ミスター・ウィーク編

その名はミスター・ウィーク


 夜でもなお明るく眠らない街と呼ばれるニューヨーク、アメリカ最大の都市は文化の中心とも言われ華やいでいるが、反面犯罪も絶えなかった。

 そのニューヨークの一部、マンハッタンと呼ばれる島では特にそれが顕著だった。

 夜の帳が降りたマンハッタンのアッパーイーストサイドの大通りを一台のワゴン車が猛スピードで走り抜けていく。

 明らかにスピード違反の暴走車だ。遅れて数台の警察車両が暴走車を追いかけて行った。

 

 その光景をビルの壁面の淵に腰掛けている少年が興味深そうに眺めていた。一体どうやって登ったのかわからないが、道行く人達は頭上の彼に全く気付いていない。

 少年は揚げたてのフライドポテトを齧りながら暴走車が走り抜けた方向を見つめている。奇妙な服装だった、全身を濃い青で包み、身体にフィットするよう作られた胸甲や鎧、篭手に肩甲とまるで大昔の忍者のようだった。脚は腿と脛に防具があてがわれ、足にはブーツのようなものが履いてあるが脛当と同化していた。

 全体的な色合いは地味だが、首に巻いたマフラーは綺麗な赤と目立っている。そして腰に二本の剣を提げていた。

 

「私だ。今アッパーイーストサイドを暴走車が駆け抜けている。さっき君の目の前を通りすぎたと思うんだが」

 

 傍らから声が聞こえる。発生源はフライドポテトの箱を立てかけているヘルメットからだった。

 

「はいはい、さっき暴走車見かけましたよ。あれを止めてきたらいいんですか?」

「話が早くて助かる」

 

 ブツっと会話が途切れてヘルメットは物言わぬ塊となった。

 少年はまだ手をつけていない二箱目のフライドポテトを横にのけてヘルメットを手に取る。クルクルと手の中で遊ばせながら頭に持っていきスポッと被った。

 服装に合わせた真っ黒なフルフェイスメットなため表情は一切わからない。

 

「さーてと、頑張ろうかな」


 そうやって意気込みを入れたら、メットの内部が淡く点滅して少年の視界にあらゆる情報が浮かび上がってくる。これを初めて見た時はゲーム画面のようだと思った。

 視界には付近のマップが映し出され、目の前二メートル先に目的地を指し示す矢印が出現した。勿論現実には存在しないのでメットを外せば見えなくなる。

 

「ふむふむ、あっちか」

 

 場所を確認し、いざ出撃……といったところで少年の後ろから男性が現れた。ここはマンションであるためすぐ側が居住スペースになってるのだ。少年が座っていたところは住人全員が使える公共のベランダみたいなもので、男性はそこで煙草を吸いに来たようだ。

 

「やあここの住人? お邪魔してるよ」

「お、おう……あんたもしかして最近噂のミスター・ウィーク?」

「そうだよ最近噂になってるミスター・ウィークだ。週の方じゃなくて弱点のほうね」

「あ、ああ感激だなあ。握手してくれないか?」

「OK、あとフライドポテトもあげるよ」

 

 少年……ミスター・ウィークは男性と握手した後、まだ手をつけていないフライドポテトの箱を男性へと手渡した。

 

「それじゃ!」

 

 サッと手を振ってミスター・ウィークはベランダから飛び降りた。

 急いで男性が縁へと駆け寄って下をみると、ウィークが篭手から発射したワイヤーを看板に絡めてスイングしてるところだった。

 まるでスパイ○ーマンのような動きをする彼を見た男性は興奮のあまり「ふぉぉぉぉぉ!」と叫んでしまう。

 その後もらったフライドポテトを一本齧りながらウィークの背中を見送った。

 

 尚フライドポテトの味は。

 

「まあまあだな」

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 2ndアベニューを黒い影が走り抜けていく。

 ミスター・ウィークは車をも引き離す速度で駆け抜ける。歩道を歩く人や車の運転手やらは通り過ぎるウィークの残像を見てポカーンとするしかなかった。

 

