一七四八年、フランス 〜後編〜


 数年前からコレージュ・デ・キャトル・ナシオンでは不可解な失踪事件が度々起きていた。

 

 最初の事件は八年前の一七四〇年八月、ボワティ家の令嬢が行方不明となった。最後に目撃されたのは同月八日、その日の夕方にマドマーゼル・ボワティは友人に「月に照らされてきますわ」と言い残してどこぞへと姿を消したという。

 奇しくもその日は満月であった。

 

 二回目はそれから三年後、一七四三年一月、デオンが入学する直前である。行方不明になったのはガティネ家の令嬢である。最後に目撃されたのは同月二十一日、夜に学校を徘徊する姿を巡回中の衛兵が目撃し、すぐに追いかけるが見失ってしまう。

 この日もまた満月である。

 

 三回目は翌年の一七四四年十一月一日の満月の夜、またもや貴族令嬢が行方不明となる。前二回と似た状況のためすぐ警察による捜査が行われるが、手掛かりは掴めずお蔵入りとなる。

 

 以降、毎年満月の日に貴族令嬢が一人行方不明となる事件が発生し、その度に警察による捜査が行われるも、何れも空振りに終わるのが現状である。

 この事はフランス国王ルイ十五世の耳にも入り、彼はこれを悪魔デーモンの仕業と判断し、悪魔狩りデーモンハンターへ捜査を依頼した。

 

 その結果、悪魔狩りの家系であり、ちょうど渦中の学校の生徒であったデオンに白羽の矢がたった。

 

「犯人は馬術講師のフレデリックってやつで間違いないのか?」

「お言葉ですがデュラン様、私とデオン様の調査結果が信用できないのであれば今すぐ退場してもらって構わないのですよ」

「悪かった悪かった。不用意な事はもう言わない」

 

 深夜の校内を腰から剣を提げたデオン達が練り歩く。

 この中ではデュランが最年長であり、また唯一の騎士であるため便宜上彼がデオンとクリスを率いる事になった。もっとも、統率者として敬われてるかといえば全くそんなことは無い。

 

「やめておけデュラン、クリスは私よりも優秀だぞ」

「そのようだ、はぁやだやだ、何で俺の幼馴染はこうも天才揃いなのかね」

「デュラン様ができない人間なだけでは?」

「これは手厳しい」

 

 ホントにクリスは優秀な女性である。もし女性騎士というものが認められればデオンはもてるコネ全てに頼んでクリスを推薦するだろう。

 松明の明かりも無く、月明かりだけが照らす通路をある程度進んだ時、不意にデオンが扉の前で立ち止まった。

 

「止まれ、この扉の先にフレデリック先生がいる。確認だが、今学校には私達とフレデリック先生以外いない、場所は中庭でありそこで先生は何らかの魔術を行おうとしている。これでいいな?」

「その通りでございます」

「なら俺が正面からでてそいつの気を引こう、デオンとクリスは後ろに回ってくれ」

「いや、生徒である私が行った方がまだ油断するだろう。デュランとクリスが後ろに行ってくれ」

「わかった気を付けろよ。それとこの指示は俺が出したことにしておいてくれ、そうすれば何かあっても責任は俺のものになる」

「手柄もデュラン様のものになりますね」

「バレちまったかあ」

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 月明かりが照らす中庭は何とも幻想的と言わざるを得なかった。園芸を趣味とする一部生徒達によって整えられた彩り豊かな花壇は、たとえ感性が乏しくても瞳を癒す事が出来るだろう。

 通路もよく掃除されており、ゴミは一つもない。街にでれば道路の端にゴミやら糞便やらが押し込められて異臭を放っているので、そこと比べればここは楽園のようだ。

 

 楽園に続くドアを、デオンはゆっくりと開けた。

 中に入ってすぐデオンは中央に佇む人影を確認した。間違いなくフレデリックである。

 四十を過ぎているが、その顔に皺は少なくふっくらしており、体型もガッチリ引き締まって若々しい。それゆえかデオン程ではないにしても、フレデリックのファンは多い。

 

