バアル戦
「あれが奴の本当の姿か」
以前の姿は見る影も無いバアルを見上げて呟く。
「気を付けろ、あの姿を見て生き延びた人間は二人しかおらぬ」
「なら俺が三人目だな」
バアルが右腕を振るってクラウザーを爪で刺し殺そうとする。危なげなくステップで回避して距離をとった。
驚いた事にバアルの腕に肘と呼べる関節は無かった。より正確に言えば長い腕の何処でも曲げる事ができるうえにしっかりと固定もできる。
避けてから火の魔晶石で火球を作り出して放つ、しかしバアルの身体に触れても痛みを与えることすら無かった。
「やっぱ俺の攻撃は通じねぇか」
「まだ来るぞ!」
左手の追撃が迫る。今度もステップで回避するのだが、空振って床に突き刺さった左手の甲から左手が生え出てきて真っ直ぐとんできた。
着地したばかりだったので回避が難しく、近くにあった木箱で腕を叩いて軌道を逸らすことで回避した。
「あっぶねぇぇ! 何だよあんなのアリかよ!」
「悪魔じゃしの」
続いてバアルは両腕を伸ばして何処ぞへと隠した。程なくして箱と箱の間を潜り抜けてバアルの手がクラウザーへと迫る。回避しながら篭手にセットした風の魔晶石を使って真空の刃を当てる。
腕に傷をつけることはできる、怯ませもできるが、進撃を止める事はできない。
「ちっ」
この場合一番の安全策は逃げる事よりも相手の懐に入ることだ。走りながら手頃な木箱を手に取る、そのままバアルの正面から接近する。
ふと、バアルの腹の口がパカッと開いて中から長い舌が伸びてきた。攻撃を予想してたクラウザーは木箱で舌を弾く。
「にゃあぁ」
「あん?」
バアルの腹から伸びた舌の先には猫の頭が付いていた。にゃあという声はその舌先から発せられたものだった。
その舌によって壊された木箱が周囲に破片となって散乱する。
「キモすぎだろ」
壊れた木箱には剣が入っていたらしく、床に乾いた音をたてて転がった。それを拾い上げてから舌を切り落とす。
ドス黒い血を撒き散らしながら舌が引っ込む。
「あぁ、今のは痛かったですよぉぉ」
「そいつは最高に良かったぜ……ぐっ」
突然言い様も知れない脱力感に襲われてその場に膝をつく。
「なんだ……これ」
「いかん! はよ剣から手を離せ!」
ブエルに言われるまま剣から手を離して、バアルとも距離を取る。剣を手放した瞬間に脱力感は消えた。
「あの剣は魂を吸い上げる剣のようじゃ、さっきお主の持ち手から柄に生命力が流れていったのを知覚した」
「ああ、そういえば館長が魂を吸い上げる剣があるとか言ってたっけな。こいつがそうか」
バアルはクラウザーの手放した剣をマジマジと見つめている。何気なく剣をとって興味深そうに舐めまわすように観察した。
剣そのものの見た目は普通の片手剣と同じだ。両刃で鍔はシンプルに一文字、刃と鍔の継ぎ目に豪奢な装飾が施されており、剣身は直剣で、鍔付近が広くなっている。
「なあ、痛いとか言ってたけど、ひょっとしてあいつには剣も通じてないのか?」
「そのようじゃの」
なんにせよ今のうちにとれるだけ距離をとろう、バアルから目を離さないよう後ろ向きに移動しながら宝物庫の奥へと向かう。そこには巨大魔晶石があった。
「これは、また大きな魔晶石じゃの」
「よくわかんねぇけど、こいつは他の魔晶石の効果を高めるらしい」
「なるほど、こいつで次元を開く魔晶石の効果を高めようというのじゃな」
「ああ、できるかわかんねえけど」
まずは篭手に次元を開く魔晶石をセットしなければならないが、スロットに合わないため削る必要がある。削れば効果が下がってしまうが、この際四の五の言ってられないため風の魔晶石で作り出した真空の刃で形を整えていく。
