悪魔はいつでも残酷だ
「サンジェルマアアアアアアアン!!」
クラウザーが扉を開けるとバシャッと赤黒い液体がクラウザーの足下を濡らした。同時にムワッとおぞましいまでの匂いが鼻先を殴る。
薬品と血液と、身体を切り裂いたことで漂う糞便が混じった臭いだ。繊細な人間なら鼻を少しひくつかせただけで気を失うだろう。
入口付近は肉片の絨毯と化していた。エントランスでも騎士と魔道士の死体が散逸して、むしろこの建物で血の匂いがしない所は無いのではと思う。
血の海に沈んだ贓物を踏み潰しながら展示室奥へと行く。途中襲ってきた魔物は篭手から発射した炎で燃やし尽くす。
一つ踏みつぶす度に下水よりも尚酷い匂いが漂い、一歩踏み出す毎に魔物が襲ってくる。魔物は一体ずつ丁寧に燃やして、時には風で切り刻んで対処していく。
「さすが
「はっ、砂を吐くしか脳のねぇ奴なんざ魔王でもなんでもねぇんだよ!」
「それは確かに」
サンジェルマンとの距離を詰めながら、クラウザーは館長から貰ったポーチから剣を取り出す。なんでも入るポーチなどという巫山戯た名前のポーチだが、今となっては館長の遺品となってしまった。
取り出した剣にはスロットが着いており、既に火の魔晶石がセットされている。砂の魔王となった魔道士が持っていた剣だ。
「そのポーチいいですね、ほしい」
「誰がやるか!」
襲ってきた魔物の攻撃を躱して剣で切り返す。致命傷は与えられず、肩を少し裂いただけだ。しかし、その切り口から炎が吹き出し始める、瞬く間に魔物の全身を包んで火傷を負わせ、呼吸困難に陥いった魔物は間もなく死亡して砂へとなる。
サンジェルマンは変わらず酷薄な笑みのまま、手を虚空に翳す。すると元から手の中にあったかのように柄が現れ、ブレードが姿を見せる。
剣を軽く振って具合を確かめた後、剣先をクラウザーに向けて地面と水平にして構えた。刺突を主とした構えだ。
「今の、魔法じゃねぇな……なんだそれは」
警戒して立ち止まったクラウザーを見つめながら、サンジェルマンは答える。
「そうですね、魔晶石から力を引き出す事を魔法と言うなら。私が行ったのは……さしづめ魔術と言えば良いでしょうか」
「魔術……だと? ブエル、わかるか?」
クラウザーは剣を横向きにし、盾のように構えながら胸に貼り付いているブエルに尋ねた。
ブエルはヒトデ型を崩さず淡々と答える。
「説明が難しいから簡単にまとめるとじゃな、魔晶石を必要としない魔法じゃ」
「魔晶石無しで? そんなことが可能なのか?」
「可能じゃとも、異世界の者ならな」
「異世界だと?」
「そうじゃ、世界は一つだけではない。こことは違う世界がもう一つあるんじゃ。それを認識しておる者は滅多におらんがな」
「それが本当だとして、つまりあいつは異世界人だと言うのか?」
「そうじゃ、それもただの異世界人ではない。朕と同郷の悪魔じゃ、そうじゃの? バアルよ」
「ええブエル、お久しぶりです!」
ブエルが言ったバアルという単語、それはサンジェルマンに向けられた言葉だ。サンジェルマンはこれまでで一番楽しそうな笑みをたたえながら鋭い突きを放つ。
その突きはまさに疾風のようで、クラウザーはすんででそれを躱して剣を振るう、ブレードにはオレンジ色に燃える炎がまとわりついている。
サンジェルマンはクラウザーの剣を躱してからもう一度突く。今度はクラウザーも対処できたようで、右手に持ったブレードをサンジェルマンの剣に添わせて軌道をズラしながら肉薄する。
「バアルてのがてめえの本名か? 洒落てんじゃねえか!」
言って、クラウザーは左手の篭手をサンジェルマン改めバアルの腹部へ押し当てて、魔法を発動する。セットされているのは今回一度も使っていない『衝撃』の魔晶石、威力が強すぎて街中での使用を控えていたものだ。
「吹き飛べ!!」
