一七四八年、フランス 〜前編〜


 コレージュ・デ・キャトル・ナシオンという宰相マザランによって設立された学校がパリにある。

 六十人の選別された貴族の子弟を教育するエリート校であり、トネール出身のデオン・ド・ボーモン(本名、シャルル・ジュヌヴィエーヴ・ルイ・オギュスト・アンドレ・ティモテ・デオン・ド・ボーモン)は一七四三年に十三歳で入学した。

 

 一七四八年、五月の半ばのこと、あと一年で卒業となるデオンは、鍛錬場にて貴族の教養に必須とされるフェンシングの腕を磨いていた。

 しかし既に相当な腕前を持つデオンに敵う生徒はおらず、外から呼ばれたフランス最強の騎士テラゴリーから教えを受けていた。

 

「今日はここまで!」

 

 テラゴリーの声が鍛錬場に響く、彼は防具を外して老齢の頭部を晒した。本来なら隠居してもおかしくない彼の身体は、シャツの上からでもわかるほど若くて逞しく、それでいて頭は教養の深さを感じさせる白い髪に包まれている。

 

「ありがとうございました。テラゴリー先生」

 

 この当代きっての名剣士の教えを受けていたデオンもまた、防具を外して頭部を晒す。

 そこから現れたのは名画のような美しさを持つ美女……否、美女のように繊細な顔立ちと体格、長く美しいブロンドの髪と碧い瞳を持つ青年である。

 

 立ち居振る舞いはまさに女のようであり、たとえ男とわかっていても目を見張る程の美しさを持っていた。事実、性癖が倒錯した貴族の子弟から言い寄られる事も少なくない。

 

「随分強くなったなデオン。私のような老いぼれは直ぐに追い抜かれるだろうな」

「いえ、これも先生の教えの賜物ゆえに深く感謝しております」

「上手いこといいおる」

 

 デオンはテラゴリーと別れて鍛錬場を後にする。脱衣場で服を脱ぎ、汗を拭いてから礼服へ袖を通す。

 それから校内を歩き進める。女生徒とすれ違う度に黄色い声を掛けられるが、さすがにもう慣れた。だが同性の男に性行為を求められる事は未だに慣れる事はできない。同性の性行為、ひいては姦淫や淫行は聖書でもハッキリ罪とされているゆえにだ。

 

 時は夕暮れとなり、生徒も帰り始めた頃だ。廊下の角でうっかり女生徒とぶつかってしまう。

 

「きゃっ」

「おっと、すまない」

 

 咄嗟に女生徒の腕を掴んで抱き寄せたおかげで彼女に怪我はない。

 

「大丈夫か? 怪我はしてないかい?」

「は、はい……あの、デオン様……恥ずかしいです」

 

 彼女はデオンの胸の中で頬を真っ赤に染めていた。美貌の青年に抱き寄せられたのだ、しかも相手はフェンシングでは並ぶ者が学校におらず、また勉学に関しても博士号をとろうかと言う程の秀才、多感な年頃であれば恋してしまうのは必然ともいえる。

 彼女もまたデオンに恋している女生徒の一人である。

 

「怪我がないなら何よりだ。それでは私はこれで」

 

 あまり刺激するのもよくないと思い、デオンは足早にその場を去っていく。人気のない廊下の突き当たりまで移動し、そしてポケットから一枚の紙片を取り出した。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 その日の夜、生徒も教師もいなくなった学校をデオンは歩く。

 月明かりに照らされた廊下を進み、ある部屋へ入る。その部屋は空き部屋であり、普段は使わない教材置き場として使用されている。

 

 部屋に入るとまず、窓から差し込む月の光に照らされた女生徒が目に入った。その女生徒は夕刻廊下でぶつかった彼女である。

 

「全く、こんな面倒な呼び出しをしなくてもいいのだぞ。クリス」

「申し訳ございませんデオン様、私達の関係はあまり知られるわけにはいかないので」

 

 クリスの雰囲気は夕刻に会った時とまるで違う。あの時のクリスは初心な少女らしい瑞々しい反応を示していたが、今回のクリスは淡々と鉄のような冷静さを感じさせる。


 夕方にぶつかった時、クリスはさりげなくデオンのポケットに集合時間と場所を記した紙片を滑り込ませておいたようだ。デオンはそれに従ってここまできたというわけである。

 

「さて、悪魔デーモンは見つかったか?」

「はい、デオン様の御指摘通り乗馬の講師がそうでした」

「いつ動く?」

「今夜、日付けが変わる頃に」

「早速準備に取り掛かろう」

「こちらで既に済ましてあります」

「さすがだ」

 

 トントン拍子に話が進むのはいっそ心地が良い。デオンの家は代々悪魔狩りデーモンハンターの家系であり、クリスの父はデオンの父であるルイの部下だった。その縁もあり、クリスは幼い頃からデオンの配下として動いている。

 

 その手腕は秀才のデオンに敗北感を味あわせる程であり、むしろクリス一人に任せたいと思う事もある。

 

「それと、言い忘れていましたが、デュラン様がいらしてます」

「最悪だな」

「それは酷いなデオン」

 

 一体いつからいたのだろうか。空き部屋の扉を背にして気取ったポーズをとった紳士がいた。

 夜に紛れる漆黒の紳士服を纏った男は軽い歩調でデオンに近づいて肩に腕を回す。

 

「デュラン、君はこの学校の生徒ではないだろう。何故ここにいる?」

「連れないな、友人の顔を見に来ただけさ」

「ならもう帰ってもいいんじゃないか」

「ハハ、そうもいかない。大事な友人が命懸けの悪魔狩りをしようとしてるんだ。騎士としては手助けしてやりたいと思うだろう?」

「好きにしろ」

 

 デュランもまた、ルイの部下であり、デオンと幼い頃から悪魔狩りの訓練を受けてきた幼馴染である。デュラン自身はデオンの配下だと思ってはいるが、彼は国王直轄の機密局に所属しており、立場上はデオンや父のルイよりも上だった。

 

「では二人共、このデュラン様に付いてくるがいい」

 

 前文を撤回する。デュランという男はデオンの配下だとは微塵も思ってはいない。

 

 

 

 

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