 可哀想になってきたのか、カオリは運転手に声をかけて停めてもらおうとしたのだが、その肩をリサが掴んで押しとどめた。

 

「いいわよ放っておいても」

「でも可哀想ですわ」

「大丈夫大丈夫、どうせ先についてるから」

「へ?」

 

 リサの言葉の意味を理解できなかったカオリは、疑問符を浮かべながら首を傾げるしかなかった。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「あぁもう、最悪」

 

 目の前から遠ざかっていく黄色いスクールバスを見送りながら、ワイアットは膝に手をついて心底疲れた声をだした。

 

「靴下も右と左で違うの履いちゃったし……はぁ、しょうがない」

 

 諦めたワイアットはトボトボと路地裏へと入って人の目から遠ざかっていった。

 ビルとビルの間の僅かなスペース、カメラも人の目も無いことを確認すると。ワイアットは徐に薄っぺらい仮面を取り出した。

 そして腕時計のネジをグッと押し込んでから、「ウィークウェア」と小声で腕時計に語りかける。すると腕時計から布のようなものが伸びて瞬く間にワイアットの全身を包み込んでいく、それはまるでNINJAのようなコスチュームであり、最終的にミスター・ウィークの姿となった。

 最後に仮面を顔に当て、仮面がフルフェイスメットの形に変形した。

 

「よーし、行こう」

 

 ビルの壁を蹴って登り始めた。バッグを肩に担いだまま屋上へと上がり、走って隣のビルの屋上へと飛び移る。

 そうやって軽快にマンハッタンの街を跳び回り、ワイアットは自分が通う学校へと高速で駆け抜けていく、それは普通にスクールバスを使うよりも早い。

 

 学校に着いたら誰もいない倉庫に不法侵入し、腕時計に「ウィークパージ」と呟いて元の姿へと戻る。何事もなくしれっと倉庫をでて、正面玄関へと回ってこれまたしれっと登校してくる生徒に紛れて校舎へと入っていく。

 ロッカーにバッグをぶち込んだところでリサとカオリに出会った。

 

「あ、リサ……ひどいじゃないか置いてくなんて」

「あんたが寝坊するからいけないんでしょ」

「あれ? なんでワイアットさんが先に」

「気にしないで、ちょっとした裏技を使っただけだから」

「はあ」

 

 カオリはそれでも納得いかないという顔をしている。

 これ以上聞かれると不味いと思い、話題を変えるべくワイアットはカオリに前から尋ねようと思っていた事を口にする。

 

「そ、そうだカオリさん。その……今週の金曜日、空いてるかな……食事とか、どう?」

 

 ずばりデートの誘いである。

 

「ごめんなさい、その日はバイトがありまして」

「あ、ああ〜バイトか、うんそれは仕方ない、バイト大事、カオリさんは偉いなあ」

「ありがとうございます。ご迷惑でなければまた誘ってください」

「う、うん! 絶対誘う!」

「では」

 

 ふんわりと甘い香りを残して彼女は廊下の向こうへと歩いていく、ワイアットはカオリの姿が見えなくなるまで小さく手を振っていた。

 その様子を見ていたリサ・ミラーはボソッと。

 

「フラれてやんの」

 

 と言った。

 ワイアットは凹んだ。

  

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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