 そのフレデリックが今、中庭の中央に佇んでおり、足元には幾何学模様の魔法陣が白粉で描かれている。魔法陣の中央には女生徒が倒れていた。

 

「フレデリック先生、やはりあなたが犯人だったんですね」

 

 腰から剣を抜いたデオンが問い詰める。

 

「あぁ、君かデオン。そうか悪魔狩りはこんな近くにいたのか」

「貴族令嬢を六人も誘拐した罪は重いですよ。一応聞いておきます……彼女達をどうしたんですか?」

「愚問だな、君は悪魔狩りだろ? なら彼女達がもう死んでると分かる筈だ。それと私の身体がどうなっているかも」

 

 言われてデオンは目を凝らしてフレデリックを観察する。近付くにつれて違和感はすぐに気付いた、遠目からはよくわからなかったが、顔を除く彼の全身は深い体毛に覆われていたのだ。

 

「その身体は!?」

「悪魔憑き、魔術教団と戦っているなら見たことあるだろう?」

 

 悪魔憑き、その名の通り身体に悪魔を取り憑かせた人間を指す。悪魔を取り憑かせればタダでは済まない、代償として生命を失ったり、定期的に人を食べなければいけないなど人の道を逸れる生き方を強いられる。

 その代わりに取り憑いた悪魔の力を使えるので魔術教団はこうした人間を数え切れない程生み出してきた。

 

「悪魔の力を得る代償は処女の肉を喰らう事。つまりそういう事さ、最初は街で子供を狙っていたんだがね。やはり貴族の娘を狙うのが効率いい、何せ今の世の中は性の不道徳が常識だから処女を探すのは一苦労だ」

「だから身持ちの硬い令嬢を狙ったと」

 

 実際貴族男子の殆どは十代前半で童貞を捨てており、また定期的にオペラ歌手や貴族令嬢と姦淫を行っている。

 それの酷さは主の意向を教える聖職者ですら淫行の罪を犯している事からわかるだろう。

 

「分かってくれデオン、私だってほんとは心苦しいんだ。でも……段々抑えられなくなってきて」

「それは誘拐の頻度が上がった事からわかります……ですが、一度悪魔に取り憑かれた者は二度と救う事はできないんです。残念ですがフレデリック先生、あなたにはここで死んで貰います」

「デオン、私はただ生きたいだけだ」

「残念ですが、あなたが生きたいだけなんて事は私にも、殺された彼女達にとっても関係のない事です」

 

 ポケットから小瓶を取り出して中身の水を剣に振りかける。

 

「かつてソロモン王はこういいました。『この世で最も醜いものは誠実が不誠実に変わる事』だと、あなたがどれだけ弁明の言葉を並べようとも、あなたの心に誠実さは無い」

 

 空の瓶をポケットにしまってから、デオンは駆ける。

 剣を地面と水平に構えて前に突き出す。間合いに入る二、三歩前でステップに切り替えて刺突を繰り出した。

 フランス最強の騎士テラゴリーによって鍛えられたデオンの剣は最早目で追うことは難しい。例え悪魔憑きによって身体能力が底上げされていたとしても、普段から訓練を行っていない講師では見切ることはできない。

 

 デオンの剣はフレデリックの左腕を貫いた。

 

「ぐぅぅ、やはりさっきの瓶は聖水か!」

「悪魔と戦ううえで聖水は必須ですよ」

 

 悪魔の身体は異常に硬い、剣で斬ろうものなら目か口などの柔らかいところを狙うしかない。しかしその身体を柔らかくするものがある、それが教会で作られる聖水だ。水に塩を混ぜながら聖句を口にする事で作られる聖水は、悪魔の皮膚を柔らかくする事ができた。


 デオンの突きが更にフレデリックを追い詰める。右腕、両肩、腹部と傷が増えるがどれも致命傷には至らない。


「頑丈だな」

「これでも十年近く悪魔憑きをしているからね」

 