「えっと……次の角を、いや三つ目? あぁもうめんどくさい!」

 

 ルート確認していたウィークだったが、途中からめんどくさくなってしまい、メットの最短ルート案内をガン無視して矢印の方向へ真っ直ぐ走る事にした。その先はビルだが構わず進む。

 車を避けながらウィークは高く跳んで街灯の上へと着地する。続けてビルの壁面に設置されてる看板に向けて跳び移ってそのまま上へと壁を駆け登る。

 勢いが落ちた頃に隣のビルへと跳び移って壁面を蹴る。三角飛びの要領でビルからビルへと跳び移りながら屋上へと登り、矢印の方へ真っ直ぐ駆ける。

 直ぐに端っこへ辿り着くが、速度は落とさずそのまま屋上から空へと身を投げ出した。勿論自殺ではない、ウィークは三階分下の屋上へと着地してからまた駆ける。そうやってビルからビルへ跳び移りながら真っ直ぐ矢印の指す方へ向かっていると、セントラルパークへとたどり着いた。

 

「道路走ってないじゃん」

 

 暴走車はセントラルパークへ乱入して強引に突き抜けたようだ。

 ウィークは気だるそうにしながらビルをとびおり、落下しつつパークの木へ向けて篭手からワイヤーを射出した。ワイヤーはぐるぐると枝に括り付けられてウィークの身体を引っ張る。振り子のようにスイングしながらウィークはセントラルパークへと降り立ち、ワイヤーをボタン一つ押すだけで回収して再び走り抜ける。

 

 矢印の方向へ走り出すが、その先は池だった。

 

「大回りしたのか」

 

 どうやら大きく回って池の反対側へ出たらしいが、ウィークはそのまま真っ直ぐ池を飛び越える事にする。草むらが意外と走りづらいので時折木に登って枝から枝へと跳び移っていき、最後の枝を思いっ切り蹴って高く跳ぶ。しかし跳躍力が足りず途中で落っこちてしまうのだが、たまたま浮かんでたボートに着地して再び跳躍して岸に移る。

 茂みを抜けて通りにでるとカップルがイチャついているベンチの前だった。

 

「おっと失礼」

 

 カップルは突然現れたウィークに驚いたのか目をぱちくりさせて見ているだけだ。

 

「恋人の語らいを邪魔してごめんね、お二人共よくお似合いだよ。でも男さんの着てるシャツはダサい」

 

 言うだけ言って走り去った。

 残されたカップルは不意に我に帰り、男の方が女へと「俺のシャツダサい?」と尋ねた。女の方はただ無言で頷いて肯定した。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 


 セントラルパークを抜けて都市部にでるとサイレンの音がハッキリ聞こえるようになった。どうやら目的の暴走車は近いらしい。

 矢印とサイレンを頼りにパルクールしながら駆け、高校と大学に挟まれたリンカーンセンターの屋上を走り抜けてスーパーマーケットの駐車場に降り立つと、ついに暴走車を発見した。

 

「見つけた」

 

 暴走車を追跡する警察車両と並んで走るウィークの姿は何処かシュールだった。

 ウィークは一番前を走る警察車両の屋根に飛び乗って、その場に屈んで暴走車をじっくり観察する。

 

「あの暴走車すごいドライブテクだよね」

 

 実際ここまで追突事故を起こしたりしないのは素直にすごいと思う。

 

「貴様はウィーク! 降りろ!」

「おや」

 

 ウィークが乗っている警察車両の助手席の窓から一人の警官が怒鳴り散らした。

 

「これはこれはジェイソン警部じゃないですか、現場に出てくるなんて仕事熱心ですね」

「うるさい! いつもいつも我々の邪魔しおって! ヒーロー気取りか知らんが貴様のような奴はお呼びじゃないんだ!」

「つれないこと言わないでよ、僕達の仲じゃないですか」

「いいから降りろ!」

「わかりましたー」

 

 降りろと言われたら仕方ない、ウィークは観念して降りる準備をするために腰に差している二本の剣のうち一本を抜いた。

 