ドンッとほぼ無音に近しい鈍い音がクラウザーの篭手から放たれる。周囲の空気が揺らめきながら悲鳴を上げる。遅れてクラウザーとサンジェルマンの双方へ凄まじいまでの圧力がかかり、それぞれ後方へと磁石が反発するように弾かれる。
気付けばクラウザーは血の海で仰向けに転がっていた。
「ぐっ、くっそ痛てぇ」
どうやら左肩が外れたらしい、右手で強引に治してはみたがかなり痛む。その隙を狙って魔物が襲い来るが、篭手を左手から抜いて右手で持ち、風の魔晶石をセットしてから発動しつつ殴り飛ばした。風圧の加わった殴打はよく飛ぶ。
そういえば砂の魔王はどうしてるのかと思ったら相変わらず部屋の隅で砂を吐き続けていた。当面は無視していよう。
「全く無茶をするのう」
胸に貼り付いてるヒトデことブエルがボヤいた。
「うっせぇ、あの野郎が悪魔だとするなら、これぐらいの威力じゃ足りねえ」
「まあ確かに、あれではバアルは倒せんの」
ブエルの言葉通り、クラウザーとは反対側へ飛ばされて壁にめり込んでいたバアルが床に降り立って、何事も無かったように服に付いた埃を払った。
「おいブエル、聞いていいか?」
「なんじゃ?」
「どうやればあいつを殺せる?」
「不可能じゃ、少なくとも今のお主ではな」
「そうかい、ついでにお前は戦えないのか?」
「朕は知恵と知識を授けるだけの悪魔ゆえにな、無理じゃ。戦えたらお主との出会いはもっとスマートだったわい!」
「確かにな……じゃあよ、なんで俺と一緒にいるんだ? あいつと一緒にいなくていいのか? 同じ悪魔だろ?」
「決まっておるじゃろう……朕はバアルが嫌いなのじゃ」
「納得した、なら少し付き合ってもらうぜ!」
クラウザーは強く踏み出して駆ける。走りながら吹き飛ばされた時に手放していたらしい剣を拾い上げ、スロットに衝撃の魔晶石をセットしていつでも発動できるようにする。
対するバアルはにこやかな表情のまま迎え撃とうとする。どうやらクラウザーの攻撃をあえて受けようとしてるらしく、両腕を広げて胴体を無防備に晒した。
「なめんじゃねぇぇぞおらぁ!!」
望み通り腹部を背後の壁ごと突き刺して身動き取れないようにする。血は流れているので確実にダメージになってる筈だが、それでもバアルの笑みは消えない。
苛立ちを込めてクラウザーは衝撃の魔晶石を発動させてバックステップで離れる。直後、先ほどよりも尚激しい圧力が剣から放たれてバアルを壁に強く押し付ける。
ついには壁が耐えきれず崩壊して隣の部屋へ貫通してしまった。
「やっぱ隣は宝物庫だったか」
クラウザーは魔晶石の威力に耐えきれず壊れた剣の柄から衝撃の魔晶石を回収すると、足早に宝物庫へ移動してバアルを放って探索を始める。
「何を探しておるんじゃ?」
「館長が言ってた。ここに次元を超える魔晶石があるってよ、俺にあいつを殺せなくても、次元を超えた先の世界なら殺せる奴がいるんじゃねえか?」
「ふむ、確かに向こうの世界なら不老不死のバアルを倒した者がおる。じゃがバアルを向こうに送ることで甚大な被害がでるやもしれん。お主にその業を背負えるのかの?」
「ああ……それに送っておいて何もしないわけにもいかないだろ、俺も行く」
「よい覚悟じゃ!」
宝物庫を進み、館長が言っていた魔晶石を探し回る、部屋の何処かでバアルが「どこですかぁ〜」と楽しげに笑う声が聞こえてきた。
焦燥が募る中、巨大魔晶石の近くで目当ての腕輪を発見した。同時に。
「みぃ〜つけた」
声と顔以外を異形の姿に変えたバアルがそこに現れた。
宝物庫の高さギリギリの背丈、下半身は虫のような足が六本生え、腕は地面を引き摺る程伸びており、腹が上下に裂けてそこに口が出来ている。
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