10th PROJECT
歓喜に包まれるゴールドチームとは違って、私兵隊指揮所では慌ただしく私兵達が動き回っていた。動かなくなったデーモンをモニター越しに見つめる隊長はこれからおこる後始末を考えて眉を顰めた。
「これだけ大きいのは初めてだな。死体処理にかける時間はどれくらいだ?」
「暫定ですが、最低でも五日は必要です」
デーモンを倒すだけが仕事ではない、その後処理も重要な仕事なのだ。特に死体を放置すれば腐って毒素を撒き散らす可能性がある。
また死体を処理するだけで終わってはならず、死体のあった場所の洗浄作業、今回なら水質検査も行わなければならない。
「処理チームの編成を頼む、それとゴールドチームは先に帰らせておけ。子供は寝る時間だ」
「了解」
隊長はようやく一息つけると安堵して外で煙草を吸おうと立ちあがった。天気は非常によく、星も見える。これでデーモンの死体が無ければセンチメンタルに浸れたものを。
アーチボルトの私兵隊としてデーモンハントを始めて数十年になるが、ここまで大きいデーモンは初めてだった。ついでに子守りも。
「アーチボルトの坊ちゃんも中々やるじゃないか……俺も数年後には引退できそうだねぇ」
ふぅ〜と煙を吐きだす。揺蕩う煙は風に流されて川へと向かう、隊長は煙が旅する方向へ視線を動かし、そしてそれが見えた。
未だ山のような存在感を放つデーモンの死骸、その付近では処理班がデーモンの素体サンプルを採取しながら、切断箇所の裁定を行っている。
そして処理班の視界に入らない箇所、上の方で僅かだがデーモンの死骸が波打っていたのだ。
「まさか、まだ生きてるのか」
急いで指揮テントに戻る。
血相を変えて駆け込んできた隊長を見たオペレーター達はギョッとした顔で強ばっていた。
「おい! 今すぐ処理班を下がらせろ! それと戦闘配置急げ! まだ生きてるぞ!!」
オペレーター達は隊長の指示に一瞬疑問を浮かべたものの、それを尋ねて時間を無駄にするような事はせず迅速に対応を始めた。しかし少しだけ遅かった。
オペレーターが指示を伝えるのと同時に、処理班の一人がデーモンの死骸から突き出てきた針のようなもので刺し貫かれたからだ。
即死だったのだろう、心臓を一突きされた兵はその場で崩れ落ちて川へ流されていく。代わりにデーモンの死骸の中から、皮膚を破って小型の化け物が現れた。
全長は二メートル前後、二本の脚と二本の腕があるのでシルエットは人型だが、顔はネズミのように顎が伸びており、背中には無数の針がハリネズミのようにビッシリ生えていた。
「くそ! 中にもう一体いたのか!?」
「一体じゃありません!」
オペレーターの言う通り、デーモンの死骸から二体目のハリネズミデーモンが現れた。
素早く戦闘態勢を取れた歩兵部隊が逃げる処理班を援護するため小隊機銃を連射する。注意を引いて処理班を逃がす事には成功するも、ハリネズミデーモンは銃撃を華麗に回避しながら、歩兵部隊へ驚異的な脚力でもって飛びかかってきた。
着地する時に、背中から針を一本抜いて、まるで武器のように手で構えながら一番近くにいた歩兵の首を刺した。
――――――――――――――――――――
その頃ゴールドチームの面々は、突如鳴り響いた銃声に驚き戸惑っていた。最初に冷静さを取り戻したマシューが指揮所に通信を飛ばして状況把握に務め始める。
「こちらマシュー、何が起きてるんですか!?」
マシューの行動に触発されてか、他のメンツも落ち着きを見せ始める。
指揮所からの返答はやや遅れて、ジジとノイズが一回はしってから返ってきた。
「新たな敵が出現! 人型、ハリネズミのよう、大きさは約二メートル、数は二体です! ゴールドチームは戦闘態勢に移行して待機していてください」
「了解しました」
交信はそこで一旦終了し、マシューは一息つく。通信自体はまだ繋げたままなのでいつでも命令を受けられるようにはしてある。
「新しいデーモンらしい」
「とりあえずローターでその辺調べてみるか、まだいるかもしれないし」
「そうだね、僕はもう一度指揮所と連絡をとって情報を集めるよ」
「じゃあ私はキューブで探索してみる」
「車はどうする? ひとまず逃げやすいよう場所変えるか?」
「うん、リックお願い」
少しこ慣れてきたようで、テキパキと役割分担していく。
ローターで周辺の調査を始めたエヴァンは、ふとある事に気付いた。
「なあ、いつの間にかマシューがリーダーになってねぇか?」
「え? 兄さんがリーダーじゃなかったの?」
「ちげえよ! 俺だろ! 俺がつくったんだから!」
「どっちでもよくないか? ああそれと車は野営地の近くに停めておくぞ」
「良くねえ! おいリック、てめぇ俺とマシューどっちを信用すんだ!? えぇ?」
「マシュー」
「即答かよ」
「うるさい、静かにしてくれないかな」
「「ごめんなさい」」
――――――――――――――――――――
アサルトライフルが夜の森で火を噴く。私兵隊の銃弾は懸命にハリネズミデーモンを狙い撃つが、動きが早いためか中々捉えられない。弾は塩水を込めた特殊弾頭なので、急所に当てればまず間違いなく倒せる筈なのだが、当たらない。
更に木の影や茂みに隠れたりと、障害物が多いこの場所では機動力の高いハリネズミデーモンが圧倒的に有利となっている。