 フレデリックが右手を大きく上段から振り下ろす、彼の指先からは鋭い爪が伸びており、その爪はデオンの立っていた地面をスポンジのように裂いた。

 その威力を観たフレデリックは内心ほくそ笑むが、視点を下に向けた事である物が無くなっていた事に気付いたのだった。

 

「娘がいない!?」

 

 フレデリックが攫った女生徒がいなくなっていたのだ。強い薬を飲ませたから起き上がる筈は無い。では何故か、彼は気付かなかったが先程のデオンの攻撃によって視線を女生徒から大きく逸らされていた、その隙を付いて密かに忍び寄っていたクリスによって救出されていたのだった。

 

「フレデリック、あなたはここで終わりだ」

「デオン!!」

「おっと待ってくれ、デュラン様を忘れないでもらいたい」

「なっ」

 

 憤ったフレデリックが振り返った瞬間、その瞳に短い矢が刺さる。デュランがミニクロスボウの矢を放ったのだ。

 

「ア゙ア゙ア゙」

 

 断末魔の悲鳴も上げられないほどの痛みに悶え、苦しむ。矢には悪魔の苦手とする聖水が掛けられているため激しい苦痛に襲われたのだ。

 

「殺すっ! 絶対に殺す!」

 

 片目を抑えてフレデリックが爪をブンブンと振り回す。子供のダダのように無造作で気品が無い、爪が触れる物は木でも石でも破壊していくが、肝心のデオンとデュランはそれの間合いの外だ。


「ふむ、デオンに命ずる。お子様の躾をしなさい」

「デュラン、めんどくさくなったな」

 

 奔放なデュランはさて置いて、暴れ回るフレデリックの爪を避けながらデオンは彼の背後へと回る。フレデリックは無事な方の目でデオンを捉えようとするが、デオンのステップに追いつけず滑稽にもぐるぐる回るハメになった。

 そして隙をついてデオンが剣を突き出した。

 

「……っ」

 

 フレデリックから声は出ない。デオンの剣が彼の喉を貫いていたからだ。

 一度引き抜いてから横へ薙ぐ、剣を振り切った時には、足元にフレデリックの頭が転がっていた。


「お疲れ様です。デオン様」

 

 クリスが駆け寄ってデオンの足元へ跪き、恭しく布を差し出す。布を受け取ったデオンは、それで刃に付いた血糊と脂肪を拭き取ってから鞘へ納めた。

 

「クリスもご苦労さま、期待通りの活躍だった」

「ありがとうございます」

「そうだぞ、デオンもクリスも良い働きだった」

「デュラン様はもう少し働いてください」

「どうもクリスの俺に対する扱いが悪い気がする」

「残念だがデュラン、それは気の所為ではない」

「これは名誉を挽回せねばならぬな、あとは俺が処理しておくから二人はもう休んでおけ」

「ああ、そうさせてもらう」

 

 中庭を出て、学校の廊下を戻る。家へ戻る途中でクリスがデオンに尋ねる。

 

「よろしいので? あれではデュラン様が名誉を全て持って行ってしまいますよ」

「構わないさ、彼は私達に会いに来ただけと言っていたが、そんな都合よく悪魔狩りに遭遇する筈ない、おそらく機密局の指令で来たのだろう。ならばこれはルイ十五世陛下の王命という事になる。あまり私がでしゃばってデュランと陛下の顔を潰すべきではない」

「なるほど」

「それにデュランの事だ、どうせ『俺がデオンとクリスを率いて倒した』と報告するだろう。それ自体は嘘ではない」

 

 学校を出ると外はすっかり真っ暗になっていた。あれだけ眩い光を放っていた月も雲に隠れて見えなくなっている。

 これは明日雨が降るなとデオンは思った。

 

「ところでデオン様」

「どうした?」

「あまりモノマネが上手くないですね」

「……よければ教えてくれ」

 

 

 

 

 

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