「おい何故剣を抜く!?」

「そりゃ……この車から降りてあの車に飛び移るためですよ」

 

 あの車とは暴走車の事であり、ウィークはボンネットを蹴って剣を伸ばした。文字通り剣を伸ばしたのである、剣は分裂してまるで鎖のように繋がれたまま暴走車の屋根に刺さった。

 

「じゃ!」

 

 ジェイソン警部にお別れを告げてからウィークは剣を引き戻しつつ身体を暴走車に寄せていき、トランクに貼りつくように着地した。

 そのまま柄でガラスを割って強引に中へ入り後部座席に我が物顔(マスクつけてるので実際の表情は不明)で座った。

 暴走車に乗ってるのは男四名で、一人は運転席、一人は助手席、二人は後部座席に座っておりウィークはその二人に挟まれていた。

 

「やあ、僕ウィーク」

「「てめぇ!!」」


 両サイドに座る男はウィークの顔面へ向けて同時に銃口を向けるが、ウィークは視線を動かさずに両手の甲を男達の鼻面目掛けて叩き込んだ。二人は目にも止まらぬ速さで繰り出されたパンチをモロに受けて気絶してしまう。

 

「ねぇこれいい車だね、僕車詳しくないからなんていう名前なのか教えて欲しいな」

「くそが!!」

 

 助手席の男が振り返って銃を突きつけた、ウィークはその銃を掴んで強引に男を後部座席へと引き摺り込む。首筋に手刀を当てて気絶させてから、ウィークは助手席に移って座る。

 

「なんなんだてめぇは! ちくしょうもう少しだってのに!」

「とりあえず車止めない?」

「うるせぇ!」

 

 運転席の男が片手でナイフを突き出してきた、ウィークは反射的にナイフを止めてカウンターを顔面にいれてしまった。気絶させたのだ。

 

「あっ、ヤバ」

 

 ドライバーを失った車はフラフラと走る、ウィークはハンドルを操作して何とか真っ直ぐ走るようにしようとするが、あいにく車を運転した事がないので上手くいかない。

 

「よし! ブレーキだ!」

 

 ウィークがテキトーに選んだペダルを踏む、すると加速した。アクセルだった。

 

「やーべー」

 

 慌てて別のペダルを踏もうとするのだが。

 

「三つある……めんどくさい!!」

 

 最早ブレーキを踏むことを諦めたウィークは助手席側から外へ出てボンネットに立つ、そこからゆっくり降りて足を後ろへ流れていく地面に着けて自分は振り返って車を両手で支える。

 力技で止める事にしたのだ。

 

 普通の人間ならあっという間に弾かれて大怪我するところを、ウィークは常人の倍の力で踏ん張って車を押しとどめる。その甲斐あって車は徐々にスピードを落とし。

 

「ぬおおおお止ーまー……止まった!」

 

 無事暴走車を止める事に成功した。

 しばらくして警察車両が暴走車を囲むように停車していった。その中の一台から先程のジェイソン警部が出てくる。

 ウィークは両手を広げながらジェイソン警部へと近づいていく。

 

「やあジェイソン警部」

「お手柄だなミスター・ウィーク」

「そうでしょ? 褒めていいんだよ」

「そうだな、署でじっくり褒めてやろうな」

「え?」

 

 ガシャンとウィークの手首から嫌な音がした。見ると両手が手錠で繋がれている。

 

「今日こそは貴様を留置所に叩き込んでいけ好かないそのマスクを剥ぎ取ってやるからな!!」

「ハッハッハー…………絶対嫌だ!」


 ウィークは手錠をかけられたままジャンプして近くのアパートの柵に跳び移って、そこからまた隣のビルの壁を蹴って屋上へと上がって行った。

 

「全くあいつはあ!」

 

 怒り心頭な警部を部下達は遠巻きに見ている。なるべく近づかないようにして怒りが冷めるのを待っているのだ。

 

「いつか必ず貴様を逮捕するからなああああ」

 

 ジェイソン警部の慟哭がニューヨークの街に響いた。いつもの事である。 

 

 

 

 

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