皆殺しの伯爵
ミレニアム内は現在住民達の避難所兼救護施設となっている。
突然現れた砂の魔物によって街は恐慌状態に陥り、魔物によって無辜の人間が無惨にも殺戮の的と化していた。
このミレニアムに集まった人々は命からがら逃げ延びた人達であり、各々身を寄せ合って、いつ終わるともしれない魔物の恐怖に怯え震えている。
「他の避難所の様子はどうなってる?」
ミレニアム館長が秘書(二人目)へと問う。問われた秘書は少しびくつきながら現在の状況を報告する。
「現在通信が正常に機能している避難所はここを含めて三箇所です、ですが詳しい状況はわかっておりません。他はおそらく」
「もういい、住民の被害は」
「わかってるだけで……百人程が犠牲に」
バリエステスの人口は一三二五人、この避難所には約六十人の住民が避難している。他二つも同じくらいだとすると生き残ってるのはおよそ二百人、現時点で既に二割……把握してないだけで半分は死んでいるかもしれない。
「何故……こんなことに」
館長は己の不甲斐なさを呪うかのような勢いで壁に拳を叩きつける。骨にダイレクトな痛みが走るが、犠牲者を思えば足りないとすら感じる。
「仕方ありません、砂の魔王が街中に現れるなんて誰も予想していなかったのですから、あの
「その
「先程駆け込んできたサンジェルマン殿が言うには、砂の魔王と交戦していたと」
「砂の魔王と? 確かに魔王さえ倒せば少しは敵の動きを鈍らせられる筈だ。サンジェルマン殿はどこにいる? 詳しく話を聞きたい」
「第一展示室で負傷者の手当を」
館長と秘書は廊下を抜けて
エントランスを守る騎士達は時折扉を開けて魔物を中に引き入れ、そこを騎士の槍で一斉に突き刺して動きを止めてから、魔道士達が魔法でトドメを刺すという戦術をとっていた。
そうまでしないと倒せないのだ、クラウザーはこれを一人でなんなくこなしていたが、本来なら魔物を一体倒すのに最低でも三人は必要なのだ。言動は粗暴で教養の無さを感じるが、やはり
おそらく今外で活動できるのは彼だけだろう。
エントランスを抜けてロビーへと入り、そこから第一展示室に続く扉を開ける。扉を開けた瞬間、鼻腔を薬品と血の匂いが混じった吐き気を催すレベルの臭気が抉った。
大体二十人程がここで横たわっている。
そのほとんどが腕や脚など身体の一部を食いちぎられたものだった。
「なんて惨い」
込み上げる吐き気を口にハンカチを押し付けながら堪え、目的のサンジェルマンを探す。
彼は一番奥で負傷者の手当をしていた。
「こちらでしたかサンジェルマン殿」
声を掛けるもサンジェルマンは応えない、集中してこちらの声が聞こえないのだろうか。何やら呪文めいたものを口ずさんでいる。
「……醜いものは……不誠実……この世……誠実が不誠実に……」
断片的に聞こえる言葉は医療関連のものには思えない。
と訝しんだその時、ようやくサンジェルマンが館長の方へと向き直る。
「これは館長、どうされました?」
「今の言葉は……いや砂の魔王について聞きたいのですが」
「ああそれでしたら……ついさっきマスタークラウザーに倒されました」
「なんですって?」
それはとてもお気楽に、まるでなんてことない近況報告をするかのような軽さでサンジェルマンはにこやかに答えた。
「何故……そんなことがわかるんですか」
疑問も当然だ、室内にこもっていてどうやれば外の状況がわかるのか。
館長の思いを知ってか知らずか、いやおそらく感づいているだろう、サンジェルマンは一歩前へでる。なんとなく恐怖を感じた館長は一歩下がった。
また一歩サンジェルマンが前にでる、館長が下がる。それを三回は繰り返した時、館長は背中に冷えたものを感じた。
サンジェルマンの笑みが、酷薄なものへと変わっていたからだ。
「バイパスが切れたんですよ、あぁ所謂繋がりですね、砂の魔王を作った者には魔王との繋がりができて状況がわかるんですよ」
「魔王を……作った?」
「はい、私が……砂の魔王を作りました」
「あ……あっああ」
サンジェルマンの後ろでモゾモゾと何かが動いた。それは先程までサンジェルマンが診ていた(と思っていた)患者であり、その患者は虚ろな目を称えてもっそりと立ち上がった。見目麗しい若い女だった。
女は口を大きく開けて、そしてそこから大量の砂を吐き出し始めた。
「まさか……あなたが!」
「ありがとうございます館長。あなたにはとても感謝しています」
「く、狂ってるぞ!」
「いいえ、正気ですよ」
吐き出された砂から魔物が現れる。看護士は悲鳴をあげて患者をそっちのけで逃げ出す。何人かの使命感が強い看護士は患者を守ろうとするが、あえなく魔物に殺され肉を食い散らかされる。
入口に殺到した民衆達の方も、一際大きな魔物が長い尻尾を槍のように突き出して幾人かを刺殺し、また横薙に払って多くの人間の上半身と下半身を切り離した。
扉は溢れ出る血で真っ赤に染まっていく。
「止めさせろ! サンジェルマン! こんなことしてタダで済むと思っているのか!?」
「おや、敬称がなくなりましたね。ええ勿論タダで済むとは思っておりません、もしかしたら私はアーマゲドンの時にゲヘナへと投げ込まれるやもしれません」
アーマゲドンやゲヘナが何を意味するのかは館長に理解できない。だがしかしハッキリとわかる事がある。
「貴様は! ロクな死に方をしない!」
何かがツボに入ったのか、サンジェルマンはクックッと咽ぶように笑いを堪えた。そして館長へ歩み寄ってその耳元に唇を近づける。
「ご安心を、実は私……不老不死なんです」
館長の目が見開かれる、それは驚愕からくるものなのか、信じられないと嘲笑うものからなのか、それとも……胸をナイフで突き刺された痛みからなのかはわからない。
「がっ、はっ……ごぼ」
口から血痰を零しながら、館長はずり落ちる身体を支えるようにサンジェルマンの肩へしがみつく、しかしサンジェルマンが少しずつ館長から離れる事によってその拘束は緩み、外れて床へ崩れ落ちていく。
薄れゆく意識の中、せめて最後はサンジェルマンの顔を見まいと顔を逸らした。視界が徐々に白いモヤに包まれていく、瞼も重い。
視線の先に扉が写る、瞼も半分が落ちたその時、バンッと勢いよく扉が開け放たれた。
「サンジェルマアアアアアアアン!!」
第一展示室にクラウザーの叫び声が響き渡る。彼は地獄と化した外の世界を生き抜いて来たのだ。
クラウザーを確認してから館長の瞼が完全に閉じられる。
――全く、扉はもっと静かに開けるものだぞ。
この時の館長は知らない、館長がバリエステス最後の住民だった事を。
博物都市バリエステスは、サンジェルマンが生み出した砂の魔王と魔物によってほぼ全ての生命が絶たれてしまったのだ。
残りは、元凶のサンジェルマンと悪魔ブエル、そしてマスタークラウザーのみである。
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