あっという間に削り終えたが、その間にバアルが距離を詰めてきており、魂を吸い上げる剣をクラウザーへ投げつけた。
「いやぁ実に面白い一品でした。しかし私が持つ魂を二つ程吸わせたら満足したようで、効力を失ってしまい、今はただの質のいい剣です」
投げつけられた剣はクラウザーの足元に転がっている。
「確かに剣は力を失っておるようじゃ」
「そうか」
徐に剣を拾い上げてみるが、先程感じた脱力感はない。
だがそれよりも気になる事がある。
「魂を二つってなんだ?」
「おそらく……殺した街の人間じゃろうな。魂魄という物は魔術の触媒になるしの、まあ奴の場合は十中八九趣味じゃろうが」
「クソ外道が」
「それは褒め言葉と受け取っておきますよ、私にとって殺戮は半分趣味ですので、ブエルの言葉は否定できませんね。ホホホ」
不気味にいやらしく笑うバアルだが、その視線が巨大魔晶石を捕らえると途端に目の色が変わって、歓喜の声をあげる。
「これが巨大魔晶石……ついに出会えました。この日をどれだけ待ち侘びた事か、ああ……私の半身」
恍惚とした表情を浮かべてバアルは魔晶石へと歩みを寄せる。最早クラウザーは眼中に無いようだ。
だが考えようによってはチャンスだ。
「ブエル! 今のうちだ!」
「うむ!」
クラウザーは篭手に削った次元の魔晶石をセットする。同時にバアルを躱して魔晶石へと触れた。
「それに触れるなあ!! 人間風情が!!」
先程までの余裕や敬称はどこへやら、突然バアルは我を失ったかのような憤りを携えて腹の口から舌を伸ばす。猫の頭は既に復活していた。
猫の頭は真っ直ぐクラウザーへと飛び、その腹を食い破る。
「ぐあああ、つっ……ハハゴハッ、また会おうぜクソ野郎!」
口から大量の血を吐きながらクラウザーは不敵に笑う。空いた手で腹を抑えながら篭手に嵌めた次元の魔晶石を発動させる。
「何をした!」
バアルが問うも、既にクラウザーの意識は無く、微笑んだまま動かない。
さらに彼の背後が蜃気楼のように揺らいだ、それはあたかもカーテンのようにヒラヒラと漂っている。
その蜃気楼のカーテンがゆっくりと移動を開始する。程なくしてクラウザーを包み込み、巨大魔晶石を飲み込んだ。
ブエルは一通り飲み込まれたのを見てからバアルへと顔を向ける。最もヒトデの姿をした場合では何処に顔があるのかはわからないが。
「バアルよ、人間に負けたのはこれで三回目になるの。一度目はエリヤ、二度目はソロモン、そしてクラウザー、油断して敵を侮るのが貴様の悪いところじゃ」
「何を! 私は負けていない!」
「そう思うのは自由じゃ、では朕は先に向こうへ行くでの」
そうしてブエルもまた蜃気楼のカーテンに飲まれて消えた。
「まだだ、まだ私の心臓が失われたわけではない。まだ私は負けていない、負けてはいない!! そうだ、ただ目的が遠のいただけにすぎない!」
蜃気楼のカーテンがバアルを飲み込む、これにより博物都市バリエステスから全ての生命が消え失せた事になる。カーテンは更に宝物庫の中身を次々と飲み込んでいき、半分程飲み込んだところでようやく消失する。
この日以降、砂の軍隊が現れる事は無くなるのであった。後の研究者による調べでも何故消えたのか判明せず、事件は多くの謎を残して歴史の闇に葬られる事になる。
残ったのは、バリエステスの住民の死骸と、中身をごっそり失った宝物庫だけである。
しかしこれはあくまでこの世界での話、もう一つの世界では……。
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