殺戮の種
時は少し遡る。
クラウザーと別れた後、サンジェルマンはその足で街の食事処をいくつも食べ歩き、最後に街一番と評判の酒場へと赴いてお酒をチビチビと啜っていた。
そうしてるうちに夜も更け、仕事終わりの人々で賑わいだした。
皆、砂の軍隊がいなくなったことで気を抜いて浮かれている。もしくは逆にいなくなったことで駆り立てられる不安から逃れるために酒に逃げていた。
ガヤガヤと騒がしくなる酒場をサンジェルマンは何処か遠い目で見つめている。
「さて、そろそろですかね」
空になったグラスを音をたてずにテーブルに置き、サンジェルマンはのそっと緩慢な動きで立ち上がる。少しふらつく足をローブを羽織った男二人が座っているカウンターへと向けてゆっくり前へと進む。
近付くにつれて目当ての人物達の会話が耳に入ってくる。
「砂の軍隊がこないなら、引き上げるとするかねぇ」
「おう、けどその前にあの野郎の鼻っ面へし折ってやりてぇぜ」
「俺もだぜ、忌々しい
サンジェルマンは会話に割り込むタイミングを測りながら隣の席へと座る。そして彼等の会話から渦中の人物が大賢者だと知ってほくそ笑む。
バリエステスに大賢者はクラウザー一人しかいないからである。
「お二人共大賢者への復讐を狙っておられるんですか?」
二人の男はキョトンと呆けた顔を一瞬だけ浮かべた後、すぐ引き締めてサンジェルマンの言葉に同意する。
「ああ、三日……いや四日前に来た大賢者に俺達の決闘を邪魔されたんだ」
実際は二人によるただの喧嘩であり、クラウザーは自身のローブの一部がチンピラ二人に燃やされた事に怒っていただけのことだ。
その後は二人揃って保安所に入れられ、一日だけ囚人生活を謳歌したのちに解放された。
二人は保安所の中で仲良くなったらしく、ついでにクラウザーへの恨み辛みも増したらしい。
「それはそれはとてもおいたわしい、そこでこの私めにご提案があるのですが……一つどうでしょうか?」
と言いつつサンジェルマンは懐からお金がみっちり詰まった袋を二人の目の前に差し出す。
「へへ、いいぜのった」
「話がわかるじゃねぇか」
目の色を変えた二人は内訳を聞かずに肯定の意を示した。
「ありがとうございます、私と致しましてもあなた方みたいに素直に賛同していただけなければこの術は発動できなかったので」
「術?」
疑問符を浮かべる二人をよそに、サンジェルマンはカウンター席に座ってグラスを見つめながらボソボソと何事かを呟き始める。
「この世で最も醜いものは、誠実が、不誠実に変わること
この世で最も醜いものは、誠実が、不誠実に変わること」
さすがに穏やかではないものを感じた二人はカウンター席から立ち退きながら、おそるおそる声をかける。
「お、おい大丈夫か?」
呼びかけるもサンジェルマンはずっと同じ言葉を繰り返し呟き続ける。
異様な雰囲気を感じ取ったのか、他の客も歓談を止めてサンジェルマンを注視するようになる。
そして。
「この世で最も醜いものは、誠実が、不誠実に変わること。それ故に、変わりなさい。最も醜いものへと!」
サンジェルマンが二人のうち近い方の目を見据えて手を振った。
すると目を見据えられた方の男が胸を抑えてうずくまって苦しみだす。
「うっ……うぅああくっ」
「どうした!? 大丈夫か!」
尚も男は苦しみ続け呻く、しかしそれも長くは続かず、突然唸り声を止めたかと思うと、それまで苦しんでいたのが嘘のようにすくっとその場に立ち上がった。
それから口を大きく開けて、そこから大量の『砂』を吐き出し始めた。
「な、なんだ!?」
「砂?」
その砂は留まる事を知らず、明らかに人体の許容量を超えた砂が吐き出され続ける。
酒場の客達は言いようも知れない恐怖に見舞われ、パニックになりながら酒場の出口へと殺到する
サンジェルマンはそれらの光景を恍惚の眼差しで見詰めて、ガバッと両手を上に広げ何処かの神を讃える歌を歌い始めた。
