エピローグ


 日付が変わり、デーモンの死体処理が行われているウィネシーク湖を見下ろせる山中にて、二人の男が並び立ってデーモンの死体が解体されていくのを眺めていた。

 片方はスーツ姿のビジネスマン風の男、もう片方は同じくスーツだが、ジャケットもボトムスもシャツも真っ黒で喪服のような出で立ちをしており、シルクハットを被っている。

 どちらも山歩きには適さない異質な恰好だ。

 シルクハットの男が気楽に、天気でも聞くかのようなフランクさでビジネスマン風の男へ話しかける。


「砂の魔物はどうでしたか?」

「とてもよかった。デーモンと違って個々の力は低いが、その増産力は素晴らしい」

「素体が無事なら半永久的に生み出し続けますからね。こことは違う世界ではほとんど無敵の軍隊を作ってたんですよ」

「前言っていた異世界か」

「えぇ、まあ無敵と言っても一人の男に全滅させられてしまいましたがね」

「その男はこっちに来ているのか?」

「わかりません、可能性はありますが」

「どちらにしてもやる事は変わらんがな」

「期待していますよ」

「全てはバアル様のために」

「全てはバアル様のために」

 

 ビジネスマン風の男はシルクハットの男に背を向けて山を降り始める。しかしその姿は数秒後には異形の姿へと変貌して空へ舞い上がった。

 蝙蝠の羽根を生やした人型のトカゲみたいな姿が青空へ黒点を作って消える。

 それを見送ったシルクハットの男は虚空へと呟く。

 

「そう、全ては私のために。お願いしますよ……フフ」

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 エヴァン率いるゴールドチームと私兵隊のデーモンハントから数日後、アーチボルト家の執務室にて、その時の報告が私兵隊隊長からなされていた。

 

「デーモンの死骸から、新たに三体のデーモンが現れたのは確かなんだな?」

「確かです。会長」

 

 報告を受けたマークス・アーチボルトは、座っている車椅子を動かして窓際へと移動する。

 

「そして倒すと砂になったと」

「はい、始めての事例です」

「始めてではない、かつてとある小さな博物都市でも砂の魔物が現れた」

「魔物? デーモンではなくですか? それに博物都市とは」

「大した話ではない、それと砂化する者は総じて砂の魔物とする」

「わかりました。以降砂化するデーモンは砂の魔物と呼称します」

「行ってよい」

「はっ」

 

 隊長が出ていったあと、静かになった執務室でマークスは自分の胸に手を当てた。別に心臓病を患っているわけではない、そこには三十年程前に付けられた刺傷があるだけだ。

 目を閉じるとその日の事が頭に浮かぶ、二十となった頃に資産家の立場とコネを使って手に入れた博物都市バリエステス市長の座、まだ五年しか経っていないのにその都市で砂の魔物による大虐殺が起きたのだ。

 胸の刺傷もその時についたものである。

 その後マークスは、まだ小さな会社を経営しながらデーモンハントをしていた頃のアーチボルト家に拾われて今に至る事に。

 

「またサンジェルマンが現れたのか……お前はどこにいる、クラウザー」

 

 言葉は窓の外へ、冷えた空気に溶けて消えていく。

 目を閉じた彼の瞼の裏には、バリエステスの思い出が朧気に浮かんでいた。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「すまん、俺、チームを抜ける」

 

 マイソンシティの病院、重傷を負ったリックが入院してる病室、そこでゴールドチームの面々が顔を揃えている。

 リックの怪我は見た目ほど酷いものではなく、後遺症の心配無しで二週間後には退院できるとのこと。

 しかし精神面のダメージは大きく、今回四人が揃ったのはリックがチームを抜ける意志を伝えるため呼んだためであった。

 

「怖いんだよ……夜になるとデーモンが現れて俺を殺すんじゃないかって……全然眠れないんだ……だから」

「もういい大丈夫だ。誰もお前を攻めたりはしないから。治療費やその後のケア等はアーチボルト家が責任をもつ」

「ああ……すまないエヴァン」

「いや、俺も甘かった。命懸けの戦いなのはわかっていたはずなんだが、どこかで自分達は大丈夫という考えがあったんだ、最初にデーモンを倒した時なんかはそう確信していた」

「それは僕達も同じだよ、エヴァンだけが気にすることじゃない」

 

 傍らで話を聞いていたマシューが割って入る。彼もまた自分の甘さを恥じていた。

 今回、リックが襲われた事でゴールドチームの面々は自分達が何処か遊び感覚でいた事を自覚したのだ、現にゴールドシリーズはゲームコントローラーで動かすゆえに尚更そう感じる。

 

「あたしもさ、怖くなっちゃって……ごめん、あたしも抜けさせて」

「エレナも遠慮するな。元々俺の我儘で結成したチームだ。どのタイミングで抜けようと咎めたりしない。後の補償もこっちでやる」

「うん」

「それとこれは俺から言おうと思ってたんだが、チームは今日で解散する」

「エヴァン……僕はまだ続けるつもりだよ」

「いやマシュー、気持ちは感謝するが決めたことだ。チームは解散、これが進路に響くなんてことは無いから安心しろ」

「だが君はどうするんだ?」

「俺の事は気にするな……整備士もいるし私兵隊もいる。なんとかなる」

「しかし」

「黙れ! 俺はエヴァン・アーチボルトだぞ! マイソンシティで一番偉いアーチボルト家の御曹司だ! その俺の言うことが聞けないのか!?」

「エヴァン」

「とにかく解散だ、じゃあな」

 

 エヴァンは怒り心頭を装い出ていく。見る者がかつての彼を知るのなら、昔に戻ったと思うのかもしれない。しかし数ヶ月間共に過ごした三人は、それが彼也の不器用な気遣いである事を理解していた。

 実際、エヴァンの心中は後悔と呵責に苛まれていた。

 

 結成して約四ヶ月にして、ゴールドチームは解散した。

 

 

 

 ゴールドマン編 ~完~

 

 

  

 

 

 

 

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