「退却! 退却!! 一度開けた場所にで……」
小隊長は、開いた場所に出ると言いたかったのだろうが、夜の森から飛んできた針に心臓を貫かれて絶命してしまい、最後まで言うことができなかった。
目の前で倒れる小隊長をみて、私兵隊は一時パニックになりかける。しかし副長がすぐ様「盾よーーい!!」と大声で指示したため、ひとまず盾を構えて針に備える事に意識を向けて落ち着きを取り戻した。
しかしその盾も万全とはいえず、SWATで使われる対人シールドゆえ再び飛んできた針が半分ほど貫通して止まった。構えてた兵士は右脇の下を針がくぐったのを見ておっかなびっくりして尻餅をついてしまう。腰を抜かさなかったのは流石兵士というべきか。
夜の闇で覆われた森に紛れてどこからともなく飛んでくる針によって足をとめられたのはいたい。
「まずい、この状況は非常にまずい」
現在副隊長を中心にして円状に盾を構えているのだが、いつまでもここで足止めをくらうわけにはいかない、援軍を求めたが、近くの部隊は同じようにもう一体のハリネズミデーモンに釘付けにされており、指揮所からも距離がある。
おそらく待っている間にこちらがやられてしまう。
そう思案している間にも針が何度も飛んできて盾に刺さっていく。そのうち何本かは兵士の肩を貫いていた。
それでも構えた盾は崩さない。
――――――――――――――――――――
「エレナ! 小隊がピンチだ! 急いで!」
「急いでるってば!」
各小隊の状況を把握したマシューの指示が動く、エレナのキューブは今盾を円状に構えて身動きとれなくなっている小隊の元へと飛んでいってる最中だった。
「よしいいぞ、デーモンは正面だ。空から降りて上から押し潰そう」
「わかった」
月光を反射しながらキューブは森の上を飛ぶ、キューブの熱源センサーがデーモンを捉えた。ハリネズミデーモンは今まさに針を投げようと投擲の構えをとったところだ。
エレナはキューブの角度を合わせて、一気にアクセルボタンを押し込む。急加速したキューブは超高速でデーモンへと迫り、異変に気付いたハリネズミが振り替える瞬間に衝突してそのままデーモンごと地面に激突した。
キューブの下でハリネズミデーモンがのたうち回っている。
「今よ! 撃って!」
キューブからエレナの声が響く、小隊は考える間もなくアサルトライフルを構えて弾倉が空になるまで下敷きになって動けないハリネズミデーモンを撃ち続けた。
大昔のアメリカンニューシネマで、二人の男女が銃弾の嵐で死のダンスを踊るシーンがあるが、ハリネズミデーモンはそれを彷彿とさせ銃弾を浴びる事にビクビクと痙攣して、動きを止めた。
「やった勝ったあ!」
「おう、そっちも終わったか」
エレナとほぼ同時、別の小隊を援護しに行っていたエヴァンもデーモンを倒したようで、二人はハイタッチして健闘をたたえ合った。
「にしてもこいつらどこから現れたんだ?」
と、ゴーグル越しにハリネズミデーモンの死体を見る。するとハリネズミデーモンの死体が徐々に崩れ始めて砂になってしまう。
エレナも同じで、ハリネズミデーモンの死体が砂になっていくのを確認した。
「おいおいなんだこりゃ、砂になるデーモンなんて始めてだぞ、これはどういう事だ?」
「わからないけど、今は部隊を立て直すことを優先しよう」
その時、ゴールドチームの乗ったキャンピングカーの天井から鈍い音が響き、車全体が大きく揺れた。
「うわっ」
「きゃっ」
「くっ」
バランスを崩すエヴァンとマシューとエレナ、椅子にしがみついて何とか堪える。そしてその直後、運転席のリックの絶叫が耳を突き刺す。
「うわあああああああ」
「「「リック!!」」」
リックの足、左の太腿に大きな針が突き刺さっていた。それが意味する答えは一つ、もう一体のハリネズミデーモンが車の上にいるということ。
「い、いてえええ、ちくしょう! 抜けねえ」
慌てふためくリックは懸命に針を抜こうとするが、針が重いのか力が入らないのか、上手く抜くことができずにパニックになる。
エヴァンは何とかローターを呼び寄せようとコントローラーを手にし、マシューとエレナは身近にデーモンがいる恐怖で怯えて固まってしまっている。
そうこうしてるうちにデーモンは運転席の正面に現れた。片手で上の突起物にぶら下がって、もう片方の手で針を構えている。
そのままリックを刺し殺すつもりらしい。
「おい、よせ、やめろ、来るな! お願いだ! 死にたくない! 助けてくれ!」
絶望し、涙を浮かべ、デーモンに命乞いすらする。デーモンに言葉が通じるのかはわからないが、ハリネズミデーモンは表情一つ変えず針を持つ手を振り上げて、その脇から銃弾を浴びて地に落ちた。
「クリア……おい大丈夫か?」
野営地の傍に車を停めていたおかげで、異変に気付いた兵士が助けに来てくれたらしい。
デーモンは程なくして砂へと変化し、リックの足に刺さっていた針も砂化した。
「う、あああああああ」
痛みからなのか、恐怖から解放されたからなのか、その両方からなのかはわからないが、しばらくリックの叫びがゴールドチームの心を締め付けた。
エヴァンの操縦するローターが戻ってきたのは、丁度そのタイミングだった。
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