「À toi la gloire, O Ressuscité!《栄光と復活》
À toi la victoire pour l’éternité!《あなたにとって永遠の勝利》
Brillant de lumière, l’ange est descendu,《光り輝きながら、天使は降りてきました》
Il roule la Pierre du tombeau vaincu.《彼は征服した墓の石を転がします》
さあ御来店の皆様、いえこのバリエステスに住まう人々全てに告げます。
祝福してください、新しい『砂の魔王』の誕生ですっ!!」
――――――――――――――――――――
クラウザーは敵がいる方向へひたすら走り続ける。繁華街へ近付くにつれて徐々に砂の軍隊が増えている。
民家の角を右に曲がり路地に入った瞬間、路地の半ばで先程の翼を生やしたトカゲ人のような魔物と出くわした。しかし食事に夢中なようでまだこちらへは気付いていない。
おそるおそる近付きながら篭手に風の魔晶石をセットする。
篭手を魔物に向けて一歩踏み出した時、砂利を踏みつけたため音が鳴り、魔物が振り返った……口に人間の腸を咥えながら。
「……っ!」
クラウザーは魔物が何を食べてるのかを確認するまでもなく、風の魔晶石を発動し、空気を圧縮したものを篭手から打ち出して魔物を弾き飛ばす。
路地をバウンドする魔物にトドメを指すために追いかけ、魔物が食べていたためにグチャグチャになって骨が露出した死体を跳び越える。起き上がろうとした魔物の頭を蹴り飛ばしてもう一度地面に沈めた後腰からナイフを引き抜いて魔物の目に突き立てる。
ナイフの刃は目を抉りながら脳まで達して魔物を抵抗させずに絶命させ、砂へと変える。
「胸糞わりぃ」
路地をでて大通りへとでる。
案の定砂の軍隊が待ち構えていた。人のような姿をした化け物達だ。
「ハッ、いいぜ。まとめて俺様が消し飛ばしてやんよ!」
言いながら左手の篭手を掲げて風の魔晶石を発動させる。さっきは空気弾を発射したのだが、今回はシンプルに気流を操作して暴風を巻き起こし、周りの砂の軍隊全てを巻き込む。無論それだけではダメージにならないので、付近の木箱や樽を破壊してその破片を風に乗せて魔物へ突き刺したり、ガラス片、石、あらゆるものを風に乗せて魔物へ刺したりぶつけたりする。
魔物は高速で飛び回るガラス片に頭を切り裂かれたり、石で身体を潰されたりしながら砂へと変化していく。
一通り片付くと、あたりの建物や道はめちゃくちゃに荒れていた。とりあえずこれは魔物のせいということでシラを切ろうとクラウザーは心に誓った。
「さてと……手下がまとめて死んじまっててめぇがでてくるとはなぁ、そんなに仲間思いとは思わなかったぜぇ?」
クラウザーの視線の先、そこにはフードを目深く被った人がいる。口から絶え間なく砂を吐き出し続け、そしてその砂から新たな魔物が生まれる。
直感でわかる、こいつこそが砂の魔王だと。
「おめぇを殺してもまたすぐ生き返るんだろうけどな、とりあえず倒しとけばこの騒ぎもしばらく落ち着くだろ?」
砂の魔王は答えない、ただ砂を吐き出し続けるだけだ。
「ほんと気持ち悪いな」
クラウザーはもう一度風の魔晶石を発動して暴風を発生させる。しかし今度は魔王とクラウザーの間にアーチ状の隙間を作り、周りの暴風には先程と同じく破片を混ぜる。
そしてクラウザーはその道を駆け抜けながら、篭手にセットしたままの風の魔晶石を外して、代わりに水の魔晶石をセットして発動する。
篭手が淡く光る両拳を守るように水が覆いかぶさった。
水の拳を振り上げ、クラウザーは砂の魔王へと接近し、その顔へ拳を叩き込んだ。
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